スパイ活動に使われた?『サボタージュ・マニュアル』

米国戦略諜報局(OSS:Office of Strategic Services)は第二次世界大戦中に設立されたアメリカの情報機関で、現在のCIA(中央情報局)へ発展しています。OSSは敵国に対するプロパガンダやスパイによる諜報活動、レジスタンス活動やその支援などを任務としていました。
なんか怖そうですね。

そのOSSが作成したものの一つに、「サボタージュ・マニュアル」があります。以前は機密だったものが、近年、公開されました。書籍『サボタージュ・マニュアル:諜報活動が照らす組織経営の本質』(北大路書房)では、解説付きで紹介されています。

『サボタージュ・マニュアル』は本格的なスパイ活動ではなく、一般の人が簡単にできるレジスタンス活動を実践するマニュアルです。同書によると、以下が組織や生産に対する妨害の原則です。

・形式的な手順を重要視せよ
・ともかく文書で伝達して、そして文書を間違えよ
・会議を開け
・行動するな、徹底的に議論せよ
・コミュニケーションを阻害せよ
・組織内にコンフリクトを作り出せ

あれ、なんかおかしいいですよね。これらは、日本企業の多くにみられることではないでしょうか。もしかしたら、OSSの陰謀でしょうか?(笑)

筆者の最初の会社は日本の企業でしたが、横の部門に何かを依頼するにも、ハンコと共に所属する組織の上まで文書がエスカレーションしていき、その依頼先の組織の上から担当者に落ちていっていました。当時はこれが当たり前だと思っていました。

また、筆者が外資企業で働いているときによくあったのは、私が一人で日本企業のパートナーを訪問すると、会議で10名くらいの社員に取り囲まれることでした。これは不思議でしたね。


サボタージュ・マニュアルは、ある意味で組織を内部から腐らせる作戦です。このような記述があります。「サボタージュは、悪質ないたずら以上のものであり、一貫して、敵の資材や労働力に対して悪癖をもたらす行為である」。また、二次的な被害として、人の士気をくじくことがあります。人のパフォーマンスは、考え方とスキルと士気から生まれると言います。士気を低下させることでパフォーマンスを落とすのです。

これらの妨害工作は、意思決定させない、行動させない、連携させないために、組織に官僚主義を浸透させることや、成熟の敗者などを巧みに利用していることがわかります。成熟の敗者とは、スキルなどが成熟した人が複数集まっても、適切な意思決定ができないことをいいます。

昨今のB to Bのビジネスの世界では、5人以上が意思決定に参加するとされています。そのような環境では、反対意見を押しのけてまで新しいことをしなくなります。失敗の責任が怖くて、弱い案や、やらない判断に陥りがちになります。また、特定の声の大きな人に引きずられることも多いです。
特に会議はそうですよね。だから「会議を開け」なのです。大人数の会議なんかほぼ情報共有の場でしかなく、行動につながらない場合が多いと思います。

『サボタージュ・マニュアル』に負けない方法

では、OSSの陰謀に勝つためにはどうすればいいでしょうか?それは、適切な意思決定をして迅速に行動に移し、その後改善ループを回すことです。

書籍『ビジネスモデルナビゲータ』(翔泳社 著者:オリヴァー ガスマン)では、良い意思決定をするための鉄則として、以下のような対処方法が紹介されています。

・意思決定する場合は、不確定要素が多くあるので、事実を確実に押さえる
・意思決定に関与する人数を最小限にする
・「なぜ?」を繰り返して、根本原因を分析する
・直感を進んで取り入れる
・認知バイアスを防ぐ
・勇気をもって進む
・失敗から学ぶ

少し解説します。

意思決定に関与する人数を最小限にする
意思決定だけでなく、情報共有程度では人を簡単に参加させないことです。必然性のない人が加わると意思決定や実行のプロセスが複雑になります。筆者の経験から、会議で発言しない人はほぼ参加不要だと思います。その時間で自分の作業に集中したほうがよほど生産性は高いです。

「なぜ?」を繰り返して、根本原因を分析する
トヨタ自動車が発明した「なぜなぜ分析」は偉大です。海外の多くのビジネス書でも紹介されています。
筆者も最近は特によく使うようになりました。課題や目的に対し「なぜ?」を繰り返すことで、本質にたどり着いたり、階層分けをしたりできます。

直感を進んで取り入れる
直感は過去の知識や経験に基づいており、実は大事なスキルなのです。直感を最小限のコストで試すことです。筆者は実は、直感を大事にしています。ただし、知識や経験に裏付けされていない勘は、あてずっぽうです。

認知バイアスを防ぐ
認知バイアスとは、人間が情報を処理し判断を下す際に悩で生じる偏りや歪みのことを指します。これにより、合理的でない決定や解釈が行われる場合もあります。例えばアンカーリングは、最初に得た情報に引きずられ、その後もそのことが頭の中に残り、判断に影響してしまう効果です。確証バイアスは、自分が正しいと思うことだけの情報を集めてしまう効果です。実は井の中の蛙だったという結果を引き起こします。その他、能力が低い人ほど自分を過大評価し逆に能力が高い人は自分を過小評価するクルーガー効果など、いろいろな認知バイアスがあります。
人間は本能で生きている部分が、かなりあるのです。認知バイアスを正しく理解して多様な視点を取り入れる。クリティカルシンキングで批判的に内省する。判断に明確な基準と取り入れる。などの工夫が必要です。

勇気をもって進む、失敗から学ぶ
勇気を持って進み、行動の結果として失敗したのであれば、修正が可能です。不確実性が高まる中、最初からうまくいくことも多くありません。行動しないと何も生まれませんから、すべて失敗です。そして、成功している企業も大多数は失敗しています。成功の方程式は、行動の数×成功率です。勇気を持って進むには、会社が心理的に安全な環境を作ることと、リーダーシップ能力を育成することが大事です。

サボタージュ・マニュアルは日本の企業を表現しているようで笑ってしまいますが、笑っている場合ではないですよね。
サボタージュ・マニュアルの内容を理解して、そこで記載されていることの反対の行動をするように心がけることです。

北川裕康 キタガワヒロヤス 35年以上にわたりB to BのITビジネスに関わり、マイクロソフト、シスコシステムズ、SAS Institute、Workday、Infor、IFS などのグローバル企業で、マーケティング、戦略&オペレーションなどで執行役員などを歴任。現在は、独立して経営・マーケティングのコンサルティングサービスを提供しながら、AI insideの Chief Product Officer(CPO)を担当。大学は計算機科学を専攻して、富士通とDECにおいてソフトウェア技術者の経験もあり、ITにも精通している。前データサイエンティスト協会理事。マーケティング、テクノロジー、ビジネス戦略、人材育成に興味をもち、学習して、仕事で実践。書くことが1つの趣味で、連載や寄稿多数あり。 この著者の記事一覧はこちら
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