再ブレイクに喜び「続けていてよかった」「お客さんに感謝」
「ナナナナ~」のラップネタで2008年に一世を風靡し、近年再ブレイクしているお笑いコンビ・ジョイマン(高木晋哉、池谷和志)。営業本数が最も多い吉本芸人を表彰する『営業-1グランプリ』で2023年、2024年と2連覇を果たすほど、全国各地から引っ張りだこだ。11月15日に東京・ひがしんアリーナ(墨田区総合体育館)で「第3回ジョイマン百人一首大会」を開催する2人にインタビューし、大会への思いを聞くとともに、再ブレイクを果たした心境やこれまでの転機などを語ってもらった。――ジョイマンさんのラップが満載の「ジョイマン百人一首カード」を用いた「ジョイマン百人一首大会」が2023年に初開催され、今回で3回目となりますが、この大会はお二人にとってどういうものになっていますか?
高木:ライフワークですね。もう3回目になるので。
池谷:もっともっと規模を大きくしたいと思っています。今、東京でしかやっていませんが、大阪だったり、全国規模で開催し、いずれは「ジョイマン百人一首全国大会」ができたらと思っています。
――大会中は、ジョイマンさんのラップ尽くしの時間が流れるわけですよね。
高木:そうです。最初にみんなで「ジョイササイズ」(ジョイマンが生み出したエクササイズ)をやって、そこでも「ナナナナ軟骨」とか言うんですけど、そこから百人一首を浴びていくという、ラップ尽くしの1日なので、非常に楽しいと思います。
――ラップネタで再ブレイクを果たし、2008年のブレイク時の収入を超えたそうですが、大活躍の今の状況をどのように感じていますか?
池谷:本当に続けていてよかったなと思います。サイン会0(2014年に開催したサイン会で来場者が0人だった)があって、そういうキャラクターみたいに逆に注目してもらって、そこから吉本の『営業-1グランプリ』で1位になって、営業というキャラクターもついてもう一個上に行けたというか、仕事の幅が出たのかなと思います。
高木:最初に世に出たときも、会社に見つけてもらったというより、お客さんに押し上げてもらったというのがあったので、営業はお客さんとの触れ合いが多く、お客さんに感謝できるし、熱も感じられるというのは、すごくありがたいなと思います。お客さんのおかげで売れたと思っているので、営業の機会が多いのはうれしいです。
――最初のブレイクはお客さんの力だったと。
高木:お客さんの中で話題になって、吉本が見つけてくれたので。僕らはNSCで注目されたというエリートではなく、当時は同期にも知られていない感じで。
池谷:テレビに出るようになって、みんな同期だと知るみたいな。
高木:なので、お客さんには本当に感謝だなと。あの頃から好きですと言ってくれる人もいますし、ずっと支えられているなと思います。
――だからこそ、百人一首大会など、お客さんと接することができるイベントを大切にされているんですね。
高木:そうですね。
池谷:そういうイベントが僕らに向いているんでしょうね。また頑張ろうと思えますし。
吉本芸人の営業ランキング2年連続1位「どこでも行くし、何でもやるので」
――2025年はお二人にとってどんな年になっていますか?池谷:本当にあっという間ですが、仕事の幅がまた広がった感じがしています。今年から中海テレビでレギュラー番組をやらせてもらっているんですけど、ケーブルテレビのレギュラーが3つあって、営業だけではなくロケなどにも行けて、いい意味で気分転換ができて、マンネリがなく楽しいです。営業、ケーブルテレビ、舞台の3つがあり、百人一首大会もあって、充実しています。
高木:『営業-1グランプリ』で2連覇させていただいて、去年グリーン車になったんですけど、グリーン車ってこんなに楽なのかと噛みしめています(笑)。賞レースで優勝したらグリーン車になるというのが通常ですが、『営業-1グランプリ』でもグリーン車になるんだと、営業芸人の希望にもなったと思いますし、営業も大事だなと改めて感じています。
――営業数1位になれたのはなぜだと思いますか?
池谷:僕らもいまいちわかってないんですが、使いやすいからなのかなと。
高木:どこでも行くし、何でもやるので。着替える場所がないこともあって、寿司屋で開かれた会に呼ばれたときに、路面店なんですけど、お店の暖簾の下で着替えました。カウンターしかない寿司屋で、お客さんの後ろで、大将に向かってネタをやるみたいな感じで。そういうところでも全然やります。
――着替える場所がなく店先で着替えるのは嫌だという芸人さんもいますよね。
高木:文句を言う人もいると思いますが、サイン会0人を経験しているので、何でも面白がれる体になっちゃって、次はどんなひどい営業に行くんだろうと(笑)。ちょっと粗くても頑張ってくれると思ってもらえて、それがいい感じに転がったのかなと思います。
――池谷さんが思い出に残っている営業は?
池谷:野外ステージで、楽屋が丸見えで隠れていないというのもありました。普通、登場が一番盛り上がるんですけど、見えてしまっているから、やっと来たかみたいな。
――いろいろな環境を経験され、精神力や対応力なども鍛えられそうですね。
池谷:鍛えられたと思います。でも、いまだに2人とも何も返せず黙ることもあります。僕らのうちわを持っていたおじいちゃんに名前を聞いたら、外国人俳優の名前を言ってきて、まさかボケると思ってないから、2人とも止まってしまって(笑)
高木:ポール・ニューマンじゃなかった?
池谷:そんな気がする。たぶんジョイマンと“マン”つながりで言ったのかなと、今考えると思いますけど、そのときはうまく返せなくて。「どこがだよ!」とかツッコめたらよかったです。
●“サイン会0人”で「本当の意味で芸人になれた」 今後の抱負も語る
――お話を伺っていても“サイン会0人事件”が大きな転機になったんだなと感じますが、改めてお二人にとってどんな経験になったかお聞かせください。
池谷:サイン会0をみんなが面白がっていじってくれて、あれでジョイマンを思い出してくれたというのが大きかったですね。仕事がなくなるとかではなく、忘れられるが一番キツいんだなと思いました。
高木:本当の意味で芸人になれた感じがしました。苦しいときやつらいときにそれを笑い飛ばせるのが芸人だよなって。それができる芸人って素晴らしい職業だなと改めて思いました。そして、0人を経験しているから、何でも面白がれるようになりましたし。当時は「どういうこと!?」ってパニックでしたけど(笑)
池谷:受け止められなくてXに投稿したら、それが話題になって。
高木:今考えるとよかったなと思います。
――今後どのようになっていきたいと考えていますか?
池谷:まず、百人一首大会の規模をもっと広げたいです。そして、おじいちゃんになってもコンビでやっていると思いますが、ゆくゆくはラップネタを下の世代に引き継がせたいなと思っています。二代目襲名みたいに。なくなってしまうのはもったいない気がするので。
高木:百人一首大会、サイン会、年越し除夜の鐘ラップという3本柱でここ数年やっているんですけど、これを続けていきたいなと。ラップをもとにしたイベントを続けて、さらに増やしていけたらと思います。
■ジョイマン
高木晋哉(1980年8月18日生まれ、神奈川県出身)と池谷和志(1981年2月18日生まれ、神奈川県出身)によるお笑いコンビ。2003年4月結成。2008年に独特のリズムとリリックが癖になるラップネタで大ブレイクを果たすも、その後、仕事が激減し、2014年に東京・町田モディで開催したサイン会では屈辱の来場者0人を記録。2022年に同所で再びサイン会を開催し、整理券100枚完売の大盛況となり、リベンジに成功。営業本数が最も多い吉本芸人を表彰する『営業-1グランプリ』で2023年・2024年と2連覇している。











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