シルヴェスター・スタローンを象徴する『ロッキー』シリーズ。近年のスピンオフ『クリード』シリーズまで含めれば8作品を数え、その中でも最大のヒット作として今なお愛されているのが『ロッキー4/炎の友情』だ。
【写真】喪服のロッキーとエイドリアンが語る未公開シーンも 『ロッキーVSドラゴ』場面写真
■時代背景によって不当に評価された『ロッキー4』
コロナ禍でのロックダウンに際し新作の撮影がストップしたスタローンは、その時間を利用して、かねてから望み通りの作品に編集し直したいと思っていた『ロッキー4』の再編集に取り組んだ。映画を完成させた1985年以来、見返すこともなかった映像素材は膨大な量があり、観客に対し全く違う『ロッキー4』体験を提供できると思ったのだという。
1985年に公開された『ロッキー4』はシリーズ最大のヒット作だが、必ずしも絶賛された映画ではない。1985年は米ソ対立の冷戦時代、当時のレーガン米大統領はスタローンをホワイトハウスに招いて試写会を実施して称賛する一方で、ソ連サイドからは反共産主義映画として非難された。さらに同年にスタローン主演の『ランボー2/怒りの脱出』も公開されており、こちらの敵もソ連軍だ。時代背景としての政治的な設定は取り入れつつも、物語の核心、スタローンが主人公を通して描きたかったことは両作品とも決して政治をことさらに意識したものではなかった。にも関わらず、意図せずプロパガンダの道具にされてしまった『ロッキー4』と『ランボー2』は不当な評価を受け、(今となってはただのスタローンに対する嫌がらせにしか見えないが)その年のラジー賞を両作品で総ナメにしてしまう。まさに時代背景によって、作品の本質から離れた評価になってしまった。
■それでも『ロッキー4』が好き!
1976年の『ロッキー』から始まる長い歴史を持つ本シリーズだが、途中長いブランク期間もあり、ファンも「どのロッキーから入ったか」で思い入れもそれぞれだ。
そしてクライマックスのロッキー対ドラゴの試合も大興奮の連続。ロッキーは最強の敵との試合に臨み、何度もピンチに陥りながらそのたびに何度でも立ち上がる。そんなロッキーのひたむきな姿は、敵地ソ連の観客たちの心を動かし、あの冷徹な戦闘マシーン・ドラゴをも変えていく。試合に勝利したロッキーが最後に放つ「誰でも変われるのだ」というメッセージは、本作がただの復讐劇ではないことを示す、まさに涙なしには見られない名シーン。
■『ロッキー4』を彩る最高の音楽たち
その熱いストーリー展開を何倍にも盛り上げるのが、数々のアスリートの登場曲としても使用される名曲の数々だ。シリーズを代表するSurvivorの名曲「アイ・オブ・ザ・タイガー」に始まり、アポロ対ドラゴ戦の前にド派手に披露され、一度観たら一生忘れないインパクトを残すジェームズ・ブラウンのゴキゲンすぎるナンバー「Living in America」。愛妻エイドリアンの反対を押し切りドラゴ戦に挑もうとするロッキーの逃げ場のない葛藤を表現した「No Easy Way Out」。静かな闘志とともにソ連へと向かうロッキーの孤独な旅路を彩る「Burning Heart」。前述した“対比トレーニング”を盛り上げるスコア「Training Montage」に加えて、ついにエイドリアンもソ連に駆けつけたトレーニングシーンの最高潮を名曲「Heart’s on Fire」があまりにも熱く盛り上げる。しかもこの名曲たちは、本編でさりげなく流れるのではなく、「それでは聞いていただきましょう!」のごとく、大音量かつほぼフル尺で流れるという大胆さ。本作は、シリーズで唯一あの有名なロッキーのテーマ「GONNA FLY NOW」が流れない異端作品なのだが、それを補って余りある名曲たちが揃っており、この映画を傑作たらしめる重要な要素になっているのだ。
■大好きな『ロッキー4』はどうなってしまうのか…
そんな、不当な評価を受けつつも愛すべき名作『ロッキー4』だが、今回スタローン自身の手によって膨大な未使用映像が見直され、何百時間もかけてイチから再構成されることになった。いちファンとしてスタローン自身が『ロッキー4』を気に入っていなかったということにも驚いたが、もっと驚いたのが42分もの未使用映像を使用していながら、本編の尺はたった2分しか伸びていないということ。これはいったいどういうことなのか。
わざわざ35年も経って本編を再構成するならば、スタローン本人がコメントしているように、よりドラマを重視した構成になるはずだ。
■やっぱりスタローンはすごい
結論から言えば、“スタローンはやっぱりすごい”である。新作『ロッキー4』こと『ロッキーVSドラゴ:ROCKY IV』は紛れもないあの『ロッキー4』であり、ドラマはもちろん、ファイトシーン、そして映像も音声も、36年の時を経てその魅力が大きく増していた。
ここから新作の変更点をいくつかご紹介するので、何も知らずに新作を見たい方は、以降は鑑賞後にお読みいただきたい。
主な変更点をご紹介すると、まず新作は「アイ・オブ・ザ・タイガー」から始まらない。シリーズ恒例の前作ハイライトも再編集され、特に冒頭は大きく変更。オリジナルの本編で言えば、冒頭約8分がカットされた形で新作はスタートする。ロッキーがポーリーの誕生日にプレゼントしたロボットはその存在自体が消されてしまったが、その分、アポロがドラゴと戦いたい理由とその過程がより詳細になっている。
このようにアポロの戦いと死をより詳細に描きつつ、アポロ、ロッキー、ドラゴの関係にもより深みを持たせることで後半の展開がさらに熱くなっているのだ。
■名曲たちと新作映画と見まがう映像クオリティ
そしてオリジナルの大きな魅力だった名曲たちは、カットされるどころか、新たな未公開映像と一部差し換えられたうえで、尺もそのまま、新作でも大きな役割を担っているのでご安心いただきたい。「アイ・オブ・ザ・タイガー」もスタローンが口ずさみながら劇場を後にしてほしいと語っている通り、しっかり流れる上に、新作ではフル尺に変更されている。
新作の変更点をいくつかご紹介したが、トレーニングシーンやファイトシーンも細かく編集が加えられていて、追加や差し替えシーンというわかりやすい形ではなく、同じようなカットでもアングルが変わっていたり、見たことのないカットが一瞬入ったりする。ロッキーを取り巻くキャラクターたちも同様で、試合中のエイドリアンのアップが増えているし、リングサイドにいるポーリーの試合後に一瞬映る姿に泣かされたりとエモさ倍増。初見ですべての違いを見つけることは不可能なほどだ。
そんな変更点はもちろんだが、一番驚くのは映画自体の映像と音声のクオリティが著しくアップしていることだ。映像は4Kにリマスターされ、近年の映画に引けを取らない高画質になり、画角も横長のシネスコサイズに変更されて画面の情報量が増加している。さらに驚くべきは音響編集で、1985年から技術も進歩し、チャンネル数は格段に増加。
■『ロッキー4』が好きでよかった!
これほど緻密な再構成を行ったスタローンの『ロッキー4』への愛着にはまさに感服するしかない。90分程度の映画のテンポと作品の魅力は保ったまま、見事な編集で『ロッキー4』を更なる名作へと生まれ変わらせた。
思えば、2018年の『クリード 炎の宿敵』では『ロッキー4』のその後が描かれ、そして2022年には、こうして新しい『ロッキー4』が公開される。ファンにとっても、スタローンにとっても『ロッキー4』という作品は特別なものなのだ。これまでのシリーズ、そして『ロッキー4』を好きでよかったと心から思う。
新作『ロッキーVSドラゴ:ROCKY IV』は今のところ配信もブルーレイ化の予定もないそうである。となると、今が新作を見ることができる人生で最後のチャンスかもしれない。そのチャンスを逃さないよう劇場でこの新『ロッキー4』を堪能し、何度も見てその違いを確かめよう。(文:稲生D)
映画『ロッキーVSドラゴ:ROCKY IV』は公開中。