Text by 川島悠輝
Text by 生田綾
Text by 生駒奨
「『笑い』と『暴力』は男性にとって近くて大事で、なくてはならないもの、みたいな感じがする」
「茶化すことで暴力が生まれもするし、反対に傷を癒やし合ってもいるのかもしれない」――。
「男らしさ」の呪縛や男性の生きづらさを鋭敏な視点で描く作家・大前粟生が、2026年にデビュー10周年を迎えた。
2025年に発表した『物語じゃないただの傷』は、フェミニストやポリコレに「おもねった」発信でメディアに引っ張りだこの男性文化人と、職も金もなく、足に障害のある売れない芸人の間に生まれる、歪な交流を描き出した作品だ。
CINRAでは、大前と、あらゆる人の猥談を集め、性の悩みや「エロい話」をヘルシーに発信するポインティの対談を実施。同作の話を起点に、現代の男性たちが直面する「男らしさ」のリアルについて、語り合ってもらった。
『物語じゃないただの傷』(河出書房新社)「男のくせにフェミニストやポリコレにおもねった」発信でメディアに引っ張りだこの後藤。ある日、職も金もない男・白瀬が、後藤の秘密を盾に「家に住ませろ」と脅してきて…渾身の衝撃作
―まず、どこから『物語じゃないただの傷』の着想を得たのか、創作背景を教えてください。
大前粟生(以下、大前):そもそも、立場や考えの違う大人の男性同士が関わる機会があまりないなと思っていて。なぜなんだろうと考えたんですが、昨今、人と意見が違うだけで分断みたいになってしまうじゃないですか。すごくもどかしいなと思い、真逆の考えを持った男性たちが、ネットではない場所で、気軽な議論や喧嘩をするような話を書きたいと思いました。
まずは「白瀬」という、思想的にはどこか極端で、男性社会を煮詰めたような意識にがんじがらめになっている登場人物を出したいなと思い、そこから始まりました。白瀬に対して、「後藤」という、白瀬とはまた違った陰のある人物を作ろうと考えました。
後藤は男性社会にうんざりしていて、そのこともあって彼はメディアでフェミニズムやポリティカルコレクトネスに則った発信をしている。
大前粟生
―物語の主人公は後藤ですが、もともとは白瀬というキャラクターから始まっているんですね。ポインティさんはテレビなど表舞台に立つお仕事もされていますが、本作を読んでどんな感想を持ちましたか?
佐伯ポインティ(以下、ポインティ):物語の冒頭で、さっきまでテレビ番組に出ていた主人公の描写で「光が体から抜けていなかった」という表現があって。まずこの文章を読んだとき、「まさに!」と思いました。最近テレビの魔力みたいなものを強く感じていたので、この導入から引き込まれました。
テレビの撮影や収録をすると、たしかに「光が抜けていない」感じのときがあるんですよね。後藤はマスメディアのなかでうまくポジショニングができている人として描かれていて、物語は、そこに対するある種の「気持ちよさ」を描くところから始まっていますよね。
佐伯ポインティ
ポインティ:前にテレビ収録に行ったとき、近い感覚を持ったことがあって。局側がメイクさんをつけてくれたんですが、メイクされているあいだ、なんとなく「勝手に触られている感覚」があったんですよね。まわりの慣れている演者の人はスマホをいじっているのに、初めてだったので、ずっとビックリしてて。
「他人が触ってもいいもの」に自分がなるというか、そういう境界を越えられるような象徴的な出来事だなと思いました。芸能人の方は、他人にメイクをしてもらって、自分のすごくパーソナルな部分を触られることによって仕上がりがよくなって、カメラの前に立っているわけですよね。それってめちゃくちゃ不思議な行為だと思ったんです。
タレントさんのなかには自分が出た番組を見ない方針の人もいますよね。それって、最終的な編集権はテレビ局などのメディア側が持っているので、自分が映っている映像も、自分が喋った瞬間も、自分のものではなくなっているんじゃないかと思って。
大前:所有権が移行しているような。
ポインティ:そうです、そうです。作中、テレビのなかで「プロレス」をし合っている後藤と愛染のパートは、途中から妙な愛着が湧いてきてすごく好きだったんですが、ふたりとも、「自分が自分のものではない」感覚でいる人たちなんだなと感じました。
……もうちょっと喋っていいですか?(笑)
―ぜひ!
ポインティ:作中でいちばん「これ、このテーマでしか読めない描写だな~!」と思ったのが、後藤の過去のパートです。教室で男子同士でふざけ合って、そのノリがどんどん暴力にエスカレートしていく。でも、暴力を振るわれている側はそれを「暴力」にしたくないから笑う、みたいな。
大前さんはこれまでも芸人の話を書かれていて、男性性と笑い、暴力の周辺にあるものを描かれている印象があるんですが、そういったテーマがここにもあると感じました。「笑い」と「暴力」って、北野武もずっとやってきていると思うんですが、すごく男性にとって近くて、大事で、なくてはならないもの、みたいな感じがしていて。
このシーンを書くとき、大前さんはどういうことを考えていたんだろうと思っていました。
大前:男性同士のコミュニケーションって、「茶化すこと」で成り立っているなと思うことが結構多くて。自分が誰かと話していても、テレビを見ていてもそう感じるんですが、茶化すことで暴力が生まれもするし、反対に傷を癒やし合ってもいるんだろうなと思うことがあります。
田舎あるあるかもしれませんが、自分が通っていた高校とかでは、コミュニケーションのモデルになるのがまだテレビしかないような時代で。
ポインティ:前日にテレビ見たノリを教室でやるって、すごくありましたよね。
大前:ですよね。芸人さんのノリというか掛け合いがみんなのコミュニケーションの「雛形」になっているというか……なんか笑えることをしなくちゃいけない、と思ってしまう。笑えないことがあってもどうしても笑ってしまうとか。そういう空気に抗いたくもあるし、どうしたらいいのかな、みたいなことはずっと考えていますね。
あと、例えば芸能人が不祥事を起こしたとき、復帰しやすいのは男性ばかりな気がしていて。復帰するとき、どこかの番組に出て、誰かに茶化してもらって、笑い者になることで深刻さをみんなで笑って溶かしていますよね。
ポインティ:わかります。
大前:それ自体はよいんじゃないかとも思いつつ、でも、女性の芸人さんや芸能人が同じように茶化されて復帰するって、あまりないように思うんです。いじり・いじられの共犯関係にはいい面もあれば、悪い面もある。その両方がある感じがずっともどかしくて、いろんな小説でそういうことを書いてきたんですが、書けば書くほど解決の方法はわからないし、一体なんなんだろうという気持ちが強くなり、ずっと内面化し続けている感じです。
―この物語はそういった「男らしさ」に縛られる男性たちを描いていますが、現実でも多くの男性たちが性規範に苦しめられているのではとも思います。最近おふたりが男性だからこそ傷ついたような経験がもしあれば、聞かせていただけますか?
ポインティ:いわゆる男らしさとは少し違いますし、小さい話なんですけど……Instagramに写真を投稿したとき、「毛が生えてるんだ、意外」みたいなコメントをもらったことがあって。ツルツルのほうがおそらく自分のイメージに合っているんでしょうね。
大前:「無害な男性」のイメージというか……。
ポインティ:そうです、そうです。でも、じつは一度、脱毛の広告案件を断ったことがあるんですよね。
ポインティ:しかも、その規範が完全にみんなにプリセットされてるから、「脱毛してないの?」みたいな空気になる。あれ、すごいなと思って。
大前:わかります。特に東京だと、電車で半ズボンを履いている男の人は脱毛している人が多いですよね。
ポインティ:めっちゃ脱毛してますよね。かたや、こっちは脱毛の広告案件を断るくらい、脱毛という行為に賛成してないんだよ、と思っています。もちろん脱毛したい人はすればいいと思うので、人を脱毛させようとしている企業側に対してですね。
大前:僕はまんまと乗って、髭脱毛しています。
ポインティ:そういう空気感を作るのって、企業の倫理観や理念も大きいですよね。大企業はちゃんとしているはずだという常識のもとで社会が回っていて、理念もへったくれもない企業があるということを誰も教えてくれないじゃないですか。
でも実際は、人にコンプレックスを植えつけるような広告に象徴されるように、結構ギリギリを攻めている商売だって多い。いまは成り立っているけど、今後「それはやっちゃダメだよね」とタブーになる場合もあると思うし、本当にグレーだなと思います。SNSで脱毛広告の影響を受けすぎている人のコメントを見かけることもあるんですが、その人自体はまったく悪くない。ツルツルなものを見すぎているだけですよね。
あと、見た目の話で言うと、めちゃくちゃ細い人でも「痩せたい」って言っていますよね。K-POPのアイドルとかロールモデルになってる人たちの影響がすごく大きいと思うんですが、それは若い男性にも適用されていて、美容に気を使ったほうがいいとか、体型を維持したほうがいいとか、そんな話をすごく見聞きする。
だから、なんというか、自分を好きでいてくれる人のなかには、ポインティを見て「自分はまだまだ細いな」って思えたり、「自分より太っているけど楽しそうに生きてるな」って思えたりすることで気持ちが楽になっている人もいるんじゃないかと思うんですよね。
「痩せなきゃ終わり」みたいな感情を持ってる人が多すぎて、そういった欲求ってやっぱり企業やメディアから発信されてきたもので。いまの若い男性たちは、これまで女性が抱えてきたのと同じようなことで、かなり悩んでるんだろうなと思います。
大前:本当にそうだと思います。「有害な男らしさから脱却しよう」みたいなセルフケアの理念がうまく利用されて、企業が儲かるための商売につなげられている場合もあるんじゃないかと思い、そこは危うさを感じますよね。見た目とか、なんでもいいはずなのに。
―ポインティさんのもとには日々いろんな人からお悩み相談が届くと思いますが、『物語じゃないただの傷』はどんな人に勧めたいと思いますか?
佐伯:それこそ後藤みたいに、メディアに出てフェミニズムについて語っている男性の存在が気になって、なんかモヤモヤしてしまうという人とか。作中に、なぜ後藤が男性性を批判する側になったのかという、後藤のオリジンに触れるシーンがありますよね。
高校時代の経験を、当時は被害だと思っていなかったけれど、大学に入ってジェンダーの講義を受けて、いじりの延長線上で男性が性被害に遭う映像を見て、認識が変わる。男を恨むようになって、「男の僕が有害な男性性を告発することが僕の大義なのだと、本気で思った」って。文章のバイブスやテンポもよくて、「恨みは僕を覆い、僕の輪郭を確かにしてくれた」という文章もすごいなと思いました。
自分をこういうふうにした男性に対しての恨みがモチベーションになっている人って実際にいるなとも感じるし、そして、今後も増えていくんじゃないかとすごく思ったんですよね。
大前:そうですね。そうなったときに、やっぱり憎しみがこれまでの社会を作ってきた「おじさん」に向かっていってしまう可能性はあるじゃないですか。でも、どういう立場や世代のひとだって、それぞれの環境で苦しんできて、生き抜いていくことに精一杯だったはずで。「誰が悪いのか」という捉え方になると、本当に茨の道ですよね。
ポインティ:たしかに。そういった「負のエネルギー」ってあんまり肯定できない派なんですよね。負のエネルギーを原動力にして動いている人を見ると、なんだろうな、すごく抱きしめてあげたくなるというか。そうなってしまうほど、人として雑に扱われたり、大事にされなかったり、邪険にされたりした経験があるのかもしれない。それはすごく苦しいことだと思います。
―男性性もそうですが、ポインティさんがおっしゃっていたように、大前さんはすごく同時代性がある作品を書かれていると感じています。今後取り組んでみたい題材などがあれば聞かせていただけますか?
大前:いま小説のために、戦争体験の本を何十冊も読み続けているんですが、ただ読んでいるだけなのにショックを受け続けていて、僕自身やぶれかぶれな気持ちに頻繁になってしまうんですよね。
やっぱり戦争や当時の軍隊の話は本当に凄まじくて。辻褄を合わせるためだけの命令で「お前死んで来い」と言われたり、村での体裁のために家族からも戦死することを望まれたり、本人も、戦死できなくて申し訳ないと思ってしまったり。なんというか、「空気を読まなきゃ」という空気は、そこから80年経ったとしても、やっぱり日本にはずっとその空気はあって、自分もそのなかにいるんだということを日々感じちゃいますよね。
だから、向き合うことは苦しいけど、苦しさと向き合わないとこのなかに居続けてしまうような気がしていて、ちょっとずつ戦争の小説を書いているところですね。なにか政治的な主張がしたいというよりは、戦時の空気だったり、命令に従うしかない兵士のメンタリティを描き切りたい。結果としてそれは男性性の問題を抉り取ることにもなるのかなと思っています。
ポインティ:男性のモヤモヤって、基本的にあまり見せられないというか、見せづらさがありますが、大前さんはそこへのセンサーがすごくて……。男性の読者が自分のモヤモヤに気づくきっかけになると思いますし、いまを生きる男性にとって必要な、稀有な作家さんだと思います。
大前:ありがとうございます。やっぱり悩みを言葉にすることはまだまだ「弱さ」として男性社会では忌避されがちな空気があると思うので、自分の書いたものがモヤモヤを言語化する補助線になってくれたりしたらとてもうれしいなと思いますね。
ポインティ:最近阿部幸大さんの『まったく新しいアカデミック・ライティングの教科書』という本を読んだのですが、その本の後半に、人文学や批評は何のためにあるのかということが書かれていて。差別とか暴力とか戦争とか、過去に人間がした愚かなことに対して、人文学は世界をこれ以上悪くしないために直接的に世界を良くしているんだと書かれていて、すごく感動したし、なるほどと思いました。
人は創作物や文学に触れている数時間のあいだ、世界のことを忘れて、そこに没入できる。それはその人の人生をよくしているということで、その人生が巡り巡って世界によい影響を与えているということだと思います。つねにスマホとともに生活を送っているからこそ、本を通して世界と接続している感覚も必要だと感じました。
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