2025年8月1日に発売された『将棋世界2025年9月号』(発行=日本将棋連盟、販売=マイナビ出版)では、ヒューリック株式会社代表取締役会長・西浦三郎氏インタビュー「若い人のチャレンジを応援したい」を掲載しています。

今年の4月、白玲戦・女流順位戦と棋聖戦における優勝賞金4,000万円および1,000万円相当の特別賞という大幅な賞金額アップが発表されました。
それらの棋戦に主催や特別協賛という形で携わっているのが、不動産業を営んでいるヒューリック株式会社です。ヒューリック社はほかにも、小・中学生の将棋大会や将棋イベントに協賛しています。なぜ将棋界にここまで多大な支援を行うのでしょうか?支援の意義、将棋界に期待することなどを、ヒューリック株式会社代表取締役会長・西浦三郎氏に直接聞いてきました。

(以下抜粋)

(前略)
○棋戦の協賛・創設の経緯

―西浦会長ご自身は高校生のときに二段になられたとのことですが、将棋の面白さ、魅力はどこにあるとお考えですか?

「先を読んでいくことでしょうか。あとは運の要素がないので、自分の実力がそのまま出るというのも面白いところかと思います」

―将棋界とはどのようなきっかけで接点を持つことになったのでしょうか?

「銀行時代に当時棋士会長をされていた佐藤康光九段と縁があり、年賀状のやり取りなどを続けていました。2011年に東日本大震災が起きた際に佐藤さんから、将棋の復興応援イベントを東北で行うための支援をお願いされました。そのイベントに協賛したのがスタートです。その後も棋士会のクリスマスフェスタの会場を提供したりしていました」

―なるほど。佐藤九段を通じて棋士会を支援したのが始まりだったのですね。

「はい。そして6年ほど前に佐藤さんから棋戦スポンサーのご提案をいただきました。佐藤さんとしてもうちが引き受けるかどうかは不安だったようです。
というのも、当社は基本的に法人を相手にビジネスをしているので、一般の消費者の方と直接やり取りすることがほとんどないからです。とはいえ私自身、将棋は嫌いではありませんし、佐藤さんとのつながりもありましたので棋聖戦を協賛することにしました。当時は棋聖戦の賞金がいちばん少なかったですし、佐藤さんが永世棋聖の称号を持たれているということもありました」

―そこから「ヒューリック杯棋聖戦」が始まったのですね。清麗戦を創設されたのはどのような経緯だったのですか?

「豊島九段が羽生九段から棋聖を奪取した際の就位式に参加したときに、いまの将棋連盟会長の清水女流七段がいらっしゃいました。そこで清水さんに『男性のプロのタイトル戦は8つある。女流のタイトル戦は6つしかない』と言われて、では何とかしましょうということになりました。対局料だけでやっていける女流棋士は数人しかいないという話を聞きましたので、清麗戦は対局数を増やすために2敗失格のトーナメントにしました」

―画期的な仕組みだと思いました。

「これで女流のタイトル戦も7つになったわけですが、それでも清水さんにまだ足りないと言われまして(笑)、8つ目の棋戦を考えることになりました。とはいえ、これ以上トーナメント戦を増やしても同じような棋戦になってしまいます。リーグ戦は対局数が一気に増えるのでお金はかかるのですが、新しいことにチャレンジするというのが当社の考え方でもありますから、女流の順位戦をやろうと決めました」

―それがヒューリック杯白玲戦・女流順位戦ですね。

「順位戦をやると実力が1番から最下位まではっきり表れます。トーナメント戦では一局の勝負でたまたま勝った、負けたということはありますが、リーグ戦では言い訳できません。
その厳しさが女流棋士の実力向上につながればと思いました。実際、棋士の方から女流のレベルが上がったのは順位戦ができた影響が大きいと言っていただきました」

―私も女流棋士とお話をすることがありますが、女流順位戦で昇級することを目標にしている方は多いです。

「先日、A級昇級を決めた野原女流二段とお話しする機会がありましたが、白玲のタイトルに挑戦するチャンスができたということで大変喜んでいました」

―タイトルの話が出ましたが、現在の将棋界は藤井聡太竜王・名人の1強、女流棋界は福間香奈女流六冠と西山朋佳女流二冠の2強という状態が続いていますが、この状況をどのように見ていらっしゃいますか?

「一時は8つのタイトルを8人が分け合うということもありましたが、藤井さんは天才の中の天才、ということでしょう。女流については福間さんと西山さんは第2期と第3期の白玲戦の七番勝負でともに第7局まで戦っています。それだけ二人の力が拮抗しているということだと思います。将棋は実力が出る世界なので、強い人にタイトルが集中するのはある意味では当然のことかと思います。そういう強い人に若い人が挑戦していこうと思える環境を維持することが大事だと思っています」

―子どもたちにとって将棋界が魅力ある場所であるか、ということですね。

「それに加えて、親にとっても魅力的であることが重要です。将棋界は三段リーグを抜けるのも大変ですが、棋士になってからC級2組を抜けるのも非常に難しい。収入面で苦労している棋士も多いと聞きます。子どもは将棋が好きという気持ちだけでやっていけるかもしれませんが、一般の企業に就職した場合と比べて収入の面で魅力がなければ、親が子どもに将棋を勧めないでしょう。これを解決するのはそう簡単ではないと思います」
○賞金増額に込めた思い

―4月に棋聖戦と白玲戦の賞金の大幅な増額が発表されましたが、これは将棋界にとって非常に大きなニュースでした。
改めて今回の増額の経緯についてお聞かせください。

「将棋会館の移転のために、当社は4年にわたって毎年1億円を将棋連盟に寄付してきました。今回、無事に移転されましたので、寄付を終了するという選択もありました。そうすれば毎年1億円収益が増えることになりますから(笑)。さはさりながら、将棋は日本固有の文化であり、当社は将棋界の発展に寄与することを社会貢献の一つとして位置づけておりますので、この1億円は将棋界の支援に使おうと考えました」

―ありがたいことです。

「就位式や将棋関連のパーティーで私がよく言っていることですが、野球の大谷翔平選手は10年で1,000億円の契約をしました。途中でけがをしても1年で100億円の収入が保証されています。それに比べて藤井さんは八冠でも1年に2億円、しかも勝ち続けなければ維持することができません。二人とも現代の日本が誇る天才中の天才ですが、収入が50倍も違う。これでいいのかということを主催社やスポンサー企業の社長がいる前でも話してきました(笑)」

―私も何度かお聞きしました。

「誰かがトリガーを引かなければ状況は変わりません。そこでまずは当社が増額を申し出たということです。
私は棋聖戦や白玲戦をいちばんの棋戦にしたいとは思っていません。今回の増額が引き金になって、これから各棋戦で賞金アップの流れが生まれればいいと思っています」
○よりよい将棋界に向けて

―最後になりますが、将棋界の未来について、西浦会長のお考えをお聞かせください。

「やはり若い人がチャレンジできる、その環境づくりが大切だと思います。清水会長に提案したこともあるのですが、将棋連盟で寮を作ったらいいのではないかと思っています。地方の子どもたちにとって対局のたびに移動するのは大変ですし、親の経済的な負担も大きい。昔は内弟子といって師匠の家に住み込みで修行していたこともありましたが、いまの時代には合いません。そこで寮を作って、生活力も将棋の力も高められるような場所を提供できればいいのではないかと思います」

―すばらしい案ですね。

「運営費を誰が出すのかという問題はありますが(笑)。地方の子どもは奨励会の例会のたびに親と一緒に東京や大阪に来ているという状況があるので、その負担を少しでも減らすことができるのではないかと思います」

―実現できれば子どもたちの挑戦のチャンスは増えると思います。

「あとは、棋士になってからも重要です。将棋は20代の後半から30代が棋力のピークと言われますが、人生はそこから先も長い。いくら将棋が好きだといっても収入がなければやっていけないでしょう。
当社の社員の平均年齢は39歳で、平均年収は約2,000万円ですが、この金額を提示すれば人は集まってきます。長期にわたって安定した収入が見込めるようになれば、棋士になりたい若者も増えるでしょうから、この点も改善されればいいと思っています」

(ヒューリック株式会社代表取締役会長・西浦三郎氏インタビュー 記/島田修二)
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