福井県北東部、霊峰白山の雪解け水を運ぶ九頭竜川が流れ、修行道場として名高い「曹洞宗大本山永平寺」を擁する永平寺町。古くから禅の文化が根差すこの地に、明治32年(1899年)から暖簾を掲げ続ける酒蔵「田辺酒造」がある。
現在、五代目としてこの伝統ある蔵を率いているのが田辺啓朗さん。弟であり杜氏を務める丈路(じょうじ)さんと共に、家族経営という小規模体制ながら、全国新酒鑑評会で通算15回の金賞に輝くなど高い実績を誇る。さらに、全米日本酒鑑評会2024年グランプリやフランスのKURAマスター金賞など、国内外での受賞歴も重ねている。
その輝かしい成果の裏側には、効率化の波に流されず、人の手によって情熱を注ぐ愚直なまでの哲学があった。
○「和釜」と「槽搾り」が育む、人の手の物語
田辺酒造が位置する松岡地区は、かつて越前松岡藩の城下町として栄えた場所だ。
「このあたりは、“十二曲がり”と呼ばれる鍵の手の道が続く城下町で、お寺や酒蔵、竹細工の店などが並ぶ伝統的な地域だったんです。当時はこの小さな町に17軒もの酒蔵がありました。それはやはり、すぐ近くを流れる九頭竜川の豊富な水があったからですね」
かつてこの地では、川の豊かな水流を利用した水車が発達し、精米技術が向上した。米が取れ、水が豊富で、冬は厳しい寒さに包まれる。酒を造るうえで理想的な環境が揃っていたからこそ、この地域の家々が続々と酒造りに参入した。現在、その数は3軒にまで減ってしまったが、田辺酒造は今もその熱量を失っていない。
田辺酒造の最大の特徴は、徹底した「手作業」へのこだわりにある。
その象徴が「和釜(わがま)」を用いた米蒸しだ。和釜はボイラーよりも高温の乾燥した天然蒸気を出すことができ、これによって酒造りに理想的な蒸し米が出来上がるというのだ。
さらに、搾りの工程では「槽搾り(ふねしぼり)」を貫く。発酵を終えたもろみを酒袋に入れ、手作業で丁寧に酒槽へ積み重ねる。ハードな肉体労働だが、そこからゆっくり、慎重に搾り出された酒は、機械搾りにはない柔らかな口当たりを実現する。
「どっちが美味しいかというのは一概には言えませんが、私たちが一番大事にしているのは『お客様に語れること』。工程の一つひとつに物語や人の苦労、知恵がある。機械に頼る部分があってもいい。でも、人の手で酒造りをすることで、その土地の空気感や風土と一緒に、一本のボトルに思いを込めてお届けしたいんです」
○コロナ禍で改めて見出した「酒蔵の使命」
こだわりを持って作ってきたことが評価されていた酒蔵も、コロナ禍という未曾有の出来事には大きな変化をもたらした。
「自分たちは何のためにこの酒を造ってきたのか、当時はずっと考えていました。うちは地方の小さな蔵ですから、大手スーパーなどではなく、地元の酒屋さんや料理屋さんとの関係性で成り立っています。
そんな中で田辺酒造を救ったのは、意外にもデジタルを通じた「客との対話」だった。リモート飲み会やオンラインのイベントに呼ばれる機会が増え、画面越しに全国のファンと直接繋がることになったのである。
「今までは店頭でお客さんに『これ辛口で美味しいですよ』と注ぐだけでした。でも、オンライン越しでは蔵の歴史や、どんな人たちがどんな思いで作っているのかを深掘りして説明しなければなりませんでした。そのときに『商品の価値をもっと深くお客様に伝えていかないといけないな』と感じたんです」
○酒米「九頭竜」の復活と新ブランド「詠種(うたたね)」
田辺酒造の「歴史を途絶えさせない」という使命感は、酒米への向き合い方にも表れている。その代表例が、福井県産の幻の酒米「九頭竜」の復活劇だ。
「九頭竜は14年前に、福井県の農業試験場にわずかに残っていた種籾から復活させました。でも、今では栽培する農家さんも減ってしまい、放っておけば5年後にはまたなくなってしまうかもしれません。僕らがこの米を買い続けて、酒として表現し続けなければ、その歴史は途絶えてしまう。これを受け継いでいくのも酒蔵としての使命だと思っています」
現代の品種改良された米に比べ、「九頭竜」は夏の暑さや病気に弱く、農家にとっても扱いが難しい。収量が安定せず、等級が下がってしまうリスクも高いという。
「去年の九頭竜は、等級が3等米になってしまいました。
もうひとつ、田辺さんが新たなプロジェクトとして生み出したのが「詠種(うたたね)」だ。創業125年目の挑戦として蔵人でもある地元の農家さんと3年の歳月をかけて実ったお米を使って作られている。
この酒に使用されるのは、永平寺町内で農薬や化学肥料を一切使わず、草が茂る中で逞しく育てられた特別栽培の「五百万石」。きっかけは、冬になると酒造りを手伝いに来ていた専業農家との会話だった。
「その農家さんがポロッと『自然栽培のやり方で、酒米も作ってみたい』と言ったんです。収量は減るけれど、挑戦してみたいと。それなら一緒にやりましょうと始まりました」
「詠種」というネーミングには、田辺さんの熱い思いが込められている。
「『詠(うた)』は永平寺の『永』に『言』。
「詠種」は米の甘みと力強い旨みが感じられる、非常に個性豊かな味わいに仕上がっている。現在は生産量が限られているため、蔵に併設されたショップのみで販売されているが、「ここでしか買えない物語」というのもファンの心を掴んで離さないようだ。
○少数精鋭だからこそ、従業員全員が「田辺酒造の顔」に
田辺酒造が醸す酒の特徴について、田辺さんは「飲み口の柔らかさと、しっかりとした米の味わい」を挙げる。福井の酒は概して辛口に仕上げられることが多いが、田辺酒造の酒はその中でも独特の存在感を放つ。
「大体の日本酒は割水をして14~15度で出すのが主流ですが、うちは割水を少なくして16度くらいで出しています。そうすることで、お米の味わい、力強さをしっかりとお客様に感じてもらいたいと思っているんです」
代表銘柄「越前岬」の中でも、特にこだわりがあるのが純米大吟醸の造りだ。
「最近の純米大吟醸は香りが非常に華やかなものが多いですが、うちはあえて香りを少し抑えています。その代わり、米のふくよかな味わいを感じてもらえるように。目指しているのは『食事をしながら飲める大吟醸』です」
その相方に相応しいのは、やはり福井が誇る海の幸である。
「夏ならイカ、秋なら甘エビ、冬ならブリやフグ、そして越前ガニ。福井の酒は海の幸に寄り添うように作られています。
2024年3月、北陸新幹線が敦賀まで延伸したことは、田辺酒造にとっても大きな転換点となった。これまで関東圏の人々にとって福井は遠い地だったが、一本の線で繋がったことで、初めて福井を訪れる人々が増加。近県だけでなく、関東圏から蔵を訪れる客も目に見えて増えたという。
そこで田辺さんは蔵のショップをリニューアルし、誰でも気軽にテイスティングを楽しめる空間を作った。日本酒ができる工程を実際に知ってもらうことで、その味わいや背景にある物語をより深く感じてもらいたいという思いから、蔵見学も受け入れている。
田辺酒造の大きな強みの一つは、そのアクセスの良さでもある。蔵のすぐ裏には「えちぜん鉄道」が走り、最寄りの観音町駅から徒歩2分、福井駅からも電車で15分という近さだ。さらに高速道路のインターチェンジからも近く、観光の途中に立ち寄るには絶好の立地にある。
さらにこの「永遠の輝き」は、2022年のエリザベス英女王即位70周年(プラチナジュビリー)という歴史的節目にあわせて誕生した“ART SAKE”としての側面も持つ特別な一本だ。兵庫県産・山田錦の特上米を用い、長期低温発酵によって丁寧に仕込み、圧力をかけず自然に滴り落ちる雫のみを集めて低温熟成させるという、極めて繊細な製法で造られている。
その価値をさらに高めているのが、世界的に活躍する日本画家・千住博氏とのコラボレーションである。ラベルや化粧箱には代表作「瀧」シリーズの作品が用いられ、揮毫も同氏によるもの。
また、この取り組みを契機に「ART SAKEプロジェクト」も始動。売り上げの一部を若手アーティストの育成支援に充てるなど、日本酒とアートを通じた新たな価値創出と社会貢献にもつながっている。田辺酒造にとっても、酒造りの枠を超えた挑戦といえる。
田辺酒造が見据えるこれからの展望は、決して大きな拡大路線ではない。むしろ、より濃密に客や地域と繋がっていくことにあるようだ。
「うちは家族経営ですから、一人の人間が何でもできないといけません。酒を造るだけ、売るだけではなく、ラベルを貼り、お客さんと話し、時には農家さんの田んぼへ行く。誰が対応しても、そのお客さんにとっての『田辺酒造の顔』でありたいんです」
酒を醸す技術。歴史と向き合う姿勢。そして、人と酒を繋ぐ物語。それらがひとつに溶け合い、今日も田辺酒造の和釜から白い湯気が立ち上る。時折響くえちぜん鉄道の走行音と、蔵の中に漂う日本酒の甘い香り。その穏やかな風景の中に、125年続いてきた理由と、これから続いていく未来の種が息づいている。
猿川佑 さるかわゆう この著者の記事一覧はこちら











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