齊藤京子主演、『恋愛裁判』深田晃司監督インタビュー。「アイド...の画像はこちら >>



Text by 生田綾



グループのセンターを務めるほどの人気アイドルが「恋愛禁止ルール」を破り、事務所から訴えられた――。実話を基に、表からは見えないアイドル業界の一面を描いた映画『恋愛裁判』が全国で公開された。



中学時代の同級生と偶然出会ったことで恋に落ち、のちに所属事務所と裁判で争うことになる主人公・山岡真衣役を、実際にアイドルとして活動していた元日向坂46・齊藤京子が演じている。



恋愛スキャンダルで謝罪したり、活動休止したり……いまもアイドルと恋愛を取り巻く騒動が絶えないなか、この映画を製作した背景には何があるのか? 



「人気アイドルグループのドキュメンタリーを見ていて気になったのは、アイドルが『主体的に何かを選ぶ瞬間』が少ないこと」



製作を進めながら、アイドルの「主体性」のありかに関心を持つようになったという深田晃司監督にインタビューした。



齊藤京子主演、『恋愛裁判』深田晃司監督インタビュー。「アイドルの道を選んだのは自分でしょう」という言葉の暴力性



―この映画は実話が基になっているとのことですが、作品の構想に至った経緯を教えてください。



深田晃司(以下、深田):2015年の終わりごろだと思いますが、アイドルの女性の方がファンと恋愛をしてしまったことで、芸能事務所から裁判を起こされるという記事をインターネットで見かけました。さらに、その裁判の根拠となっていたものが「異性と交際をしない」と明記された契約書であると知り、率直に言ってびっくりしたんですね。



アイドルに恋愛はご法度であるという暗黙のルールがあることはもちろん知っていましたが、契約書にまで明記され、しかも裁判にもなっている。その裁判ではアイドルの方が敗訴していて、そこも含めて驚いたことがスタート地点になっています。



齊藤京子主演、『恋愛裁判』深田晃司監督インタビュー。「アイドルの道を選んだのは自分でしょう」という言葉の暴力性

深田晃司



―監督自身はこれまでアイドル業界というものにどんなイメージを持っていましたか?



深田:良いイメージも悪いイメージもなく、特定の好きなグループがいたわけでもなかったので、正直関心が薄かったと思います。だからこそ記事に驚いたのだと思いますが、アイドル業界について考えれば考えるほど、日本に住む自分がいかにアイドルカルチャーと共存してきたか身に染みて感じました。



テレビでアイドルの方を見ない日はないですし、かつての相米慎二監督や西河克己監督、澤井信一郎監督といった監督がアイドルを起用して名作を撮っていて、映画ファンである自分自身もその作品を楽しんできたわけです。アイドルカルチャーと当たり前に共存してきているのが日本社会であり、アジアの社会でもあると感じました。



―推し活ブームでもありますが、いまアイドル業界の「恋愛禁止ルール」を映画の題材にする意義はどんなところにあったのでしょうか。



深田:一つはシンプルに、テーマ云々というよりも、アイドル業界という華やかでカラフルな曲線的な世界と、法廷のモノトーンで厳かで直線的な世界が一つの映画のなかに共存し、ぶつかり合うというイメージが面白いんじゃないかと思ったことが最初の取っかかりです。



あと、構想から10年以上経っているので時代も変わってきているとは思うんですが、裁判の記事を読んだときはやはり批判的な意識というのはすごく強くて。いや、そもそもこれは人権問題なんじゃないかとまず最初に思いましたし、ジェンダーに対する抑圧の問題など、もっと普遍的な広げかたができるんじゃないかとも思いました。そこから実際に調べて取材をして、脚本開発が始まっていきました。



齊藤京子主演、『恋愛裁判』深田晃司監督インタビュー。「アイドルの道を選んだのは自分でしょう」という言葉の暴力性



―批判的な意識があったとのことですが、作品の試写イベントに登壇されたときは「アイドル業界を批判したいわけではない」とも話していたと思います。作品を作るプロセスで業界を知っていったことで、何か変化はありましたか?



深田:そうですね。アイドル業界について取材を重ねていくうちに、やはりそんなに単純な話ではないと思うようになりました。



自分が生まれる前からアイドルカルチャーは長く日本社会に根付いていて、そのなかでアイドルになりたいという夢を持って入ってくる人もたくさんいる。アイドルを応援することで、ある種の生きがいみたいなものをもらって励まされているファンも多くいます。本当にいろんなレイヤーがあって、それを知れば知るほど、アイドル業界をいわゆる「社会悪」として単純化して批判することはすべきではないと思いました。



―どんな人たちに取材をされたのでしょうか?



深田:現役アイドルの方やアイドルとして活動していた方、マネージャー、運営する側のプロデューサーの方とか、あと今回の映画で出演してくださっている振付師の竹中夏海さんにも取材をさせていただきました。



―主人公役を務めた元日向坂46のメンバー、齊藤京子さんとも話し合いながら制作されたそうですね。

齊藤さんが主演を務めることでこの作品のリアリティや説得力が一段と増していると思います。



深田:齊藤さんに決まる前まで、主人公の真衣はグループのセンターではない設定だったんですね。センターにするなら説得力のあるキャスティングが必要で、やはり実際のアイドルの方に演じてもらえたらいいなと思っていたんですが、実際にオーディションまで来てくれるアイドルの方は少なかったんですね。俳優さんを中心にオーディションを重ねるなかで、段々と及び腰になっていったところに実際にセンターを務めていた齊藤さんが来てくださって、「これはいけるな」と確信しました。



齊藤京子主演、『恋愛裁判』深田晃司監督インタビュー。「アイドルの道を選んだのは自分でしょう」という言葉の暴力性



―齊藤さんがオーディションを受けられた背景には何があったのでしょうか。



深田:齊藤さんご本人のことなので自分自身もわかりかねるところがあるんですが、実際に齊藤さんと話してみたら、とにかくこの役は自分がやりたいという強い意志を持たれていて。インタビューでも話されていると思いますが、劇中に、真衣がアイドルになれたことへの思いを独白するシーンがあって、齊藤さんご自身の経験と非常に重なるところが多かったとも聞いています。



齊藤京子主演、『恋愛裁判』深田晃司監督インタビュー。「アイドルの道を選んだのは自分でしょう」という言葉の暴力性



―アイドル業界を知るにつれて問題を単純化できなくなったと話していましたが、取材を通してどんな発見があったのでしょうか。



深田:気づいたことはいろいろありますが、まず、「アイドル」と一口に言ってもアイドルに憧れて目指す人もいれば、歌手や俳優になりたいと思っている人もいるなど、動機が本当にさまざまであるということ。



あと、すごく大きいのが、「ファンの恋愛対象になる」ということでした。疑似恋愛というかたちでファンに好かれないといけない。そして、何百人、何千人のアイドルにアンケートを取ったわけではないのでわからないんですけど、少なくとも自分が取材をする限りは「疑似恋愛をやりたい」と思ってアイドルになった人は必ずしも多くないんじゃないかとも思いました。



「アイドルとは何か」ということを、その世界に入ってからアイドル自身も学んでいくんじゃないかと感じました。アイドルになりたいという夢と、実際のアイドルの実像の間には結構ギャップがありそうだなと。



齊藤京子主演、『恋愛裁判』深田晃司監督インタビュー。「アイドルの道を選んだのは自分でしょう」という言葉の暴力性



深田:もう一つ、人気アイドルグループのドキュメンタリーを見ていて気になったのは、アイドルが「主体的に何かを選ぶ瞬間」が少ないと思ったんですね。



―「個」が出る瞬間があまりない、ということでしょうか……。



深田:主体性というものは「0か100か」というものではなく、グラデーションがあるものですし、もしかしたらたまたま映っていなかっただけかもしれませんが……。例えばロックバンドであれば、自分たちでどんな歌を歌ってどうバンドを大きくしていくか、いろんな人と相談しながらも自分たちで決めていく要素は強いと思います。ロックバンドではないにしろ、そういった要素は韓国のアイドルグループのドキュメンタリーと比べても非常に希薄だと感じたんですね。アイドルの「主体性」のありかという問題も取材をするなかでとても気になった点です。



齊藤京子主演、『恋愛裁判』深田晃司監督インタビュー。「アイドルの道を選んだのは自分でしょう」という言葉の暴力性



―この物語は途中で雰囲気がガラッと変わります。後半、恋人ができた真衣は所属事務所から損害賠償を求めて訴えられてしまい、緊張感のある裁判のシーンが続きます。真衣が事務所側の代理人弁護士から「アイドルには清廉性が求められる。そういう仕事だとわかっていたはずですよね」と詰め寄られる場面はとても印象に残りました。

「自分からアイドルという仕事を選んだんだから、制裁を受けるのはしょうがないのでは?」と、アイドル側の自己責任を問うような言葉だなと思いました。



深田:そこはこの映画のテーマの核になる部分だと思います。「選択」ということですよね。この映画のなかで、山岡真衣という登場人物は、自ら大きな選択をします。その「選択」に対してどう思うかということが、おそらくこの映画の一番大事なところで、その受け取りかたは人によって全然変わると思うんですね。真衣の選択を肯定する人もいれば、否定する人もいると思います。



今回の映画は『恋愛裁判』というタイトルがついていますが、自分は結果的には法廷劇ではないと思っていて。そもそも日本の民事裁判が映画の半分を担わせるにはあまりにも地味すぎたというのはあるんですが(笑)、法廷劇にしてしまうと、結局裁判の勝ち負けが焦点になってしまう。黒か白か、正しいのか正しくないのかということになってしまうんですが、一番大事なことは、真衣が自分で主体的な選択をしたということでした。そして、その選択をするに至った過程こそが大事であると思いました。



そうなるともう判決はどうでもよくて、実際の裁判でも、表に出ている二例のうち、片方はアイドル側が勝訴して、片方はアイドル側が敗訴しているんですね。もちろん事例は違えど判決が分かれている状況もあるなかで、この映画でこしらえた架空の法廷と裁判官にドヤ顔で白黒つけさせるのはあまり意味がないなと思ったんです。



齊藤京子主演、『恋愛裁判』深田晃司監督インタビュー。「アイドルの道を選んだのは自分でしょう」という言葉の暴力性



―先ほども、日本のアイドルには主体性が希薄に感じたと監督は話していました。そういった環境でずっと仕事をしてきた真衣が、事務所から訴えられたことをきっかけに、初めて本当に自分のための「主体的な選択」をして、それこそが重要だと……。



深田:主体性というものはすごく曖昧なもので。自分の体のことは自分が一番よくわかっているとよく言われがちですが、実はそうではないんですよね。フロイトが20世紀に「無意識」という概念を発見してから人間の主体性に対する考えかたは大きく変わったと思いますが、私たちはつねに外部の環境から影響を受けながら行動しているし、意思決定をしている。だからこそ、私たちは他者の意思決定に過剰に影響を与えたり、コントロールしたり、誘導したりすることには注意しなくてはいけないと思っています。



何が言いたいかというと、自分は、アイドル自身が「恋愛をしない」という選択をすることは間違いではないと思うんですね。恋愛しないで仕事に集中したいと思うことも自由ですし、ファンがアイドルに対して恋愛のような気持ちを抱きながら応援することも、内心の自由なので、全然構わないと思う。でも、その「私は恋愛をしない」という選択が、どこまでその人の主体的な判断としてなされているのか? ということには、本当に慎重にならなくてはいけないと思います。



恋愛をしたらファンや世間からバッシングされ、もしかしたらアイドルグループをクビになるかもしれない。ファンも自分には恋愛してほしくないと望んでいることが明確にわかっている。そういった状況のなかでなされる「恋愛をしない」という選択は、どこまで本当に主体的な判断であると言えるのだろうか、と思うんです。



―なるほど。



深田:しかもアイドルになる人には未成年も多い。未成年からアイドルをやっているような彼女たちに対して、「いや、自分の選択でしょう」と言い放つことは非常に暴力的であるとも言えるのではないかと思っていて。



今回の映画に登場する所属事務所はある程度良心的な事務所として描いていますが、津田健次郎さんが演じた社長は、問題を起こしたアイドルに対して静かに説教をしながら「あなたはどうしたいのか」を問い詰めていく。あたかもアイドル自身の選択であるかのように恋愛を諦めさせるというのは、大人のずるいところだなと思うんですね。



結果としてアイドル側の自己責任になってしまいますが、その「自分で決めた」という判断に対して、どこまで社会や事務所、あるいはファンの意思など、他者がプレッシャーをかけてしまっているか? ということは、考えなくてはいけないと思います。



それに、もし恋愛禁止が人権に関わる問題であるとするのなら、「恋愛をしたければアイドルをやめればいい」とファンや運営側、アイドル業界に関わる方々が言い始めてしまうのは、業界の自己否定につながるのではないかと思います。



恋愛とは違いますが、映画業界はずっとパワハラやセクハラ、長時間労働など、現場で働く人間の人権を蔑ろにするかたちで映画が制作されてきました。しかし、いまは変わりつつあります。もし、かつての映画業界を美化して「人権ぐらい無視しなければ良い映画なんか作れないよ」と業界の人間や映画ファンが言い始めたら、それは業界の自殺だと思っています。「恋愛禁止」とアイドル業界の今後についても近いものを感じています。



齊藤京子主演、『恋愛裁判』深田晃司監督インタビュー。「アイドルの道を選んだのは自分でしょう」という言葉の暴力性



―物語の構想から10年が経ち、アイドルと人権の問題に関して、変化は感じますか?



深田:この10年間で変わってきてはいると思います。10年のあいだでキャスティングを決めるオーディションをやっていたんですが、多くのアイドル事務所からオーディションを受ける手前で断られてしまいました。それが、クランクインの数か月前の2年前、劇中グループのハッピー☆ファンファーレのメンバーを決めるオーディションを行ったら、以前NGが出た事務所から何人かオーディションに来てくれたこともあって。



そのあいだにジャニーズ事務所の問題もありましたし、パワハラやセクハラに関する問題意識も高まっていったことも変化のきっかけになったのかもしれません。



ただ、「交際禁止」までを契約書に明記しているアイドル事務所は必ずしも多数派ではないと思いますが、逆に巧妙になってきている印象もありますし、社会が大きく改善されたかというとそうではないと思います。契約書は本質的な問題ではなく、アイドルに清廉性や処女性みたいなものを求める空気感はじつは変わっていないのかもしれない。



―空気を変えるということが一番大変だとも思います。



深田:なかなか一朝一夕には変わらないかもしれませんよね。ただ、自分自身はアイドル業界についていま話したようなことを考えているんですが、映画が自分の主張を人に押し付けるためのものになってはいけないと思っています。それを選択してしまった瞬間プロパガンダになってしまう。



この作品を見た観客それぞれのアイドルに対する考えかた、恋愛に対する考えかた、意思決定や人権についての考えかたが鏡のように反射して、その人自身の思考を刺激するような時間をつくれたらこの作品を作った意味があるのかなと思います。



齊藤京子主演、『恋愛裁判』深田晃司監督インタビュー。「アイドルの道を選んだのは自分でしょう」という言葉の暴力性

編集部おすすめ