俳優の香川照之が主演を務める『連続ドラマW 災(さい)』は、葛藤を抱えながら現代を生きる罪なき6人の登場人物のもとに、"ある男"が現れて"災い"が無慈悲に降りかかる様を描くオリジナル作品。香川はその"男"を1人6役で演じることになった。
香川も「初めて」という1人6役にどうアプローチしたのか、話を聞いた。
――まずは、本企画のオファーを受けた際の心境から伺えますか?
信頼する5月組の監督たちに僕の食指が動くような変なお話を書いていただいて(笑)。「嬉しゅうございます」という感じでしたね。「災」以外にもいろんなタイトルが考えられるようなお話だと思います。これが本当に"災い"なのかどうかも含めて。
――映画『宮松と山下』以来のタッグとなりますが、5月組の監督お二人の印象は?
本当はもう一人、佐藤(雅彦)監督という東京藝術大学の先生がいて成り立っているユニットなので、今回はぽっかり穴が開くような感じでしたけど、関(友太郎)監督と平瀬(謙太朗)監督の2人でも十分楽しくやられていて、それはそれで新しいものを見た感じがしました。基本的には2人が同時に現場を見て、同時に意見を言いますが、真反対になることはないですね。関さんは元NHKでとても"演出家らしい"方。平瀬さんは中世貴族のようなノーブルな雰囲気を醸し出される不思議な人物で。佐藤監督が飛行機本体だとすれば、関さんがパイロットで、平瀬さんがコパイ(ロット)。このユニットはコパイの存在が大きい気がします。
――監督陣からは6人をどのように演じてほしいというお話があったのでしょうか?
脚本を書かれる時点で、監督たちがこの6人をどれくらい明確に分けていたのか僕も知りたいと今改めて思いました。
逆に言えばそれくらい僕に任せてくださったので職業を分け、タイプを分けて書いた人物を、僕がどう演じるか楽しみにされていたのかもしれないですね。演じ分けると言ってもそれほど極端なことができるわけでもないので。せいぜい声のトーンや話すスピードを変えるくらいです。とはいえほぼ順撮りの上に衣裳やヘアメイクの力もあって。「昨日までの人と全然違いますね」とスタッフに言われましたね。
――現場の皆さんも驚くくらいの変貌ぶりだったわけですね。1作品の中で6役を演じ分けるのは、香川さんにとっても初めての経験ですか?
一定期間その役に入りつつ6役を変遷する、というのは初めてだと思います。視聴者は「これは本当にすべて同じ人物なのか?」と、まず疑問を持つわけじゃないですか。「あの男」というのは、実はメタファーであり、災いが起きる人だけに見えている存在なのか……とかね。いろんなパターンが考えられます。台本にも「あの男」は何が好きで、どんな学校を出て、もともとどんな職業に就いていたのか、みたいなことは書かれていない。それでも、彼を同一人物であると仮定するならば、6人に橋渡しするものがある方が分かりやすいんじゃないか、ある日、ふとそう思い立って、6人の役に共通する"支点"のようなものを僕から提案し、1つだけ作ったんですよ。
映像的に顕在化したわけではないですが、不協和音や独特な旋律と共に"支点"を入れたことは、かなりの大仕事だと思っています。サラッと観ただけでは絶対に分からないと思いますが、2話、3話と続けて観ているうちに、違和感に気付くんじゃないかなと。「分かりやすくするため」と言いながらそれを分かりにくく散りばめているから、結局分かりにくいんですけどね(笑)。
――1人6役とは、俳優冥利に尽きる役とも言えますよね。名前も見た目も職業も違う男を演じ分けるコツがあれば教えてください。
ネタを明かせば、僕の中では全ての役にモデルがいるんですよ。いろいろ考えてモデルを見つけ、その人のモノマネをずっとやって演じていました。そのネタを現場ではすべて発表しているんですが、1話は全然似てないけど、2話は似てる(笑)。3話は僕だけしか知らない人ですからね。6話だけは"香川照之さん"という俳優のマネをしています。「この役だったらこんなセリフ回しかな」とやっているうちにその人物になりきってセリフを話してみたらスラスラ出てくるようになって。だから僕の台本のセリフの横にはその人の名前が書いてあるんです(笑)。
――とてもリアルなお芝居で、ドキュメンタリーを観ている気分にもなりました。
年齢問わず、出演しているすべての役者が静寂を楽しむというか、上質な間と空気が醸し出されていたことが、ドキュメンタリー性につながっているのではないかと、僕は眉間に皺を寄せるクセがあるんですが、5月組と初めてご一緒した映画『宮松と山下』の撮影時は、「普通にしていてください」「動かさないで!」と監督たちに言われ続け、僕は「普通とは何か」を探る旅をし、徹底的にそのクセを取り除いたんです。今回も極力動かさずにいろんな役をやったつもりですけど、唯一、坂井真紀さんと喫茶店で話すシーンだけ思いきって可動させたら、監督二人とも大喜びでしたね(笑)。
――予告編にもある、「目に見えない力が積み重なって、可視化されるに至った時、人々は初めてそれを"災難"とか、"偶然"という形で認識するんじゃないでしょうか」と話す場面ですよね。香川さんは本作のテーマをどう捉えていますか?
実は我々は目に見えない力に9割以上支配されていて、我々に起こることの最大の悲劇は"死"であり、そのカウンターとして"幸せ"や"安らぎ"がある。宇宙のはるか何億光年向こうの惑星の消滅さえも色濃く影響するほどに、その全てが絡み合い針1本の誤りもなく綿密に作られている。そういったものの支配を我々は否応なく受けていて、そんな目に見えない領域の1つの表れが、「ある男」なんだと僕は思うんです。「宇宙には目に見えない事象がたくさんあってそれがある日降ってくるんですよね」あの場面の僕は、人間というよりゴーストとして言っているつもりなんです。「あなたにはわからないかもしれないけど、そうなんですよ」って。そんなことを朧気ながらでも分かってもらうことが、この作品のゴールではないかと思います。起きることのすべては必然であり、我々はそれを受け入れていかなければいけない、と。
――今回の6人は、香川さんだからこそ演じられた役であるとも言えますか?
僕は自分の中にあるものしか出ないものだと思っていますから。
僕にとっての役作りというのは、その役の中に自分が入るのではなく、自分自身と演じる役との間に共通項を見つけそれを数式化し次元を変えて出すようなイメージです。僕の考えでは年齢を重ね経験を積めば積むほど役の幅も広がるという理屈になりますね。
――その上で、今回「災」というドラマで6役を演じられたことは、香川さんにとってどのような意味を持ちますか?
僕にとって、このタイミングであったことも必然だと思います。これまで以上に軽やかにできた部分もあったかもしれません。たまたま髪を伸ばしていたことも、演じ分ける上での助けになりました。演じる役の8割方を外見的な特徴が占めると僕は思っているので。どんな髪型でどんな服装を身に着けている人物なのか、そういったことにも常に重きを置きながら役を演じています。
――どの場面にどんな不協和音が入るのかということまでは、おそらく台本には書いてないと思いますが、現場でどの程度イメージしながらお芝居されているんですか?
演じる上で音響や音楽についてはまったく考えていないです。「編集段階でめちゃくちゃに切り刻まれるかもしれない」という可能性も含めて、「観てのお楽しみ」ですね。
――なるほど。では、実際に出来上がったものをご覧になっていかがでしたか?
意外と、ちゃんとしたドラマに仕上がっていましたね(笑)。もっといろいろやってるのかなと思いましたけど、ドラマという制約がある中で作るとこんな感じになるんだなと。
とはいえ「何も解決しない上にスカッともしない」という(笑)。そんなサスペンスドラマの新たなスタンスを関さん・平瀬さんの二人の監督が勇猛果敢に提示していることが、今回のドラマの一番の見どころだと僕は思うんです。「なんじゃこりゃ!?」と感じる方もいれば、「いいね」と言ってくださる方もいて。なかには「これは僕自身だ」と肉薄される方もいらっしゃる。それでいいと思うんですよ。「2025年現在の日本におけるエンタメの裾野は、ここまで広がっているんだ」ということの証だと思います。映画オタクでもある監督陣が、ハリウッド映画隆盛期を彩る名シーンを引き合いに出しながら、「ここで、あのカットをやろう!」「いや、ここはあえて引きの画にしよう」と沸き立ち、カメラマンや照明技師たちも、みんなそれを面白がって応えるような、そんな現場でした。様々な映画のオマージュカットもあったりもするので。映画ファンの心をくすぐるポイントが本作の随所に無数にちりばめられていると思います。
――これからの「5月」組に、香川さんはどんなことを期待しますか?
世界を驚せることじゃないですか? それが出来るのが彼らなんだと思います。それを市井の人を使ってやるのが得意というのが、僕の好きなところでもあって。
――市井の人を演じるのが、なぜ香川さんなのだと思われますか?
僕の中に何かその芽のようなものを見てくださってるんじゃないですかね。
――香川さんにとって、「演じる」とは?
「監督の材料になり続けること」それに変わりはないです。僕はあくまで材料を提示する側ですよね。魚市場に買いに来たシェフが、彼らであって。我々は自分で釣ってきた魚を並べて「今日はこんな珍しい魚が入っています」「これは1万メートルの深海で獲れた魚なんですけど、これはさすがに僕にしか獲れないんじゃないかなあ」とお見せする。「じゃあ、この魚であれを作ろうよ。関くん」「そうだね、平瀬くん。ムニエルにしてみよう」といったように。「5月」組とご一緒する場合は、「今日は、あの料理屋さんが来るからいつもより気合が入るね」みたいな感じなのかもしれません。僕が出る出ないにかかわらず、彼らのことはこれからもずっと見守っていきたいです。
WOWOW『連続ドラマW 災』は、4月6日(日)22:00スタート(全6話)。WOWOWプライム/WOWOWオンデマンド※第1話は無料放送。また、第1話をWOWOWオンデマンドとYouTube・オフィシャルチャンネルにて、先行無料配信中。
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