第95回アカデミー賞授賞式がいよいよ今週末に迫った。誰が、どの作品が受賞の栄誉に浴するのか。
前哨戦の動向も振り返りつつ、注目のノミネートをチェックしよう。
【フォト特集】昨年の第94回アカデミー賞 華やかな衣装をプレイバック!
■『エブエブ』が前哨戦を席巻! それでも油断ならないのがオスカー
今年のフロントランナーは間違いなく『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』。アワードシーズン初期にはスピルバーグの『フェイブルマンズ』が有力視されていたが、年が明けて以来、完全なる『エブエブ』祭り状態だ。今作はまず、1月中旬の放送映画批評家協会賞(Critics Choice Awards/CCA)で、作品、監督、脚本、助演男優、編集の5部門を受賞。2月末には全米映画俳優組合賞(SAG)、プロデューサー組合賞(PGA)というオスカー予測上最も重要な賞を受賞し、先の日曜にはオスカー前の最後の賞であるインディペンデント・スピリット賞でも作品賞を含む7部門で受賞した。もはや怖いものなしである。
ここまで制覇するとオスカー作品賞も確実と言いたいところだが、必ずしもそうとは言い切れない。過去を振り返ってみればわかる通り、どんでん返しはあり得るのだ。『ブロークバック・マウンテン』と『ラ・ラ・ランド』は最も良い例。この2作品もあらゆる賞を制覇してきながら、最後にはそれぞれ『クラッシュ』、『ムーンライト』に負けている。
今年の場合、どんでん返しをやってみせる可能性が最もあるのは『西部戦線異状なし』だろう。この映画は英国アカデミー賞(BAFTA)で作品、監督、脚色を含む7部門を受賞し、圧倒的勝利を収めているのだ。
かたや『エブエブ』は、BAFTAでは編集部門しか受賞しなかった。また今作はドイツ映画とあり、SAG、PGAの対象外で、『エブエブ』は対抗せずに済んだという事実も忘れてはならない。もし資格があったとしても、北米在住の投票者が圧倒的に多いこれらの賞はやはり『エブエブ』を選んだのではないかと思われるが、現在のアカデミーには海外在住者が非常に増えている。会員の多様化に本腰を入れ始めた2016年以後、毎年、アカデミーの新規会員のおよそ半分は海外に住む映画人なのだ。彼らの影響力は、今や多大なのである。
もうひとつ考慮すべきは、作品部門の投票形式だ。ひとり、あるいはひとつの候補を選んで入れるほかの部門と違い、作品部門に関しては、投票者が全部の候補作に順番をつける形で投票する。このやり方では、好き嫌いが極端に分かれる作品よりも、多くの人が3番目くらいまでに入れる作品が有利となる。コメディ、SFの要素がある『エブエブ』は、いわゆる「オスカーらしい」映画からはほど遠く、高齢のベテランアカデミー会員の中にはピンとこないという人もいるのではないかと思われる。一方で『西部戦線異状なし』は、ドイツ語ではあっても反戦メッセージを持つ歴史映画で、そういった層に受け入れられやすい。だが、その意味では、『イニシェリン島の精霊』『フェイブルマンズ』も同様で、これらにもまだ希望はある。『トップガン マーヴェリック』も「面白くなかった」という人はまず聞かれないし、チャンスはあるが、演技部門にまるで入らなかったのが痛いところだ。
■アジア系が大活躍! 演技部門
演技部門といえば、ここでは今年はかなり画期的なことが起こるかもしれない。主演男優・女優、助演男優・女優合わせて4人の受賞者のうち、半分にあたるふたりをアジア系が占める可能性があるのだ。これまた『エブエブ』のミシェル・ヨーとキー・ホイ・クァンである。クァンはここまで助演男優部門をほぼ総なめしてきており、オスカーでもこの部門の完全なるフロントランナーだ。しかし、ここでもまた「絶対」はない。過去にはこの部門でやはりダントツのリードだったエディ・マーフィ(『ドリームガールズ』)がアラン・アーキン(『リトルミス・サンシャイン』)に負けたし、シルヴェスター・スタローン(『クリード』)がマーク・ライランス(『ブリッジ・オブ・スパイ』)に負けた。今年も、BAFTAはクァンではなく『イニシェリン島の精霊』のバリー・コーガンに賞を与えている。
主演女優部門にノミネートされたヨーの最大のライバルは、『TAR/ター』のケイト・ブランシェット。ここまでの結果は、SAG、インディペンデント・スピリットがヨー、CCA、BAFTAはブランシェットで、実に接戦だ。また、受賞の可能性は低いと思われるものの、今年は助演女優部門にもふたりアジア系が候補入りしている。『エブエブ』のステファニー・スー、『ザ・ホエール』のホン・チャウだ。2015年と2016年には2年連続で演技部門の候補者20人全員が白人で「#OscarsSoWhite」バッシングが起こり、そこから多様化への努力が始まったわけだが、黒人以上に存在感が薄かったアジア系が今年ここまで大活躍したことは特筆すべきである。
一方で、主演男優部門の候補者は全員白人。ただし、今回は全員が初めてのノミネーションとあり、そこは新鮮だ。しかも候補者の顔ぶれは大ベテランのビル・ナイや、やはり長く幅広いキャリアを築いてきたコリン・ファレル、27歳のポール・メスカル、初めてメジャースタジオ映画の主演を務めた31歳のオースティン・バトラー、しばらく姿を潜めていてカムバックしたブレンダン・フレイザーと、実にバラエティ豊か。これらの中ではSAG、CCAを受賞したフレイザー(『ザ・ホエール』)がややリードしていると言えるが、バトラーもBAFTAを獲っているし、ファレルもまたニューヨークをはじめ各都市の批評家賞をかなり押さえるなど、評価が高い。この3人のうち、最も多くのアカデミー会員から愛を受けるのは誰なのか、興味が持たれる。
■その他部門の注目作
監督部門は、全米監督組合賞(DGA)を受賞した『エブエブ』のダニエル・クァン、ダニエル・シャイナートのコンビでほぼ決まり。DGAの受賞者とオスカー監督部門の受賞者が食い違ったことは、過去75年のうち8回しかないのである。長編アニメーション部門も、ここまでを制覇してきている『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』でほぼ見えている。
国際長編映画部門は、作品部門に候補入りしたことで、『西部戦線異状なし』が強いだろう。『愛、アムール』、『ROMA/ローマ』、『パラサイト 半地下の家族』、昨年の『ドライブ・マイ・カー』など、外国語映画でありながら作品部門にも食い込んだ作品は、ほとんどの場合、少なくともこちらは押さえているからだ(作品部門でも受賞したのは過去に『パラサイト~』のみ)。歌曲部門は、インドが別の映画をエントリーしたため国際長編映画部門に参入できなかった『RRR』の「Naatu Naatu」にあげたいと思う人が多いのではないか。ロサンゼルスで組まれた投票者向けの試写は大ウケだったが、あのシーンはとくに盛り上がっていた。
「Naatu Naatu」は、授賞式でライブ演奏されるとのこと。今年の授賞式がどんなものになるのかはまだわからないものの、少なくともそこは楽しみにできそうだ。(文・猿渡由紀)
第95回アカデミー賞授賞式は、3月12日(現地時間)に開催。
編集部おすすめ