オリジナルから36年の長い時を経てついに公開となった『トップガン マーヴェリック』には、ファンを喜ばせるシーンがたっぷりとある。中でも最も感動的なのは、ヴァル・キルマー演じるアイスマンが登場するシーンだ。
【写真】当時26歳 『トップガン』(1986)でアイスマンを演じたヴァル・キルマー
●悲願の『トップガン マーヴェリック』への出演 自身でアイデア出し
オリジナルの『トップガン』(1986)で、トム・クルーズ演じるマーヴェリックとアイスマンは、ライバルのような関係だった。キルマーがドキュメンタリー映画『Val(原題)』(2021)で語るところによれば、スクリーンの中でのそんな関係を維持するために、キルマーは、クルーズやグースを演じるアンソニー・エドワーズと距離を取るようにしていたそうだ。だが、クルーズのことはとても尊敬していたとも彼は語っている。そもそも、『トップガン』の話には乗り気でなかったとも。だが、スタジオとの間に出演契約があったことと、トニー・スコット監督が良い人だったので、出ることになった。そして彼が予想もしなかったことに、映画は大ヒットしたのである。長いキャリアの中で、キルマーは、『ウィロー』『ドアーズ』『ヒート』『バットマン フォーエヴァー』『アレキサンダー』など多くのヒット作に出てきたが、中でも最も人々に愛され続けてきた特別のキャラクターが、アイスマンだ。
だが、最近は以前のように彼の姿をスクリーンで見ることはなくなった。喉の癌を患い、キモセラピー(化学療法)、放射線治療を受けた影響で、それまでのように話すことや、普通に食事をすることができなくなったせいだ。今では、喉に小さい穴が空いており、そこから流動食を流し入れているという。『Val』の中で、彼は、喉を押さえながら一生懸命話していた。彼の言葉には、観る人が理解しやすいように、字幕が付けられている。
キルマー自身に代わってナレーションを務めるのは、キルマーの息子ジャックだ。
そんな状態にあっても、『トップガン』の続編ができると聞くと、キルマーはぜひとも出演したいと思った。ジョセフ・コシンスキー監督によると、どのようにアイスマンを出してくるかのアイデアを思いついたのはキルマーだったのだそうだ。
「ヴァルはこの映画に出たかったんだ。そして僕はヴァルの大ファンだった。彼の映画も好き。彼はすばらしいキャリアを築いてきた。彼と一緒にお仕事をさせてもらえるだけでもすごくうれしいのに、アイスマンとしての彼に会えたんだよ。そんなに光栄なことはない。トムとヴァルが一緒に演じる様子を見て、この日のことを一生忘れないだろうと僕は思った」と、コシンスキーは筆者とのインタビューで語っている。
●俳優ヴァル・キルマーの歩み
キルマーは、1959年、ロサンゼルス生まれ。3人兄弟の2番目。
両親はキルマーが8歳の時に離婚した。出身高校は、ロサンゼルス郊外のチャッツワース高校。ケヴィン・スペイシーと同級生だった。
ニューヨークの名門芸術学校ジュリアードで演技を学び、舞台でデビュー。ケビン・ベーコンとショーン・ペンが出るオフブロードウェイの『The Slab Boys(原題)』では、ベーコンが出られない日にベーコンの代役、ペンが出られない日にペンの代役を務めた。そして1984年、『トップ・シークレット』で映画デビューを果たす。1985年には、コメディ映画『天才アカデミー』に出演。その翌年に『トップガン』で大ブレイクを果たした。
妻となるジョアンヌ・ウォーリーとは『ウィロー』(1988)で共演し、恋人関係になる。だが、その前にもキルマーはロンドンで舞台に出演した彼女を見て、良い印象を持っていた。ふたりは1988年に結婚。3年後に長女メルセデス、5年後に長男ジャックが生まれたが、1996年にふたりは破局。
キルマーと恋の噂になった女性には、シェール、シンディ・クロフォード、アンジェリーナ・ジョリー、ダリル・ハンナ、エレン・バーキンなどがいる。
一般向けに売られるようになった頃からビデオカメラを愛用し、映画の現場や舞台裏、家族や友人との様子を撮影し続けてきた。『Val』は、それら大量の映像によって生まれたもので、キルマーはプロデューサーおよび撮影監督としてクレジットされている。A24が製作した今作は、昨年のカンヌ国際映画祭でお披露目された。賞レースでは、クリティックス・チョイス協会(旧・放送映画批評家協会)によるクリティックス・チョイス・ドキュメンタリー・アワーズから、歴史的あるいは伝記ドキュメンタリー賞と、ナレーション賞を受賞している。
このドキュメンタリーは、すばらしいキャリアを振り返り、今の真実を見せる、彼のレガシーを象徴する映画になった。と思ったら、さらに『トップガン マーヴェリック』が出てきたのだ。キルマーの復帰は主演のクルーズにとっても重要で、「キルマーが出ないなら続編は作らない」とクルーズが主張したと、プロデューサーのジェリー・ブラッカイマーが明かしている。
癌を克服したキルマーは、このあと2本の映画にクレジットが予定されている。そのうち1本では自ら監督も務める。現時点で、『Val』と『トップガン マーヴェリック』は、彼の俳優人生の後編の最高の2本となったのではないか。その感動を味わうためにも、『トップガン マーヴェリック』は何度でも見直したい。
(文・猿渡由紀)
映画『トップガン マーヴェリック』は公開中。
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