濱口竜介監督の最新作『悪は存在しない』が、現地時間9日第80回ヴェネチア国際映画祭 コンペティション部門において銀獅子賞(審査員大賞)を受賞した。第94回米アカデミー賞で国際長編映画賞を受賞している濱口監督は、今回の受賞で、カンヌ、ベルリン国際映画祭に続き、“世界3大映画祭”を制覇の快挙を成し遂げた。



【写真】出演の大美賀均と共に授賞式に参加した濱口竜介監督

 本作は、映画『ドライブ・マイ・カー』で初顔合わせした濱口竜介(映画監督)と石橋英子(音楽)による共同企画。はじまりは、石橋がライブパフォーマンスのための映像を濱口に依頼したことで、濱口はこれを快諾。2人による「音楽×映像」プロジェクトがスタートした。その音楽ライブ用の映像を制作する過程で、106分の長編劇映画『悪は存在しない』が完成した。

 自然が豊かな高原に位置する長野県水挽町は東京からも近いため、近年も移住者は増加傾向でごく緩やかに発展している。代々そこで暮らす巧とその娘・花の生活は自然のサイクルに合わせた慎ましいものだ。ある日、巧の家の近くでグランピング場を作る計画が持ち上がる。コロナ禍のあおりで経営難に陥った芸能事務所が政府からの補助金を得て、その設営を計画した。しかし、彼らが町の水源に汚水を排水しようとしていることがわかり、町内は動揺し、その余波は巧の生活にも及んでいく。

 『悪は存在しない』(英題:Evil Does Not Exist)が受賞した 銀獅子賞(審査員大賞)は、最高賞の金獅子賞に次ぐ賞。濱口監督は、映画『偶然と想像』(2021)で第71回ベルリン国際映画祭の審査員グランプリ(銀熊賞)を受賞、映画『ドライブ・マイ・カー』(2021)では第74回カンヌ国際映画祭で日本映画初となる脚本賞を含む計3部門を受賞しており(第94回米アカデミー賞で国際長編映画賞も受賞)、それに続くヴェネチア国際映画祭での受賞という世界3大映画祭制覇は、日本人では黒澤明監督以来となる快挙。

 映画『悪は存在しない』は、2024年公開予定。


※授賞式レポートは以下の通り

<第80回ヴェネチア国際映画祭 授賞式レポート>

◆授賞式
濱口竜介(監督):
本当にありがとうございます。
このような素晴らしい賞をいただけるとは、この企画が始まった時は思いもよりませんでした。音楽の担当でもありこの企画の発案者でもある石橋英子さんに感謝をしたいと思います。
彼女の音楽が、私を今まで体験したことがないところへ導いてくれました、そして主演の大美賀均さん、そこで(客席を指差し)カメラを構えている撮影の北川喜雄さん、この3人で脚本を書く前に一緒にドライブをして薪割りをしてこの映画をどのようなものにしようかと考えていました。この旅をしながらここまで来られて嬉しく思っています。そしてキャスト、スタッフ全ての力があってこのような素晴らしい賞をいただけたと思ってます。

大美賀均(キャスト):
私からは一言だけ。石橋英子さん!獲りました。ありがとうございました。

◆授賞式後の公式カンファレンス

質問:タイトルが付いた経緯、小規模での制作体制について

濱口監督:まず、石橋英子さんの音楽にどのような映像をつけるか?というお題をいただきました。その音楽に合うモチーフを探して自然というものを撮ることになりました。そして自然に向き合っている時にふと浮かんだのが『悪は存在しない』という言葉だった。
自然の中に悪意を見出すことは難しく、一方でこの映画全体として本当に悪がないということを表現しているかというとそうではなくて、それは分からないと思います。そこには自然だけがあるわけではないからです。

この映画はアートハウス系の映画でかつ非常に小規模のチームで作られました。小規模で自由に作った映画がこのように評価を受けるということは、映画制作の見方そのものを変えるきっかけになるのではないかとは思います。

◆メディア囲み取材

★受賞の一言(濱口監督)
本当に素晴らしい賞をいただいて信じられない気持ちです。
企画を始めた当初は、海のものとも山のものともつかないような企画ではあったので、ここまでたどり着けたことも素敵だと思いますし、それは本当に関わってくださった皆さん、特に発案者でもある石橋英子さんの力はとても大きいと思います。そして、キャストスタッフの皆さんの力があったおかげで、ようやくこういう結果に結実するようなそういう映画ができました。

大美賀均:
先ほど濱口監督がお話されていますが、すごく小さなチームから始まりました。濱口監督、撮影の北川喜雄さんと自分と3人でシナハン(=ロケハンの前の脚本を書くために現地を回ること)に回っていたんですが、そこからスタッフが徐々に増えていき、撮り終わった頃には、本当にこんなにちゃんと撮るなんて思ってもみなかったです。その頃の想像よりはるかにすごいところまで連れてきていただいてありがとうございます。またスタッフさんはじめ、キャストの皆さん、現地で協力してくれた方々に本当に感謝しています。

★授賞式の壇上のスピーチでおっしゃっていましたが、受賞の時の「景色」というのはどういったものだったのでしょう?

濱口監督:隣に大美賀さんがいて、目の前に撮影の北川さんがいて、あと他にもチームのメンバーがいてくれて、光って見えるというか、このチームでやってこれたことを本当に良かったなということを思い、胸がいっぱいになった感じがしました。


★今回のコンペティションの中でアジアの作品として唯一だったと思うのですが、それについては?(濱口監督へ)

濱口監督:それは選考する側の問題なので、ちょっと分からないです。コンペで他の作品も観たかったですが観られなかったですし、全体的にどういう風に自分たちの作品が位置付けられているか分かりませんけれども、きっと他にもいいアジア映画があったと思います。たった1本であったというバランスについて、選んでいただいたこと自体はとてもありがたいことですけれども、そのバランスは本当なのかっていうことは多少思うところではあります。

★ベルリン国際映画祭での『偶然と想像』に続いて2回目の準優勝のような感じですが、ちょっと金(最高賞)、とりたかったなみたいなことはありますか。

そういう思いは、本当に少しもないです(笑)。そもそもはこうやってコンペに選ばれるとも思ってなかったですし、こうやって賞をいただくことも思ってもみなかったので。そういう気持ちもそもそもないですね。それが正直なところです。自分達にとっては一番いいものをいただいたという感じです。

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