5月3日にその火蓋が切られた、ヒューリック杯第96期棋聖戦。熾烈な戦いを制し、藤井棋聖への挑戦権を勝ち取ったのは、杉本和陽六段でした。
2025年6月3日に発売された『将棋世界2025年7月号』(発行=日本将棋連盟、販売=マイナビ出版)では、杉本六段の単独インタビュー記事を掲載していますが、本稿ではその一部を抜粋してお送りいたします。現在の心境は? 挑戦できた要因は? 番勝負をどのように戦っていくのか?詳しく語っていただきました。
(以下抜粋)
○夢中でつかんだ挑戦権
―このたびはタイトル初挑戦おめでとうございます。
「ありがとうございます」
―挑戦が決まった瞬間の気持ちと、2週間がたった現在の心境をお聞かせください。
「私は決勝トーナメントに入ったのも初めてで、タイトル挑戦が全く身近なものではなかったので、決まったときはフワフワした感じでした。それからいろいろな方から連絡をいただいて、こんなに喜んでくれるものなのかと驚きました。いまは時間もたったので、現実に戻ってどう戦うかを考えるようになっています」
(中略)
―挑戦できた要因は自分ではどこにあると思いますか?
「はっきりとはわからないですけど、研究会の回数を多くして実戦を重ねたこと、特に若い奨励会員と指す機会を増やしたことがいい結果につながったのかなと思います。あとは30代になって精神的に落ち着いてきたというのもあるかもしれません。以前は結果に執着してしまって負けたときに生活のリズムが崩れたり、勝たなきゃいけないと自分を追い込んで手が伸びなくなってしまったりしたことがありました。ほかにも周りが昇段していく中で自分と比べて焦ってしまうとか。そういう考えでは続けていくのがしんどくなると思ったので、最近は執着を減らして生きるようにしています。そのおかげで挑戦者決定戦も平常心で臨むことができました」
―悟りですね。
その境地に至ったのは年齢を重ねたからですか? 他に何か要因はありますか?
「ちょっとキレイごとっぽくなってしまうんですけど、奨励会の子たちと将棋を指していて、純粋に将棋をやっている姿がすごく尊いなと思いました。そして、自分も彼らと接している時間が楽しかったんですよね。そこでいい影響をもらっている部分はかなりあると思います」
―すばらしいですね。杉本六段らしい感じがします。
「いや、もっとドロドロした人間だったんですけど、純粋な心に触れて邪気が払われてきたのかなと(笑)」
(中略)
○愛着ある振り飛車で戦う
―振り飛車党のタイトル挑戦は菅井竜也八段以来となります。藤井竜王・名人と菅井八段のタイトル戦はどのように見ていましたか?
「藤井竜王・名人の対振り飛車の将棋を見る機会が少ないので、とても興味深く見ていました。叡王戦では菅井八段が振り飛車穴熊で快勝される将棋もあって、藤井竜王・名人がタイトル戦でああいう負け方をするのは珍しいのですごく印象に残っています。ただ、次の王将戦では藤井竜王・名人が対振り飛車仕様の作戦を完璧に用意されていました。序盤からリードする展開が多く、盤石という感じがしました」
―将棋ファンは振り飛車党が多いので棋聖戦の注目度は高いと思います。振り飛車党の期待を背負って戦う、という感じでしょうか?
「いや、私はそういう意識はあまりないです。ただ、振り飛車は小学生の頃からやっていて愛着がありますし、振り飛車でタイトル挑戦できたことは感慨深いものがあります」
(中略)
―では最後に、番勝負の意気込みをお願いします。
「シリーズが面白くなるかは自分次第だと思います。
月並みですが、本当にしっかりと準備して臨まないといけないと思っています。アマチュアの皆さんは振り飛車党が多いということで、ファンの方に喜んでいただけるような泥臭い、人間らしい将棋を見せたいと思います」
(棋聖挑戦!杉本和陽六段インタビュー「振り飛車で、人間らしく戦う」 記/島田修二)
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