1991年の冬。月曜の21時は“OLが街から消える”と言われていた。

その要因は、大ヒットドラマ『東京ラブストーリー』(フジテレビ系)の放送である。このドラマを生んだ男こそ、脚本家・坂元裕二だ。坂元裕二が書くドラマは、90年代から令和の今に至るまで常に視聴者の心を捉え続けている。“坂元ドラマ”がなぜ時代を超えて受け入れられ続けるのか、『東京ラブストーリー』から現在放送中の『初恋の悪魔』(日本テレビ系/毎週土曜22時)まで紐解いていこうと思う。

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 1987年、「第1回フジテレビヤングシナリオ大賞」を受賞し脚本家としてデビューを果たした坂元。ドラマを中心に、多くの作品を世に送り出している。今回は、ドラマ作品のなかでも“代表作”と呼ばれる時代ごとの3作品と、最新作『初恋の悪魔』について紹介しながら、坂元作品の特徴について考えてみる。

■90年代『東京ラブストーリー』

 “坂元裕二”の名を世間に響かせることとなった『東京ラブストーリー』は、「月9」黄金期を確立するほど若い世代に大ヒットしたドラマだ。

 永尾完治(織田裕二)と赤名リカ(鈴木保奈美)の恋愛模様を描いたこの作品の特徴は、リカの奔放なキャラクターにある。帰国子女であるリカは、完治への恋愛感情を隠すことなくまっすぐに伝える。また、仕事もバリバリこなすキャリアウーマンだ。1991年と言えばまだ世間はバブル期にあたる。
リカは、少しずつ女性が社会進出を果たし始めたこの時代を映すキャラクターと言えるのではないだろうか。

 しかし、バブル期の女性たちの「社会進出」は、現代とは少し違うように思う。例えば、当時流行した“アッシー”“メッシー”といった言葉からも、「1人で生きていける女性像」ではなく「男性をうまく利用して生きる」といった意識が感じられる。そんな時代だからこそ、“当時の日本男性”代表でもある完治が選んだのは「1人で生きていける」ように見えるリカではなく、健気におでんを作って届けるような、どこか古風なキャラクターである関口さとみ(有森也実)だった。

 リカのキャラクターが現れているセリフにこんなものがある。

「ちゃんと捕まえてて。私だけを好きって言ってて。でなきゃ遠くに行っちゃうよ」第5話・リカ

 リカは自由に生きられるから、「遠くに行っちゃう」こともできる。だからこそ、大好きな完治につなぎ留めてほしいのだ。坂元の書く女性キャラクターは、常に時代の半歩先を行く。令和では珍しくないリカのような女性だが、1991年当時にはまだマイノリティ。でも、本当は当時だって「自由に生きたい」という思いを秘めた女性はたくさんいたはずだ。
そんな苦しさや生きづらさを、リカは1人で背負っていたのだろう。

■2010年代『カルテット』

 続いては、2017年放送のドラマ『カルテット』(TBS系)を紹介したい。

 30代の男女4人が共同生活しながら弦楽四重奏のユニットを続けていくという、一見「いまいち共感できなそう」な状況のドラマなのだが、この作品は坂元脚本の大きな特徴である「あるある」が顕著に散りばめられている。

 第1話で、4人が食卓で唐揚げを囲むシーンがある。世吹すずめ(満島ひかり)と別府司(松田龍平)が他2人に断りなくレモンをかけたことに、細かい男・家森諭高(高橋一生)が物申す。それに、主人公の巻真紀(松たか子)も賛同するのだ。

 この、誰しも一度は対峙したことのある「あるある」なシーンが、のちに真紀の離婚原因につながっていたり、物語全体の大きなテーマになっていたりすることが分かる。さらに、こんなセリフにも着目したい。

「夫婦とは、“別れられる家族”なんですよ」第1話・真紀

 はたから見たら幸せな、しかし、いつでも別れられる2人。そんな、多くの人が漠然と感じている不安のようなものを、坂元の脚本ではしっかりと言語化する。これも一種の「あるある」と言えるのではないだろうか。坂元の書くキャラクターたちは、「こんなことを考えているのは自分だけなのでは?」と、ひとりぼっちになってしまっている人にスッと寄り添うのだ。


「泣きながらご飯食べたことある人は、生きていけます」第3話・真紀

 このセリフは、物語の中で“ひとりぼっち”になったすずめに真紀が言ったものだ。落ち込んでも悲しくても、明日は来てしまうし、お腹も減る。30代・夢を追うか諦めるかの瀬戸際にいる“大人”なキャラクターが言うからこそ、生きることにもがく“大人”たち皆に刺さったセリフだったのだと思う。

■令和『大豆田とわ子と三人の元夫』

 そして2021年、世間はコロナ禍となり人と人との関わり方が大きく変化した。そんな年に坂元が生み出したのが、『大豆田とわ子と三人の元夫』(カンテレ・フジテレビ系)だ。40歳・バツ3のシングルマザーで女性社長、という設定盛り盛りな主人公・大豆田とわ子(松たか子)を中心に展開するコメディで、主人公や周囲の人々の恋路を通して様々な“関係性”を描いていく。

 『東京ラブストーリー』のリカと比べると、恋愛もして子供もいて、仕事では社長という立場であるとわ子は随分「社会進出したな」という印象でもあるが、このドラマではとわ子を一口に「シングルマザー」「社長」とくくって語るのは難しい。

 とわ子は3人の元夫たちに見せる“元妻”の顔、新しく恋仲になりそうな男性に見せる“彼女候補”の顔、娘・唄(豊嶋花)に見せる“母”の顔、そして会社のメンバーに見せる“同僚”そして“社長”としての顔をすべて視聴者に見せる。ずいぶん多面的なキャラクターにも見えるが、よく考えれば生きている人なら全員多かれ少なかれ複数の“顔”を持っている。それをありのまま描いているのだ。

 さらに、このドラマに出てくる人たちの関係には名前がつけにくいものが多い。例えばとわ子と元夫たちはしょっちゅう会って交流しているが、もう夫婦でも恋仲でもない。
令和になって、そしてコロナ禍を経て、日本社会ではこれまで名前のなかった“関係性”がどんどん増えているはずだ。『大豆田とわ子と三人の元夫』は、それをまるっと肯定したドラマであるとも感じる。

「ひとりでも幸せになれると思うんだよね。無理かな?」「全然余裕でなれるでしょ。なれるなれる」第9話・とわ子/田中八作(松田龍平)

 このセリフは、かつて夫婦だった2人が語り合ったものだ。昔よりも、今を生きる私たちが選べる人生の選択肢は増えている。もちろん、「この選択肢を選びたい、でも社会が選ばせてくれない」ということもまだまだ多い。『大豆田とわ子と三人の元夫』というドラマでは、坂元の書く“現実の半歩先を歩く”キャラクターが、そんなまだ選べない選択肢までも肯定してくれているのではないだろうか。

■最新作『初恋の悪魔』

 坂元裕二が描く最新作『初恋の悪魔』。放送中なのでまだその全貌は明らかになっていないが、既にこれまで挙げた「坂元裕二脚本の魅力」と言えるポイントはしっかりと現れている。

 警察署で総務として従事している馬淵悠日(仲野太賀)、同じく経理の小鳥琉夏(柄本佑)、停職を言い渡された刑事・鹿浜鈴之介(林遣都)、生活安全課の刑事の摘木星砂(松岡茉優)という、捜査権のない男女4人が勝手に事件を解決に導こうとするミステリーコメディだ。

 この4人は、言ってみれば社会・組織の「はみ出し者」で、本音を殺して周りに同調したり、同調できず孤立したりしながら生きている。
第1話でこんなセリフがあった。

「負けてる人生って、誰かを勝たせてあげてる人生です。いい人生じゃないですか」第1話・馬淵

 警察学校に通ったもののどうしても警官が向いておらず、総務として働く馬淵。普段は常に誰かに気を遣い、婚約者に堂々と浮気されても笑って許してしまうような男だ。しかし第2話ではこんな本音が出てくる。

「顔はね、笑ってるんです。でもそんなの上っ面で。心ん中じゃ、心の中では。俺を笑うな。俺を馬鹿にすんな。俺にアドバイスすんな。俺に偉そうにすんな。
もっと俺を尊敬しろ。いや、なんかそういうねえ、ひんまがったやつだから」第2話・馬淵

 何かが手に入らなかったとき、「負けた」のではなく「自ら負けを選んだ」と考える人は意外と少なくないと思う。そうすることで、心が傷つかないようにしているのだ。馬淵はそんな自分を、第2話で直視することになる。挫折のなかった人生を送ってきた人は少ない。このシーンの馬淵の言葉が、自分の心のかさぶたを剥がしたという人もいるはずだ。

■きっとあなたにも“刺さる”! 『初恋の悪魔』に今後も注目

 馬淵や鹿浜の“痛み”が明らかになってきた『初恋の悪魔』。前半の放送を終え、メインキャラクター4人それぞれが私たち視聴者と重なる部分を見せてくれた。坂元の書くキャラクターは、心の奥にしまっていた自分自身と会わせてくれるように思うのだ。ここからさらに加速していくであろう、脚本家・坂元裕二の最新作『初恋の悪魔』に今後も注目してほしい。

(文:小島萌寧)

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