映画『遠い山なみの光』(公開中)が、第50回トロント国際映画祭のSpecial Presentation部門に出品され、現地時間の9月12日に上映が行われた。上映に際して舞台挨拶が実施され、広瀬すず、松下洸平、石川慶監督が登壇した。
『遠い山なみの光』は、ノーベル文学賞受賞作家カズオ・イシグロ氏の長編デビュー作を、石川慶監督が映画化。主演は広瀬すず、共演は二階堂ふみ、吉田羊、カミラ・アイコ、松下洸平、三浦友和ら。舞台は、戦後間もない1950年代の長崎と、1980年代のイギリスで、時代と場所を超えて交錯する「記憶」を巡る秘密を紐解いていくヒューマンミステリーに仕上がっている。
9月12日、本作は第50回トロント国際映画祭のSpecial Presentation部門で公式上映が行われた。上映前に舞台上に上がった石川監督は、観客に礼を述べた後、「このような場で本作を上映できることを非常に光栄に思っています。昨日の上映では僕一人での登壇だったのですが、今日は素晴らしいキャストと一緒に来ています」と、主演の広瀬すず、そして松下洸平を紹介した。それを受け、広瀬も英語で「今日、この映画祭に来られて嬉しいです」とにこやかに語り、松下も同じく英語で「本作で二郎役を演じました。ここに来られて、とてもワクワクしています。皆さんに楽しんでいただけたら嬉しいです。」と心を込めて挨拶した。
上映後も3人が登壇し、Q&Aを実施。早速、「なぜこの小説を映画化しようと思われたのか、そしてなぜ今なのか」という質問を受け、石川監督は鑑賞の礼を述べた後「もともとカズオ・イシグロさんの大ファンなのですが、同時に、日本の映画監督にとって彼の名前はとても大きな存在なので、自分にはまだ早いと思っていました。でも、今年は第二次世界大戦から80年という節目で、実際にその出来事を体験した方々と話すことはどんどん難しくなっていますし、映画も そのことを扱っていますので、『もう言い訳はできない、今が作る時だ』と決心しました」と返答した。
また、「アメリカが日本に原爆を投下した事実を踏まえ、戦後の日米関係はどのようなものだったのか?」という質問に対しては、「これは私たち日本人全員にとってのジレンマなんです。被害者だと感じることもあれば、同時に近隣諸国を傷つけてもいて、両方の感情を同時に持っています。そして、特にこのイシグロさんの本では、いつもそれが感じられるんです。この本だけじゃなくて、『日の名残り』の主人公にも、協力的に行動しながらもどこか偽善的な感情、あるいは後悔のようなものがあったことがわかりますよね? 私はこういった感情が、自分自身の歴史に対する感覚にとても近いものだと感じるのです」と、多様な観客に向かって、率直に語った。
「小説以外にどのような資料を元に研究してキャラクターや物語をどのように構築したのか」という質問に対して 広瀬は「私は考えて構えたり想像したりするとなかなか現場で止まってしまう時間がある人間なので、すごく今回も本当につかめなくて、台本を読んでリハーサルをする時間をたくさん設けていただいたんですけど、そのときに佐知子を演じた二階堂さんのセリフ回しを見て、そっちの方向に寄せていこうとか、現場で対面した時に相手の役者さんからもらえるもの、現場の環境からもらえるものを全部エネルギーにしている感じです」と素直に回答した。
松下は「僕はこの作品をやる前に、舞台でこの長崎の原爆についての話をやったことがあったので、その時に多少当時の資料を見聞きする機会がありました。そして実際に長崎に行って被爆した方のお話を聞く機会もありました。先ほど監督もおっしゃっていましたけど、そういう方々が少なくなってきている中で僕が感じたのは、これは特別な体験をした特別な人たちの話ではなくて、あくまでも庶民の話だということです。そこに生きる普通の人たち、普通の暮らしをしていた人たちが、当たり前の普通を失った。それでも生きていかなければいけない庶民の話。だから、特別な悲劇を押しつけるような作品ではないような気がしました。なので、あくまでも当時の日常にどのように溶け込むような二郎でいるべきか、そういう作品にすべきなのか、ということを考えていました」と長崎でのエピソードを披露するなど、役作りについて明かした。
最後に、観客へのメッセージとして石川監督は「(本作は)私にとっては親や祖父母たちが本当に求めてきた新しい価値観についての話です。もちろん反核運動についてもそうですし、ジェンダーに関する取り組みや規制、多様性などすべてに関わっています。私にとっては非常に重要なテーマであり、特に現代では、その新しい価値観が少しずつ薄れてきているように感じます。だからこそ、私たちはそれらがどれほど大切なものだったかを改めて考える時だと思います」と、想いを込めてQ&Aを締め括った。
(C)『遠い山なみの光』製作委員会
【編集部MEMO】
原作者、エグゼクティブ・プロデューサーのカズオ・イシグロは、本作で描かれる長崎県の出身で、幼年期に渡英したのち、1983年にイギリス国籍を取得。2017年にノーベル文学賞を受賞している。本作以外にも映画化された作品は数多く、『日の名残り』『上海の伯爵夫人』『わたしを離さないで』『生きる LIVING』は、日本でも公開されている。