震災とコロナの逆境を、新しい価値創出のチャンスに

福島市西部に位置する土湯(つちゆ)温泉は、開湯から約1000年の歴史を持つ東北屈指の温泉地だ。磐梯朝日国立公園の豊かな自然の中に位置し、健康、美肌に効果がある温泉地として知られ、古くから「土湯十楽」と称されてきた名湯だ。
また、温泉街を流れる荒川は長年にわたり水質日本一に選ばれている清流で、自然環境にも恵まれている。さらに、土湯こけしの発祥地としても知られ、文化と自然が共存する観光地として長い歴史を刻んできた。

しかし、この温泉地は2011年の東日本大震災によって大きな打撃を受けた。土湯温泉観光協会会長であり、元気アップつちゆ 代表取締役CEOの加藤貴之氏は当時の状況について次のように語る。

「土湯は岩手、宮城、福島の東日本大震災被災3県の観光温泉地の中でも、もっとも被害を受けた地域の1つといわれています。関連廃業まで含めると7軒ほどの宿が廃業し、温泉街の3分の1が失われる状況になりました」

1992年には約42万人が訪れていた土湯温泉だが、震災後は観光客が27万人まで激減し、さらにコロナ禍には宿泊客数が12万人まで落ち込むなど、観光地としての存続を揺るがす危機に直面した。こうした状況の中、土湯温泉は単なる復旧ではなく、新しい価値を生み出す地域再生に取り組んだ。

「温泉地として復興するには、建物を元に戻すだけでは意味がありません。ピンチはチャンスでもありますから、新しい価値を生み出していく必要があると考えました」(加藤氏)
再生可能エネルギーを中心とした地域づくりへ

まず取り組んだのは、温泉街の物理的な復旧だ。復興再生協議会を設立し、国の補助金約21億5, 000万円を活用して、廃業した宿泊施設の改修を進めた。これにより失われた旅館の再生が進み、温泉街の再建が進められた。

復興の新たな柱として掲げたのが、再生可能エネルギーを中心とした地域づくりだ。
その取り組みの中核を担う組織として、2012年に設立されたのが「元気アップつちゆ」だ。

同社は土湯温泉の共同温泉組合と観光協会が出資して設立された地域のエネルギー会社で、温泉資源を活用した再生可能エネルギー事業を推進している。元気アップつちゆのインフラエンジニアマネージャーである佐久間富雄氏は、その役割を、次のように説明する。

「観光で地域を盛り上げていくためには、持続的な収益が必要になります。元気アップつちゆでは、再生可能エネルギー事業を安定して稼働させ、その収益を地域に還元する役割を担っています」

同社の主力事業は、温泉熱を利用したバイナリー発電と小水力発電だ。温泉から噴出する蒸気と熱水を利用したバイナリー発電所は最大出力約440kWで、年間約2,600MWhの発電が可能だ。これは一般家庭約800世帯分に相当する。また、東鴉(からす)川の砂防堰堤の落差を利用した小水力発電所も整備され、最大出力140kW、年間約907MWhの発電を行っている。

この再生可能エネルギー事業は安定した収益を生み出しており、年間の売電収入は1億4,000万円から1億5, 000万円に達するという。その収益は、温泉街の新しい観光コンテンツの整備や地域活性化の資金として再投資されている。

佐久間氏は再生可能エネルギー事業の意義について次のように語る。

「補助金だけに頼るのではなく、自分たちで収益を生み出し、それを地域の発展に還元していく仕組みをつくることが重要です」

こうした取り組みは、全国の温泉地の中でも先進的な事例として注目されている。

地域を開くプロジェクト「土湯アクション20-25」

さらに土湯温泉では、温泉街の活性化を進めるために2020年に「土湯アクション20-25」という新しい取り組みをスタートさせた。これは地域をオープンプラットフォームとして開放し、外部の企業や専門家と連携しながら、新しい観光コンテンツを生み出すプロジェクトだ。

加藤氏はこの取り組みの背景について次のように説明する。

「まちづくりには若者、バカ者、よそ者の3つが必要だといわれています。若者は地域の担い手であり、バカ者は大胆に挑戦する人、そしてよそ者は、外から新しい視点を持ってくる人です。地域の中だけで考えると発想が限られてしまうので、外部の力を取り入れることが重要だと考えました」

土湯アクションには多くの外部企業や専門家が参加し、体験型観光コンテンツの開発や地域資源を活用した新しい取り組みが進められてきた。従来の温泉観光は温泉に入ることが中心だったが、土湯温泉では体験型観光への転換を進めている。

「これからの観光は見る、聞く、感じるだけではなく、実際に体験できることが重要になります。国立公園の自然を体験するコンテンツなど、新しい観光の形を作ってきました」(加藤氏)
NTT東日本の支援でDXを推進

こうした地域再生の取り組みを支えてきたのが、NTT東日本との連携によるDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進だ。

土湯温泉観光協会とNTT東日本 福島支店は2021年4月、ICTを活用して土湯温泉の更なる賑わいの創出を図ることを目的とした、『「観光×ICT」による土湯温泉の更なる活性化に向けた連携協定書』を締結した。

NTT東日本 福島支店 ビジネスイノベーション部 まちづくりコーディネート担当 髙橋未夏氏は、連携の背景を次のように説明する。

「NTT東日本は地域循環型社会の共創を掲げており、地域の課題をICTの力で解決する取り組みを進めています。
土湯温泉は観光を中心とした地域活性化に取り組んでいる地域であり、弊社のICTを活用することで大きな価値を生み出せると考えました」

NTT東日本は町内Wi-Fiの整備や人流分析、東鴉川の小電力発電設備の遠隔監視など、さまざまな分野で技術支援を行っている。

観光・ワーケーション用「まちWi-Fi」を整備

最初に取り組んだのが、土湯温泉エリアのメインストリート・主要施設等における観光・ワーケーション用「まちWi-Fi」(「きぼっこWi-Fi」)の整備だ。これにより、観光客の人流分析が可能になった。

「Wi-Fiによる人流分析でお客様がどこを目指して、そこで何をしているのか。また、そこには何が必要なのかを導き出したいと思いました。観光入込客数を増やしたり、旅館や飲食店の売上を増やしていくにはデータ分析が必須で、それができるWi-Fi環境を整えていこうというのがスタートでした」(加藤氏)
小水力発電の遠隔監視にカメラとAIを活用

東鴉川の小水力発電では、NTT東日本の技術を用いた遠隔カメラ監視システムを導⼊し、取水口に溜まる落ち葉の詰まり状況をリアルタイムで画像解析できる仕組みを構築しようとしている。

さらに、画像解析にAIを活用して発電量が低下するタイミングを予測し、効率的な落ち葉除去を自動で行うシステムの構築も検討している。この取り組みは、小水力発電の分野において、先進的な事例として業界内で注目されている。

落ち葉の除去は、水を一度貯めてから一気に放流することで行うため、その間は発電が停止してしまう。このため、落ち葉除去の回数をできるだけ減らしつつ、発電に影響を与えない最適なタイミングをAIで予測しようと考えている。

「小水力発電では、落ち葉などによって水の流れが妨げられると発電量が低下してしまいます。カメラで状況を確認できるようになったことで、最適なタイミングで対応できるようになりました」(佐久間氏)

この取り組みにより、年間数百万円規模のコスト削減につながるという。

納豆製造施設「おららの温泉納豆ラボ」にIoTを導入

さらに、温泉熱を利用した納豆製造施設「おららの温泉納豆ラボ」でも、NTT東日本の技術が活用されている。この施設では温泉熱を利用して納豆を発酵させるが、温泉熱は非常に不安定で温度管理が難しいという。そこでNTT東日本のIoT技術(置くだけIoT)を活用し、温度と湿度をセンサーで監視しながら、データをクラウドで管理する仕組みを導入した。

これにより、発酵室内温湿度のクラウド上での常時監視・記録、温湿度条件に応じたサーキュレーターの自動制御、異常時のアラーム発報を行い、少人数での製造作業、および遠隔での製造技術指導環境の構築を図っている。

「温泉熱は安定しているように見えて、実は非常に不安定です。IoTセンサーで温度管理を行うことで、遠隔からでも安定した発酵管理ができるようになりました」(佐久間氏)

発酵食品は、昔から土湯温泉の旅館で提供されており、福島市の消費量が全国トップだったことから、納豆が注目されたという。

「土湯温泉で統一された食を作りたいと考えたとき、発酵食品に目をつけました。旅館や飲食店では、もともと発酵のグルメを出していました。それをまとめ上げるだけでも面白いコンテンツができるということで、『いい醸(かも)つちゆ!』というネーミングを付けて、まとめ上げました」(加藤氏)

なお、2025年5月には、土湯温泉の活性化に向けたさまざまな取り組み進めてきたことから、NTT東日本 福島支店長 大橋真孝氏が土湯温泉の観光アンバサダーに就任している。
宿泊客数は大きく回復、今後のキーワードは持続可能性

こうした取り組みの成果として、土湯温泉の宿泊客数は大きく回復した。コロナ禍では12万人まで減少した宿泊客数は、現在では年間50万人を超えるまでに回復している。これは近年でもっとも多い水準だという。


加藤氏は、成功の要因について次のように語る。

「土湯温泉ならではの資源を生かし、新しいコンテンツを作ってきたことが大きいと思います。また、温泉街全体で観光地をつくっていこうという文化があったこと、さらに外部の企業や専門家の力を借りてきたことが成功につながりました」

現在、土湯温泉が掲げている将来像は「持続可能な観光地」だ。その実現のために掲げているのがGX、DX、HXの3つのトランスフォーメーションだ。GXは再生可能エネルギーによる地域循環、DXはデジタル技術による観光の高度化、HXはヒューマニズム・トランスフォーメーションで、人材育成と外部人材の活用を意味している。

加藤氏は、今後の展望について次のように説明した。

「50万人を維持または向上させていくには、これから面を作っていく作業が必要になってきます。今まで作ってきたコンテンツを線でつないで、その線でつないだものを大きなテーマをもって、1つのストーリーに仕上げていくということを、これからはやっていきたいと思います」

そのキーワードは、持続可能性だという。

「今後は、GX、DX、HXの3本のトランスフォーメーションによって、持続可能な観光地を作っていくという方針があります。GXはグリーンで、これは再生可能エネルギーや自然公園の活用です。DXはNTT東日本さんとの連携により、IT技術を使っていくこと。HXは、人作りがやはり大事だということです。
これには若者、バカ者、よそ者の3つも含まれます。GX、DX、HXの3つが噛み合った時に、持続可能な観光地が出来上がっていくと考えています」(加藤氏)

この未来構想に向けNTT東日本は、昨年、再生可能エネルギー発電による売電収入の向上に向けた施策を含む8つの政策提言を行っており、現在、検討を進めている

今後の土湯温泉のさらなる活性化に向けた連携について、髙橋氏は次のように語った。

「NTT東日本は、パーパスとして掲げている『地域循環型社会の共創』の実現に向け、私たちが持つさまざまなソリューションを活用しながら、地域に寄り添い、地域の課題解決に取り組んでいくことをミッションとしています。今後も、土湯温泉においてより良い経済の好循環が生まれるよう、引き続き協力していきたいと考えています」
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