つくしあきひと原作のマンガをテレビアニメ化した『メイドインアビス 烈日の黄金郷』が放送開始となった。2017年に放送されたシリーズ1期、2020年の劇場版に続く待望の新シリーズということもあって、国内外の多くのアニメファンが心待ちにしていた。



【写真】危険だらけのアビスでの冒険…“上昇負荷”に苦しむ主人公リコ

 『メイドインアビス』は、架空の世界を舞台にしたファンタジーで、謎の巨大な大穴「アビス」に挑む少女リコと、少年型のロボット、レグとの冒険を描いた作品だ。多くの探窟家たちが底知れぬ大穴の神秘に魅せられ、挑んでは命を落とす危険な旅路を果敢に切り開いていく、2人の勇気と未知への憧れをふんだんに描き、深遠な世界観とハイレベルなアニメーション映像で称賛を集めている。

 本作の特徴として真っ先に挙げられるのは、かわいい絵柄のキャラクターたちと対照的な容赦ない残酷描写だろう。しかし、本作の残酷さは単純に刺激の強さを求めて描かれるわけではない。むしろ、その残酷な出来事は、この世界の摂理として当然起こり得ることとされており、それが作品全体の世界観をリアルに体感させ、迫真性と説得力を産むことに貢献している。

■『メイドインアビス』が描く人間社会の外の摂理

 本作の舞台となる「アビス」は、とある島に存在する巨大な大穴だ。その底はいまだに解明されておらず、人類にとって未踏の世界。大穴がどのようにできたのか、いつからあるのかなど起源も原因も解明されていない。大穴の中には原生生物と呼ばれる未知の生物がうようよ生息しており、地上とは全く異なる生態系が構築されている。

 端的に言うと、アビスでは人間社会のルールは通用しない。ひとたびそんな場所に人間が足を踏み入れれば大自然の洗礼を受けずにはいられないのだ。

 アビスの恐るべき摂理を象徴するのが、上昇負荷という本作独特の概念だ。
一度穴を下った人が登ろうとすると、深さに応じて身体に強烈な負荷がかかり、深層においては人間性の喪失や死に至るケースもある。

 上昇負荷だけとっても相当に危険な世界であることが分かるが、アビスの危険はそれだけにとどまらない。アビスの中には地上には存在しない原生生物が多数生息しており、そこでは、日々食物連鎖による命の収奪が繰り返されている。

 本作の優れた点はここにある。人類未踏の大自然の厳しさに触れれば、残酷なことが起こるのは当たり前だと描いているのだ。人間であろうと一歩アビスに踏み入れば、食物連鎖の中に組み込まれることになる。アニメシリーズ第1期の第5話で、リコは実際に危うくナキカバネと言う巨大な鳥型生物の雛の餌にされかかったし、探窟家が捕食されているシーンも描かれた。

 しかし、これらのことは人間社会の外では、日々当たり前に行われている日常でしかない。野生のクマを目の前にして、人間社会の法律や人権意識を訴えても意味がないのと同じで、アビスが人間社会の視点で残酷だと言っても何も始まらないのだ。

 本作は、そうした人間社会の外側に広大に広がる世界の理を描いているのであり、残酷な描写はその一部に過ぎない。そして、そうした外の世界に適応した人間が、人間社会の常識から外れているのはある意味当然ともいえる。オーゼンやボンドルドなど、白笛と呼ばれる最上級の探窟家たちはみな頭のネジが外れた者たちに見えるが、それは我々視聴者が人間社会の物差しで彼らを測っているから、そう見えるだけだ。


■冒険のロマンとは、案外美しいだけのものではない

 主人公の少女リコは、そうした怖さを体験した上でなお、未知の世界に飛び込む憧れを失わない。自分の娘すら残忍な実験道具にしてしまうボンドルドに「君は思ったよりもこちら側の人間」だと言われるリコは、「私はロマンはわかるのよ」と返している。

 ここでリコが口にする「ロマン」とはなんだろうか。それだけ聞けばとても美しい言葉だが、本作ではボンドルドのような非道な行いをやっている者に対して、ロマンという言葉が使われている。

 原作のつくしあきひと氏は、冒険とは本来「険しきを冒す」という意味だと、その本質を表現している。(*1)

 冒険とは未知の世界に飛び込んでいくこと、自分の今所属している社会からはみ出し、その常識の通じない世界へと赴くことを指す言葉だ。前述したように、人間社会の外は基本的に残酷だし、人権も何も通用しない世界だ。そんな世界に飛び込んでいけば、悲惨な結末を迎えることだって当然あり得る。

 しかし、そういうリスクと引き換えに、素晴らしい出会いや発見もある。だから、未知の世界への憧れは止められない。

 このような探求心とリスクへの挑戦は、人類の歴史そのものだ。海の向こうは絶壁だと言われていてもなお、地球は丸いことを証明するために航海に出る者がいたし、新大陸を見つければ危険を冒して開拓し続けてきた。
いつだって人類はそんな風に探検を続けてきたし、その探求心は今や宇宙に向けられ、その活動領域を地球の外にすら広げようと試みている。

 探求心が発揮されるのは、冒険だけにとどまらない。例えば人間の食への興味も尽きることはない。日本では猛毒を持ったフグを料理するが、あの複雑な調理法を発見するまでに、きっと何人も死んでいるはずなのだ。死んでいるのに、フグを食べる努力をやめなかった人がいるわけだ。

 リコもアビスの生物を積極的に食べようとする。『烈日の黄金郷』第2話では、煮てもまだ動く怪しい卵を食べてみたり、第3話では異様な見た目のスープを食べてすぐにお腹を壊す。そして、リコは何度腹を下しても止めようとしない。リコは学習能力がないのではない、未知への憧れを止められないだけだ。リコのそれらの行動は、これまで世界を開拓してきた人類が続けてきたことでもある。実際に、本作を観る人は、新しい生物に出くわしたり、食事シーンの度に、「これはどういう生物なんだろう」とか、「どんな味なんだろう」と強い興味を掻き立てられているはずだ。

 『メイドインアビス』は未知への冒険を描く作品だ。
未知の世界に飛び込めば、危険な目に遭うのは当然なので、残酷な描写が必要とされる。本作がファンタジーにもかかわらず、強い実在感を視聴者に与えるのは、本当のワクワクは、危険がいっぱいの未知の世界にこそあるということを描いているからなのだ。(文・杉本穂高)

<引用>
*1 『メイドインアビス』つくしあきひと先生×小島正幸監督 対談!TVアニメ最終回から原作者が受け取ったモノanimate Times.2017‐10‐26

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