2022年に平成中村座で上演された『唐茄子屋 不思議国之若旦那』が、シネマ歌舞伎として帰ってきた。作・演出を務めた宮藤官九郎が、作品に落語を取り入れる理由や歌舞伎への熱い思いを語った。



【写真】ジャンルレスに面白いものを生み出し続ける宮藤官九郎

■落語が自身と時代劇を繋ぐ接着剤になる

 宮藤が描いた新作歌舞伎『唐茄子屋 不思議国之若旦那』は、古典落語「唐茄子屋政談」に児童文学「不思議の国のアリス」を織り交ぜた奇想天外なストーリーだ。宮藤のこれまでの作品を観ても、大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』(NHK総合ほか)や、『タイガー&ドラゴン』(TBS系)など落語をモチーフにストーリーが展開する物語がある。

 「僕は歴史上の人物や史実にまったく疎いので、なかなか時代劇と言われても、取っ掛かりがないんです。『だったら歌舞伎なんてやらなきゃいいだろう!』と言われそうですが、以前(18世中村)勘三郎さんが存命のときから『歌舞伎を書いてよ』と言ってくださっていて。そんなことできるわけないだろう……と思いつつも、最初に関わった『大江戸りびんぐでっど』でも落語をモチーフにしましたが、唯一落語という接着剤を使えば、歌舞伎も書けるのかも……という思いがあったんです」。

 今回宮藤がモチーフにした落語「唐茄子屋政談」は、夏の浅草界隈を舞台に「情けは人のためならず」という教えを詰め込んだ人情噺だ。

 「なんか“カボチャを売りながら、炎天下の田んぼを歩いていて、カエルに話しかけられる”……みたいなシーンがイメージできたんです。話的に(中村)勘九郎くんが主人公で、息子さんの勘太郎くんも長三郎くんも出られるかなと。もともと歌舞伎を観に行っても、僕は世話物、特にダメな若旦那が出てくるような話が大好きなんです。古典というと、保守的なイメージがありますが、間違いなくいまのテレビよりはアナーキーなことができる(笑)。これなら面白くなるかもと思ったんです」。

 上演は平成中村座。
実は新作歌舞伎を平成中村座でやるのは、今回が初めてだという。

 「僕が最初にやらせてもらった『大江戸りびんぐでっど』は歌舞伎座のさよなら公演で、次の『天日坊』がコクーン歌舞伎だったのですが、自分がお客さんとして観ているなかで、中村座でやれたらいいなという思いがあったんです。中村座って芝居のために作る小屋で、終わったらなくなっちゃう。そういうのもいいなと思ったんです。でも実際やれるとなったとき、中村座は古典はやっていても、新作は1度もやったことがないって言われて……。そのときは大変なことになってしまったと思ったのですが、でもあの中村座の、浅草駅を降りて会場に向かう雰囲気が『すごくいいな』と思って『まあ、いいか』とやっちゃいました(笑)」。

 大きな期待とちょっとの不安のなか臨んだ新作歌舞伎が、シネマ歌舞伎として大スクリーンで上映される。

 「あんなに少ないカメラで、こんなにちゃんと撮れるんだ……と驚くぐらい臨場感があります。もちろん生で観る良さは格別ですが、全身で芝居をしているからということもあり寄っても素晴らしいですし、スクリーンで観てもすごく面白いなと思いますね」。

■いつか本当の歌舞伎作家になれる日が来たら……

 宮藤と言えば、舞台や映画、ドラマの脚本家として数多くのヒット作を世に送り出している。さらに俳優、監督業などマルチな活躍をみせている。そうした仕事と歌舞伎は地続きなのだろうか。
それとも全く別物なのか。

 「地続きでやりたいと毎回思うんですよ。今回は特に、いつもの気心の知れたスタッフではなく、歌舞伎のスタッフさんの力を借りたいと思っていたのですが、専門用語を含めて常識が全く違うんですよね。やっぱり不安で、今回も(大人計画のメンバーである)荒川良々くんを連れていってしまいました。早い段階で彼に出てもらうと安心なんです。それでも今回音楽は、歌舞伎の下座の方々とやり取りをして作らせていただいたんです」。

 驚いた歌舞伎界の常識とはいったい、どんなところなのだろうか――。

 「稽古だけでどんどんできてしまうすごさ。歌舞伎座の上に稽古場があるのですが、舞台に出ている俳優さんたちが、自分の出番が終わると稽古場に来て、稽古して、また夜の部に出たり……。僕らの感覚だとまったく考えられない。本当に稽古を始めるとすぐに出来上がってしまう。あとは本番まで衣裳を着ないとか、履き物も履かないし、バミリもないとか、細かいことをあげればきりがないです」。


 幼少期から稽古を重ね、体に染みついている歌舞伎俳優、そしてプロフェッショナルな裏方。「とにかくついていくのがやっと」という宮藤だが、いつかは宮藤が単身で乗り込み、歌舞伎チームと演目を作り上げるのが夢だという。

 「ある意味で理想です(笑)。でもどうしても4~5年とか期間が空くので忘れてしまう。いまだに浄瑠璃と義太夫の違いも『どう違うんでしたっけ?』と聞いてしまう。あとは、俳優さんがみんな自分自身を演出できる。俳優さんが直接『ここで三味線入れて』みたいなことを言える。僕らはやっぱり楽をしているなと思います。演出家の言うことを聞けばいいので。でもこの年齢になって、新しいことをやれるというのは楽しいし、いつか本当の歌舞伎作家になれる日が来たらいいいですね」。

■新作も続けていけば古典になる

 伝統ある歌舞伎界も、“現代”を取り入れ変化していく姿が見受けられる。それも長い年月を費やして続けていけば伝統になる。


 「いま古典と呼ばれているものも、最初は新作と呼ばれていたんですからね。今回の『唐茄子屋 不思議国之若旦那』も、勘太郎くんが大きくなったとき、勘九郎さんがやっていた役をやるかもしれない。続けていけば、これも古典になる可能性があるかもしれませんからね」。

 とは言いつつ「でもお客さんは意外と古典が好きなんですよね」と笑う宮藤。だからこそ、シネマ歌舞伎というスタイルは大きな役割を果たす。

 「例えば映画館にシネマ歌舞伎のチラシが置いてあったら『なんだろう』と目に留まるかもしれない。全国の映画館で観られるので、なかなか生の歌舞伎を観に行けない人も気軽に歌舞伎の世界に触れることができると思うんです。そこで面白いなと思ってもらえたら嬉しいですね」。

 受け継がれていく文化。それをいま創作しているという醍醐味(だいごみ)。宮藤は「いまコンプライアンスがより一層厳しくなっているからこそ、歌舞伎で描かれているものを観て、若い人は『これ大丈夫なの?』と思うかもしれませんよね。でもその世相の違いも、後世に残すことで1つの色になっていく」と風俗をビビットに描くモノ作りの面白さを語っていた。

(取材・文:磯部正和 写真:高野広美)

 シネマ歌舞伎『唐茄子屋 不思議国之若旦那』は、1月5日公開。

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