“最高のキス”で物語を終わらせろ。ただし、途中で“安いキス”をしてしまったら即退場=“死”という前代未聞のデスゲームを描くNetflixコメディシリーズ『デスキスゲーム いいキスしないと死んじゃうドラマ』。
【写真】まさにビジュ爆発な野田クリスタル、撮りおろしショット(8枚)
■「何が始まったんだ?」理解不能のアトラクションに強制参加
撮影当日、スタジオに足を踏み入れた野田は、自分が置かれた状況をまったく理解できずにいた。アドリブドラマであることはおろか、どんな企画なのかも聞かされていなかった。ただただ、ノンストップで進んでいく物語の奔流に、為すすべもなく呑み込まれていった。
「現場に行って急に始まったので、『ああ、何か始まったな』と。『長そうだな、今日1日』と思いました。何も知らない状態で来ているので、もうむちゃくちゃでしたね。撮られているという感じでもないです。それこそ、何かそういうアトラクションに巻き込まれているというか。
他の部屋で何が起きているのかも見えず、飛び交う専門用語も意味不明。共演する劇団ひとりとのセッションも、手探りの連続だった。完成した映像では見事に会話が成立しているように見えるが、本人の感覚はまったく違っていたという。
「僕らは噛み合っているとすら思っていませんでした。ひとりさんは凄まじく理解していたというか、作品の中に入っていましたけど、僕はもうずっと上っ面というか、『マジかよ』とか『クソっ』としか言っていません(笑)。僕がひとりさんに混じって即興演技ができている感を出していますけど、やっていないんです。リアクションしかしていないので。そこは、何も理解していないということがバレないようにやっていた感じですね(笑)」。
■最下位からのM‐1制覇、天才への嫉妬……演技を超えた「本当の心の叫び」
与えられた役も設定もない。そんな極限状況で野田が唯一頼りにできたのは、自分自身の経験と感情だけだった。
「もう、今起きていることや、花鈴が悩んでいることを、自分が実際に体験したことに置き換えるしか、セリフが出てこないというか。そもそも、自分が今どういう役なのかも分かっていないので。だから僕はもう、自分の本当に起きたことを、今のストーリーに少しでも馴染(なじ)ませて話すという戦法を取りましたね。感情を乗せないと無理だと思ったので」。
『M‐1グランプリ』では2017年に決勝戦で最下位を経験し、そこから這(は)い上がって2020年に優勝したこと、そして「ここは天才だらけだ」という魑魅魍魎なお笑い界のなかで、頂点に立ったことへの魂の叫びなど。本作で野田が花鈴と対峙し、放った言葉は台本に書かれたセリフではなく、野田クリスタルの内側から湧き出た、偽りのない心の叫びだった。全てが終わった後、映像で客観的に自身の姿を見て、劇団ひとり、森田哲矢(さらば青春の光)、渡辺隆(錦鯉)、嶋佐和也(ニューヨーク)、ぐんぴぃ(春とヒコーキ)との表現の違いに改めて驚いたという。
「結果的に、(自分は)変に熱かったんだなと見終わって思いましたね。『やけに自分だけすごく熱く語っていたんだな』って。全員の女性に対する経験値が生々しく見えるんですよ。この作品が配信された時に、何か『俺って生々しいよな。
■人の土俵ではドMになる。振り回された末に見えた「知らない自分」
自らゲームを開発するなど、緻密に計算された“自分ルール”で笑いを生み出すクリエイター。しかし、他人が用意した予測不能の舞台に立つとき、野田の内なる性質は真逆の方向へと振り切れるという。
「割と2タイプあって。自分で作るパターンの時は、本当にわがままになるタイプで徹底的にこだわる。突き詰めていくぶん、かなりドSだと思うんです。でも人の土俵の時はとにかく乗っかるというのを意識してやっています。性癖もあると思うんです。自分が作ったものの時は極端にSになってしまうのですが、人の土俵の時はとことん振り回されたいというドM心が異様に働きまして。
撮影直後は何の手応えもなく、マネージャーと無関係な話をして気を紛らわすほどだった。しかし、後日、先輩芸人たちから「めちゃくちゃ面白かった」と声をかけられ、戸惑いながらも新たな発見があったと語る。
「(本作のプロデューサーである)佐久間(宣行)さんの番組は毎回出るたびに思いますが、自分の知らない一面を面白がってくれるので、『ああ、そうなんだ』と気づかされます。ある種、即興なので、台本のあるドラマよりは感情を入れやすいんです。もともと演じることは嫌いじゃない。今回の作品が演技をしたと言えるかどうかは分かりませんが、経験値としては、めちゃめちゃ高い作品だったなと思います」。
そんな野田はドラマ後半、死に直面する花鈴に対して「全てが終わったら一緒にパン屋さんをやろう」と提案をするシーンがある。台本がないなか、アドリブで発した「パン屋」という言葉の真意とは――。
「僕は、狭いパン屋さんをやっている夫婦に憧れがあるんです。おしゃれじゃないんだけれど、どこか惹(ひ)かれる……そんなパン屋になりたいんです。まあ、若干『魔女の宅急便』の影響もあると思うのですが。
全てをさらけ出し臨んだ本作。この過酷な経験は、野田の新たな扉を開いたのかもしれない。彼は最後にこう締めくくった。「心身ともに丸裸というのが今回の僕だったかもしれないです。自分の代表作として、今後も言っていこうかなと思います」。(取材・文:磯部正和 写真:上野留加)
『デスキスゲーム いいキスしないと死んじゃうドラマ』はNetflixにて配信中。