論理と感性を大切にした転職支援

本稿では直感や感性を磨く方法について解説します。ですが、その前に先日筆者が出会った、論理と直感を重ねて判断する転職の例について紹介します。


それは、企業投資や地方産業の支援をしている方から転職相談でした。キャリア15年目で、誰もが憧れるような国際的有名企業での勤務経験が2回あります。いずれも事業戦略を国家間で調整したり、資金獲得のために動いたりと経験豊富です。

特に世界の企業を巻き込んで途上国支援の座組みを構築した経験は、誰にでもできる仕事ではありません。しかしながら、そのキャリアがどうにも腑に落ちていない様子です。話を聞いてみると、ある答えが見えてきました。

その方は誰かの支援をすることが自分のエネルギーになることは自認していたのですが、その支援の方法は「直接的」である方が良いということに気付いていませんでした。つまり、困っている人に直接向き合って喜ぶ顔が見えるような、「手触り感のある支援」です。

彼は大学時代に留学先で内紛国出身の学友に出会い、大学院まで進んで国際関係や人道支援について学びました。学歴が立派になればなるほど大きな枠の中で活躍する場を与えられます。その結果、社会に出て色々な経験をする中で、何をやっても心の底から満たされる感覚がないことに違和感を覚えていたのでした。

そこで、筆者は彼に、資本や戦略の視点ではなく海外事業展開している現地法人などへ転職し、事業開発の現場へキャリアを転向することを勧め、彼はグローバル企業のASEAN拠点へ飛び立ちました。


筆者が常に大切にしている面談時のポイントは、感覚や感情面などの非認知的な点を聞き出すことです。書類を読めば分かるスキルや経験、年収ではありません。おそらくこの方の情報をAIマッチングサービスに読み込ませたら、コンサルティング企業や金融、投資企業などとマッチングされるのでしょう。

しかし、彼のエネルギーの源泉を考えたら、たとえ年収が下がっても事業会社の海外現場で手を動かすことの方が適していると考えられます。

筆者は面談時に、過去の経験に対して、なぜ?いつから?昔似たような感覚を味わったことがある?などの問いかけから候補者の判断軸を探します。これにより、国際貢献という軸と、直接的な支援によって得られる自己効力感が軸であることがひも解かれたのです。
視野と視座で候補者と企業をマッチング

このように、非認知的な感性にアプローチするべく多角的な質問を重ねるとき、筆者の脳内ではある座標が浮かんでいます。候補者の「視野」が横軸、「視座」が縦軸です。

「視野」は職種や役割によって異なりますが、例えば事業側の人材なら、1対1のリテール営業から法人営業、法人企画営業、ソリューション営業、営業企画、事業企画、経営企画、COOなどが横軸に並んでいるイメージです。その人が果たせる仕事のスコープとも言えます。

「視座」は「具体」と「抽象」の思考の高低差を表現しています。例えば、「視野(横軸)40:視座(縦軸)80」のように位置付けます(数字は筆者の感覚値です)。
これと同じ物差しで、座標の近いポイントに位置する企業や経営陣を探してマッチングさせています。

企業の座標も経営陣の思考や個性、組織体という形のないものが相手ですが、創業の理由や現状、未来にどのような世界を作ろうとしているか、それはなぜか?感覚的な部分を捉えて照合し、座標を定めています。

候補者と企業のマッチングは募集要項に記載してあるスキルや条件だけではなく、このような視野や視座など思考の尺や、感覚的なものとも照合しなければなりません。双方が描く未来に重なりがあるか、思考が利己的か利他的か、知性でコミュニケーションするか感情でコミュニケーションするかなど、感覚的に照合すべきポイントが実は多様にあるのです。ここで重要なのが「直感」です。
直感の磨き方と練習法

AIやテクノロジーを活用でき、常識や論理感が備わっている現代人におすすめな「直感の磨き方」の一つは、第4回でもお伝えした具体と抽象の往来です。多くのビジネスパーソンは具体を思考することが多いため、抽象的な思考で感覚的に物事を捉えると、感性や直感を鍛えられます。

「直感を磨く」と言うと、子どもならともかく成長した大人には難しいのではないか、直感や感性なんて今さら磨けるのかなど、考える方もいるでしょう。確かに成果が見えづらく難易度は高い場合もありますが、直感は人間に元来備わっているものですから早い人はすぐに捉えられるはずです。
○1.感性の扉を開く

・自己決定の量を増やす
何事も量が質を生みますので、まずは自己決定の量を増やしてみてください。日々の生活では、案外社会や常識に無意識的に誘導されて決定している場面が少なくありません。意図的に自己の直感を見逃さずキャッチし、自分で決めてみる。
最初は失敗も多いでしょうが、小さな自己決定の積み重ねがいざというときの直感の精度を高めます。

・自然に触れる
自然には曖昧なことが多いです。天気予報は晴れだと言っていたのに突然の雨、緑色にもたくさんの色が存在する、朝と夜の境界線が単純ではない……など、科学で解明されていることもたくさんありますが、それだけでは説明できない体験も多いです。理論では凌駕できない理不尽さや予定不調和があります。

加えて、自然環境下では脳が何も意識せず思考しない状態(デフォルトモードネットワーク)が活性化するとも言われており、自己省察や想像、直感的思考が高まると期待できます。

・答えのない課題を思考する
哲学思考と同義ですが、正義とは?生きるとは?幸せとは?など論理だけではまとまらない課題を思考する際の感情を意識すると、抽象的な概念を感覚的に掴む訓練になります。
○2.具体と抽象の往来から自分の軸を見極める

・自身の本質を見極める
迷ったり流されたり思いがけない変化があったときに、大切なのは浮遊した状態でネクストアクションを決めずに、自分にとって実家やホームのように戻る場所(自分の本質)に立ち返ることです。

筆者がキャリア面談していても、表層的なことにとらわれて自身の本質的な魅力や能力を認識していない人が多いです。世の中が変わっても普遍的な自身の本質とは何か。変えて良いものと変えてはならないものの選別。自身の軸は道を間違うリスクを低減し、道しるべになります。

・外的な価値へ軸を強めない
企業の知名度や、社内での成果、報酬、役職はどれも大切な観点です。
しかしながら昨今は時代変化のスピードが早く、体外的な価値の軸を強めると、変化が起きたときに崩れます。昔有名だった会社が潰れたり新しいテクノロジーに既存サービスが淘汰されたりする現代においては価値観さえも変わるため、目先の短期的な良し悪しだけで生きるのはリスクになります。

「溺れる者は藁をも掴む」ということわざがありますが、変化が起きたときにその変化の渦に巻き込まれ、目先の選択肢で判断しないためにも、自身が立ち返ることができる基軸を持っておきましょう。

繰り返しますが、現代人は既に論理性や現実的な思考を十分備えています。抽象概念の思考を持って自己の本質を捉え言語化しておくことで、いざというときに迷わずに最善の選択に近付けます。これをもっと一般的な用語では「自己分析」とも言えるでしょう。
自分の軸を見つける具体と抽象往来の例

ここから、自分の軸を見つけるために重要な具体と抽象を往来するための練習法をお伝えします。

起点:原体験の発見
人生のハイライトとそのときの感情。自分にとっての喜びが何か。幸せの定義は。どんな時に細胞からエネルギーが湧くのか。許せないことは何か。
など。

具体:現状の自分の俯瞰
学業や仕事の経験の中で得意/不得意、好き/嫌い、エネルギーが湧く/湧かない、他人より少ない労力で成果が出たことは何か。など。

抽象:未来的な思考
未来のありたい自分の姿や、理想の世界など。

これら3点をつなぐ線や重なりは見出せるでしょうか。もちろん一度の思考だけでは見出せないかもしれません。

具体例は、さらに抽象化して言い換えてみると3点の重なりが見つけ出しやすくなります。例えば「おもちゃやロボット組み立てるのが好きだった」であれば、「知的好奇心を目に見える動きに変えるのが好き」「一人で集中する方がパフォーマンスが良い」などです。

あるいは、「ヨット部唯一の女性部員だった。薬学部から銀行に行く珍しい就職をした」という人は複合して考え、「マイノリティになる状況でも決断を実行できる」「自由度が高い環境の方が思考力が高まる」「変化のある環境でエネルギーが湧く」などが考えられます。一つの具体例から複数の抽象的なアイデアを考えられるはずです。

日常生活で自分の心の動きや思考を認知することで自分の軸、つまり「迷ったら戻るべき自身の本質/価値観」が色濃く見えてきます。
それは人生・年齢を重ねることで変化もします。

変わらない軸を起点に活躍の場を考えることで、自家発電できる場所はどこなのかが見えてきます。転職や社内でのキャリア形成において、チャレンジしながら変化のある長い人生を主体的に楽しめるのです。
十人十色だから社会の持ち場が保たれる

AIの台頭で、知識や情報量や分析を誰もがAIに任せられる素晴らしい時代になりました。これによって、人間は行動力や感性をこれまで以上に発揮できるようになりました。今こそ、AIやテクノロジーに人間の感性を掛け合わせて、人間にしかできない判断、あなたにしかできない判断や表現を付加して新しい価値を生むときです。

現代は就職氷河期のように少ない椅子を取り合うような時代ではありません。全員が「同じ正解」を目指していては、日本社会は成り立ちません。営業として、トレーダーとして、教員として、音楽家として、リサイクル業として、電気修理として、ドライバーとして、政治家として……。どのような仕事も論理に感性や直感的を掛け合わせ、使命を感じて担う人がニッチトップとなり社会を支えるはずです。減り続ける労働人口により、どの仕事も今まで以上に貴重さが増し、職種格差がなくなる時代が目の前にきています。

そんな時代だからこそ、あなたの属人性を究極的に高め、テクノロジーにあなたの感性や直感を掛け合わせることで素晴らしい仕事を生むのだと筆者は考えます。

佐藤 友美 さとう ともみ 神戸女学院大学卒業後、リクルート創業者の江副浩正氏が創業したスペースデザインに入社し薫陶を受ける。その後バイオベンチャーにてマザーズ上場、アパレルブランドの立ち上げを経て出産を機に約10年間専業主婦。娘の小中受験を経験し、18年リクルートHDでエグゼクティブヘッドハンターに。HRへキャリアを転じ、22年WiLへ参画して100%子会社のTBAでHRディレクター。投資先スタートアップ企業の人材支援を担う。 この著者の記事一覧はこちら
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