来日していることをXで公表して日本のファンを驚かせた、Appleのティム・クックCEO。9月24日には、東京・港区にあるバンダイナムコ未来研究所を訪問し、モバイルゲームの開発者と懇談したほか、同社の最新タイトル「ドラゴンボール ゲキシン スクアドラ」の対戦プレイを観戦。
日本のゲームデベロッパーの実力の高さを改めて確認したようです。
ドラゴンボールは日本が誇る国宝級のコンテンツ

バンダイナムコ未来研究所で、iOS版の最新タイトル「ドラゴンボール ゲキシン スクアドラ」を楽しくプレイする開発メンバーの様子を視察したティム・クックCEO。「複数人でチームを組んで世界中の人と一緒にプレイでき、同じ体験や感動を共有できるのは素晴らしいですね。ワンプレイが7分で終わるんですか。iPhoneなら、ちょっと空いた時間を無駄にすることなくプレイできますね」と、MOBA(マルチプレイヤーオンラインバトルアリーナ)のスタイルを採用し、クロスプラットフォームに対応した本作を評価しました。

ゲームをはじめ、マンガやアニメは日本が世界に誇るコンテンツです。それらを活用してゲームを世界に送り出せる日本のゲームデベロッパーに期待することを、ティム・クックCEOに聞いてみました。

「日本のコンテンツは、どれも素晴らしいものばかりだと感じています。特に、ドラゴンボールは日本が誇る国宝級のコンテンツであり、ドラゴンボール ゲキシン スクアドラは素晴らしいIP(知的財産)を芸術的にゲームに仕上げていると感じました。私たちは、引き続き使いやすい開発ツールや魅力的なハードウエア、信頼でき安全に利用できるApp Storeを提供していきますので、デベロッパーのみなさんは素晴らしいコンテンツを世界中のユーザーに届けていただきたいです」

さらに、バンダイナムコの開発者と話をして、何が一番印象に残ったかも聞きました。

「まず、ゲームの熱心なプレーヤーが全世界にいらっしゃることをうれしく思いました。さらに、ドラゴンボールのキャラクターやストーリーを忠実に生かし、素晴らしいゲームに仕上げた開発陣にも拍手を送りたいです」
バンダイナムコのモバイルゲーム事業について

今回、ティム・クックCEOが訪問したバンダイナムコといえば、業務用ビデオゲームやコンソール(家庭用ゲーム機)に良質なゲームを提供してきたことで知られています。
iPhoneの普及とともにモバイルゲームへも参入し、コンソールとは異なるスマートフォンの魅力を最大限活用した「ドラゴンボールZドッカンバトル」や「アイドルマスター シンデレラガールズ スターライトステージ」などのタイトルを輩出して次々にヒットを記録しました。

モバイルゲーム事業を統括しているバンダイナムコエンターテインメントの金野徹さんに、ゲームプラットフォームとしてのiPhoneの魅力や、Appleのプラットフォームでビジネスをするメリットを聞きました。

金野徹さんは、バンダイナムコエンターテインメントでモバイルゲーム事業とライセンス事業を担当する責任者。バンダイに入社後、バンダイナムコグループにて実に30年もの間、エンターテインメント事業に携わっています。

スマートフォンをプラットフォームとしたモバイルゲーム事業は、当初「パックマン」や「ギャラガ」といったナムコのカタログタイトルの移植からスタート。「当時は、あくまでフィーチャーフォン(ガラケー)事業の延長線上という認識でした」と金野さんは振り返ります。

加速度センサーやタッチパネルの機能を使うなど、スマートフォンの特性をフルに活かした初のゲームとして2009年にリリースしたのが、iPhone版の「ACE COMBAT Xi Skies of Incursion」。2010年には、iPadのローンチタイトルとして「太鼓の達人プラス」をリリースし、スマートデバイスへの対応を進めていました。

スマートフォン向けのゲームタイトルを徐々に増やすなか、事業の大きな転換点となったのが、2014~2015年にリリースした「ONE PIECE トレジャークルーズ」「ドラゴンボールZ ドッカンバトル」「アイドルマスター シンデレラガールズ スターライトステージ」などの、IPを活かしたタイトルがヒットしたこと。

「スマートフォン向けゲーム市場が急拡大したこの時期に、IPとスマートフォンの魅力を最大限に活かしたタイトルを提供でき、ユーザーの評価を得たことが大きな成功体験となった」と振り返ります。

モバイルゲーム戦略を強力に推し進め、一時は年間20本近くのスマートフォン向けゲームをリリースしていた時期もあったそう。しかし、モバイルゲーム市場が飽和気味になるなか、金野さんは「質と量のバランスが崩れていた面もあった」と反省。
「一本一本のゲームに力と魂を込めてやっていこう」「ファンが求めているものをしっかり作っていこう」という方針を改めて徹底し、タイトルポートフォリオの見直しを行った結果、「学園アイドルマスター」「SDガンダム ジージェネレーション エターナル」のようなヒット作をコンスタントに生み出せるようになりました。
IP活用のタイトル制作は、まずファンが望むことを考える

バンダイナムコといえば、優良なIPを多く抱えており、IPを活用したモバイルゲームのヒット作を輩出していることで知られています。

IPを活用したタイトルを出すにあたり、金野さんは「すごく当たり前のことですが、ユーザーは“ゲームのファン”である前に“コンテンツやキャラクターのファン”なんですよね。その前提のうえで、ゲームの企画を考える出発点は常に“ファンが求めているものは何なのか”を考えることにあります」と語ります。

特に、IPを活用したゲーム開発においては、企画者や作り手が「自分のやりたいこと」を前面に出しがちになることを戒めているといいます。「キャラクターIPのタイトルでは、求めるファンの顔が明確に見えるため、ファンが望むものを的確に届けることが何よりも重要」と重ねて解説しました。
App Storeは担当者の熱量に救われている

モバイルゲームとしてのAppleのプラットフォームについて、金野さんは「ハード、ソフト、OSが一体になっている」ことを優位点として挙げました。

「ハードウエアやOSを1社が手がけているので、安心して開発できるメリットは体感しています。特定の機種で正しく動かないという問題が少ないのは、ユーザーに安心感を与えられることにもつながると感じます」

さらに、金野さんが「もしなかったら我々のビジネスが成り立たない」と評価するのがApp Store。世界中のファンに迅速かつ広範囲に届けられることにとどまらず、Appleによる集客や支援の仕組みが優れている点を高く評価します。

「App Storeは何といっても、深い理解と情熱を持った担当者が付いてくれることが大きいですね。バンダイナムコがリリースする一つ一つのタイトルを深く理解し、愛を持ってプロモーションしてくれます。
開発者の熱量に応える熱量で向き合っていただけるため、非常に心強いパートナーだと感じています」

日本では、12月にスマホソフトウェア競争促進法が施行されます。それによって決済手段の選択肢が増えることはポジティブに捉えつつも、「ユーザーにとって最も簡単でセキュアな決済手段はApp Storeであり続けると考えています」と分析します。

また、Apple Arcadeでは「太鼓の達人 Pop Tap Beat」がランキング上位に君臨し続けています。バンダイナムコはApple Arcadeにも複数のタイトルを提供しており、金野さんは「新たなビジネスの機会をもたらしてくれる存在」と好意的にとらえています。

「売り切りやアプリ内課金といった通常のビジネスモデルでは事業化しにくいタイトルでも、サブスクリプションモデルのApple Arcadeであればリリースできる可能性が高まるため、企画の幅を広げる選択肢として評価しています。カジュアルに短時間で遊ぶユーザー層など、多様なニーズに応えるコンテンツを提供していきたいです」
ドラゴンボール最新作はクロスプラットフォームに挑戦

バンダイナムコの最新タイトルが、正式サービスが始まったばかりの「ドラゴンボール ゲキシン スクアドラ」。世界的な人気を誇るドラゴンボールのキャラクターを使い、4対4で対戦する「MOBA」(マルチプレイヤーオンラインバトルアリーナ)というジャンルに仕上げています。

ドラゴンボール ゲキシン スクアドラは、コンソールやPCを含めたクロスプラットフォーム展開としているのが特徴。金野さんは「一人でも多くのユーザーにプレイしてもらうことが成功の鍵となるため、このタイトルはクロスプラットフォームでの展開が不可欠でした」と語ります。

クロスプラットフォームは最近のトレンドとはいえ、すべてのゲームをクロスプラットフォームで展開するわけではなく、あくまでタイトルのコンセプトに応じて選択するといいます。

これだけの規模で複数のプラットフォームで同時にローンチするのは、同社にとって初めての経験であり、開発は非常に苦労したそう。特に、画面が小さいモバイル版でも視認性を損なわないようUIとUXの設計に注力したほか、操作性の最適化には特に力を入れたといいます。
「物理的な制約があるモバイルのユーザーに迷惑がかからないよう、バランス調整には苦労した」と金野さんは振り返ります。
黒歴史「ピピンアットマーク」の経験が今に生かされている

バンダイナムコとAppleの連携は、スマホ黎明期のモバイルゲームが最初だと思いきや、実は1996年にバンダイが販売した家庭用ゲーム機「ピピンアットマーク」にさかのぼります。

ネットワークを活用して楽しむ、というコンセプトは当時斬新だったものの、同時期に登場したプレイステーションやセガサターンなどの次世代ゲーム機と比べて高価だったこともあり、サッパリ売れず、社内外で「黒歴史」と呼ばれるほどビジネス的には大失敗したプロダクトとして知られています。

実は、当時新入社員としてバンダイに入社した金野さんは、ピピンアットマークのプロジェクトに参加していました。学生時代からMacintoshを愛用していることを知った上司が、「お前Mac使えるらしいな」ということでプロジェクトに抜擢したといいます。

金野さんはもともとAppleファンだっただけに、当時のアップルコンピュータ社の方々と仕事ができたことに「めちゃくちゃテンションが上がりましたね」と大きなやりがいを感じていたと振り返ります。

ピピンアットマークでは大失敗を経験した金野さんですが、その経験が現在のモバイルゲーム事業にも生かされていると語ります。30年近い時を経て、再びAppleとのビジネスを通してファンの「好き」という熱量に応えているバンダイナムコ。市場が成熟期に入るなか、今後も鉄板のヒット作を輩出してくれると感じました。
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