第77回カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞した『サブスタンス』は、女性に対する「若く美しくなければ存在価値がない」というプレッシャーを、風刺やユーモアを存分に絡めながら、これまでに見たことがないような形で解放する。そして、主演のデミ・ムーアが、自身のキャリアを彷彿とさせる、美と過去の栄光にすがりつくヒロインを怪演する姿に拍手を贈りたくなる快作だ。
【動画】デミ・ムーア VS マーガレット・クアリー、2つの<自分>による壮絶なバトルぼっ発『サブスタンス』本予告
元トップ人気女優エリザベスは、50歳を超え、容姿の衰えと、それによる仕事の減少から、ある新しい再生医療<サブスタンス>に手を出す。注射を打つと、エリザベスの背を破り脱皮するかの如く現れたのは、より若く美しく完璧なもうひとりの自分“スー”。抜群のルックスとエリザベスの経験を持つ新たなスターの登場にテレビ業界は色めき立ち、スーは一気にスターダムへと駆け上がる。
一つの精神をシェアする存在であるエリザベスとスーは、それぞれの生命とコンディションを維持するために、一週毎に入れ替わらなければならないという絶対的なルールがあった。しかしやがて、順調な生活を崩したくないスーがタイムシェアリングのルールを破りはじめ―。
カンヌで脚本賞をとったこの映画の特筆すべき点のひとつは、ルッキズムがまん延するエンタメ業界への、ユーモアと風刺のセンスが素晴らしいところ。そして描き方が恐れ知らずでユニークなこと。実写作品であるにもかかわらず、まるで漫画やアニメを見ているような感覚になる、暴力とユーモアがないまぜになったカラフルな世界観。主人公を悲劇のヒロインとして描くのではなく、彼女を含むルッキズムに踊らされる人々を風刺的に描くことで、その滑稽さ、おかしさがより際立つ。
主人公エリザベスと彼女の完璧な“上位互換”スーのタイムシェアリングが崩れてしまった後の展開は、まさに抱腹絶倒。思わず口をあんぐりしたり、吹き出しそうになったりしながら、同時に何とも言えない女の悲哀が胸に迫ってくる。観る人によってハッピーエンドともバッドエンドともとれるラストシーンの強烈な映像は、おそらく忘れることはできないだろう。
監督・脚本を手掛けたコラリー・ファルジャは、本作について「私自身が映画界で女性として長年経験してきたことを題材にしています」と明かし、作品へ込めた想いをこう語る。
「振り返ると、若い頃は完璧なお尻や胸じゃないと感じたり、人からの注目を欲しがったり、体重を気にし過ぎたりしていました。そして年を取ると今度は急にシワや老化が気になってくる―。つまり、女性は人生の各段階で常に、『自分は完璧じゃない、何か問題がある』と感じざるを得なかったのです。この感情は、自分自身が理想の外見を手に入れるための行為を過激なものへとエスカレートさせます。自分の存在価値を感じられるために、手段をもいとわなくなる。私は、そこから自分を解放させたいと考えました。このような社会的規範が作る『心の檻』に囚われてしまう原因は何なのか。なぜそこからの脱出がこれほど難しいのか。そのわけを理解するためにも、広い視野を持ちたいと思いました」。
監督の語る、この「自分には常に何かが欠けている」と思わされる感覚はとてもよく分かる。若い頃は常に自分に値札が貼られているような感覚だった。
本作でこれまで隠すよう抑えられてきた女のドロドロした部分を、体当たりで表現したデミ・ムーア。デミと言えば、個人的には彼女の出世作『ゴースト/ニューヨークの幻』(1990)のベリーショートがよく似合うキュートなヒロインが一番印象深い。その後のキャリアは賞レースをにぎわせるというより、ゴシップ欄をにぎわせるイメージだったが、今回の『サブスタンス』の突き抜けた演技で見事再ブレークを果たした。
そんなデミ演じるエリザベスと対峙する“上位互換”スー役を務めたマーガレット・クアリーの、主人公が失った若さと美しさを圧倒的に体現する姿もまぶしい。実はマーガレットの母親は、デミと同じく主に1980~90年代に活躍した女優のアンディ・マクダウェル。目元が優しげで、お母さんと同じく親しみやすい美貌の持ち主だ。
そしてもう1人、50歳になったエリザベスをお払い箱にするテレビプロデューサー、ハーヴェイを演じたデニス・クエイドも強烈。いかにもエンタメ業界にいそうな、キャスティング権を振りかざす傲慢なプロデューサーを、露悪的とも言えるほど怪演している。彼がスポンサーを引き連れて登場するシーンは、皮肉が効いていて思わず笑ってしまう。
本作での演技でゴールデングローブ賞主演女優賞を獲得したものの、アカデミー賞主演女優賞は惜しくも逃したデミ。その後、『ANORA アノーラ』でアカデミー賞主演女優賞を獲得したマイキー・マディソンを祝福するコメントを発表した。デミは今回演じたエリザベス役を「安心して演じられる役の範囲を完全に外れている」と評していたけれど、マイキーが演じたヒロイン、アノーラも同じくさらけ出す覚悟が必要な大変な役柄。精神的にも肉体的にもタフさが要求されるヒロインを、勇敢に体当たりで演じたデミとマイキーの2人に拍手を贈りたい。(文:古川祐子)
映画『サブスタンス』は、5月16日公開。