映画、ドラマ問わずさまざまな作品を確かな演技力とあたたかな存在感で彩る市毛良枝。登山や社交ダンスなどにもアクティブに挑戦する彼女が、44年ぶりの映画主演作『富士山と、コーヒーと、しあわせの数式』で、孫との同居をきっかけに新しい生活の扉を開く主婦を軽やかに体現する。

来年デビュー55周年を迎える市毛に、本作への思いや芸能生活のターニングポイントについて話を聞いた。

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◆W主演を務めた豆原一成とは「筋肉」トークで盛り上がる

 本作は、大学生の拓磨が、夫を亡くした祖母・文子を気遣って同居を始めたものの、同じ学び舎で学ぶ日々をともに過ごすうちに、逆に祖母から元気をもらっていく姿を描く家族の物語。

 市毛は、夫と死別しどこか元気をなくしていたが、孫との同居をきっかけにピュアな好奇心を解き放ち、若い頃の夢だった「学び」を楽しみ世界を広げていくチャーミングな祖母・文子を好演。一方市毛とともにW主演を務めるJO1の豆原一成が、コーヒーにだけはこだわりがある、ちょっと頼りなくて優しい大学生の孫・拓磨を演じる。

――44年ぶりの映画主演。オファーをお聞きになった時の心境はいかがでしたか?

市毛:本当に数字に弱くて…(笑)。44年ぶりだなんて、ありがたいことだなと思いました。主演だから、主演じゃないからといって演じ方が変わるわけではないですし、主役だからこうしなきゃという気負いもなく、いつも通り自然に文子さんとしてそこにいようと心がけました。

――今回W主演としてお孫さん役を務められる豆原一成さんの印象はいかがでしたか?

市毛:私はアイドルに詳しくなく、「JO1ってすごいグループなんですよ」と伺っていたので、バリバリのアイドルさんが来られるんだろうと思っていたら、かわいらしい普通の青年がいらっしゃって。かわいいからもちろんアイドルだと納得なんですけど、普通にお話して普通になじんでいたので、アイドルをしている姿が最初は浮かばなかったです。でもある時テレビをたまたま観ていたらJO1が出ていて、「ほんとだ!イケイケのアイドルだ!」と実感しました(笑)。

これまで出演したドラマや映画でたくさんの子どもや孫ができたのですが、みなさんビッグネームばかりで、私の子どもや孫のラインナップはすごいんですよ(笑)。


撮影中は普段話している感じのまま自然な感じでお芝居できました。2人とも筋肉フェチなので(笑)、休憩中には筋肉の作り方の話をしたり。私は登山が好きなこともあり彼の故郷ともご縁があって、「あ!そこ知ってる、知ってる!」と盛り上がりました。私は山を目当てに行っているので「あんなところでダンスをやる場所あったの?」なんて失礼なことを言っちゃったりもしました(笑)。

――市毛さんは長年登山を愛好されています。今回富士山での撮影もありましたが、富士山についてはどんな印象をお持ちですか?

市毛:今回五合目で撮影しましたが、山開き前なのにものすごい数のインバウンドの人たちがいて。「うわ、すごい!聞いてたとおり」と思いました。撮影では私がさっさと高山病になりました。やたら生あくびが出て「空気薄い」と言う私に、豆原さんは「そうですか?」と全然気がつかなくて。彼は経験したことがないからそれが高山病なのか分からなかったんでしょうね。

富士山は下から行けば楽しいですが、五合目から上はがれきばかりで変化がなく、日差しもよけられないし、景色も変わらないので面白くない(笑)。決して富士山の悪口を言っているわけじゃないですよ。
天気さえ良ければ湘南や富士五湖、千葉まで見えるし、日本にこれ以上高いところはないんだなって感動もあります。でも天気がよい時に登るべき山かなと思います。

◆劇中の母娘関係は「すごくリアル」

――演じられた文子さんはどのような女性だと感じられますか?

市毛:幸せな人ですよね。夫にあんなに愛されて。それがすごく羨ましいなと思いました。とても素敵な旦那様で、本当に深く愛されていたことが分かっていくじゃないですか。もちろん存命中も幸せだったと思うんですけど、でもどこかで「夫の世界だけで生きてきちゃった」と思うこともいっぱいあったと思うんです。でもそれがあったおかげで今羽ばたけていると思うから、すごく幸せな人だなと思います。

――役作りで心がけたことはどんなことでしょうか?

市毛:私はお相手の方との空気感で役を作っていくタイプなので、あまり考えないというか。この人はこういう人って理解はするんですけど、相手役が変われば変わっていくし、お相手の方の声を聞いて、自然と自分の音程が決まってくる感じなんですね。今回もおかげさまで自然のままでやらせていただきました。

――夫の偉志さんを演じた長塚京三さんとの夫婦関係も素敵でした。


市毛:長塚さんとは50年前に、恋人から結婚するという、この2人(文子と偉志)のスタートのような作品でご一緒したことがあるんです。根強く記憶に残る作品だったので、その方と50年後にあれから50年経ったような2人を演じるってありがたいなと思いました。そうしたら同じことを長塚さんも言ってくださって。自然と文子さんと偉志さんの関係になれた気がします。

――劇中では、文子さんと、娘で拓磨の母親でもある綾(酒井美紀)とのギクシャクした母娘関係も描かれます。

市毛:すごくリアルですよね。私も娘の立場としてあの2人の関係はものすごく分かります。

うちは仲が悪かったつもりは全然ないんですけど、親しい人には仲が悪いまでではなくても私がずっと怒っていると見られていたみたいで。「その昔は友達みたいな親子だったのよ」って言ったらびっくりされたことがありました。私はそのままのつもりでいたんです。でも母にけっこう厳しく言ってたんですね。

女同士なので、どうしても辛辣になりますし、「母親にはこうあってほしい」と思うところもあったりするので、具合が悪くなったりリハビリなどでは「頑張れ」というつもりもあって鬼軍曹だったんでしょうね。
もともと元気だった人が具合が悪くなったりすると、やっぱり元気に戻ってほしいと思うし、母も元に戻りたいと思っている人だったので、はじめの一歩が出ない時に、「足!」ってきつく言葉が出たりするんですね。それをお迎えのデイサービスの人に見られちゃったりすると、「やっぱり女優って怖いのね」と思われていたかもしれません。でも、それをものともせずに厳しく、「はい、自分でやって」「それはちゃんと持って」と指示していました。現実の親子はそんなものなんじゃないかなと思います。

◆来年デビュー55周年 俳優業は「映るスタッフ」という認識

――市毛さんは来年デビュー55周年を迎えられます。子どものころお昼に放送されていた、初井言榮さんと共演されたライオン奥様劇場「嫁姑シリーズ」をよく拝見していました。

市毛:ありがとうございます(笑)。55周年…、そうなんですね。本当に数字に弱くて。

――「お嫁さんにしたい女優ナンバー1」と呼ばれたりも…。

市毛:あれは私自身としては役が頂いた称号だと思っていますから。私が頂いたわけではないと気にはしてないですけど、現実の生活ではなんの役にも立たなかったです(笑)。


――長年さまざまな作品で印象的な役どころを演じてこられましたが、ターニングポイントになった作品を挙げるとすると、どの作品になりますか?

市毛:……いっぱいあるんですけど、一番大きいのは主演でやらせていただいた『間違いだらけの夫選び』(1985年/フジテレビ)でしょうか。その時にみんなで物を作る喜びみたいなものをすごく感じました。私の気持ちをほかの人が自分の気持ちとして語ったりする複層構造なドラマで、みんなで作っていくのが本当に楽しかったんですよね。

――55年の芸能生活の中で、憧れた背中はどんな方ですか?

市毛:昔は先輩だらけの中に新人が1人か2人という、今とは正反対な環境で作品作りをしていたんです。教えてくれる人だらけで、お手本になる背中ばかりでした。

だからこそずっと自信を持てなかったんですよね。こんなすごい人ばかりの中に私みたいな普通の子が紛れ込んじゃダメよねっていうのがずっとコンプレックスだったんです。すごい才能の方ばかりがいらっしゃる中にぽつんと紛れ込んでしまったので、こんな人間がいてはいけないと思いながらも、先輩たちの話が面白いからついて歩いて、いろんなことを教えてもらいました。そういう意味ではすごく幸せな時代だったと思います。

本当は私たちがそういう役割になっていかなければいけないんですけど、時代も変わってしまったし、私たちもそういうふうに育っていないので代わりができていないなと思うこともあります。

――今回の豆原さんのように、若い世代の方との共演も多いですが、離れた世代の方と共演される際に心がけていることはありますか?

市毛:年が上とか下とか考えないので、特にないんです。亡くなった大好きな先輩の佐々木すみ江さんとも20以上年が違ったと思うんですが、尊敬していますから失礼なことはしませんが、割と普通にしゃべっていました。
佐々木さんもそういう感じの方だったので、「あんたさ、絶対年をごまかしてるよね」と言われたり(笑)。ほかにも登山家の田部井淳子さんに対しても、「田部井さん、そんなことしちゃダメだよ」とか言ってましたね。

そういうタイプなので、若い人とも比較的こんな感じで接しています。ある女優さんには彼女が若いころから「市毛ちゃん」と呼ばれているのですが、当時のマネジャーが「市毛さん的にOKなのは分かりますけど、彼女は対外的にまずいんじゃないですか?」と言ったこともあります。外国人がファーストネームで呼び合うみたいな感覚のほうが近いんですよね。

――ずっと変わらぬかわいらしさや美しさを保たれている市毛さんですが、こだわられていることはありますか?

市毛:全然そんなことないんですけど、おかげさまで自由にやらせてもらってますから。こだわりはないですが、不健康なことが嫌いなんです。健康的になりたいというよりも、不健康が嫌い。私の若い頃って芸能人はみんな不健康なことが好きだったんですね(笑)。タバコも吸わない、お酒も飲まない、だからお前はダメなんだって怒られて。だから芝居が下手なんだとすごく言われて、「そうなんだな。タバコ吸ったら芝居が上手くなるのか」と一本もらって吸ったりしましたけど、「やっぱり嫌だな、いらないな」って。そうしたらいつの間にかタバコを吸っちゃいけない世の中になって、健全が普通になった。健全な人には居心地が悪い世界だったのに変わってしまって、その変化に驚いています。

――俳優というお仕事は市毛さんにとってどんなものでしょうか?

市毛:俳優という仕事を一生のものにしようと思ったことは一度もないです。ちっとも上手くならないから辞めなきゃな、もうちょっと目鼻が付いたら辞めようかなと思っていたら、20年、30年と経って、いつの間にかベテランなんて呼ばれるようになってしまって。

自分の中では“映るスタッフ”だという認識ですね。表にバンと打って出るタイプではない。でもスタッフさんの思いを私が代わりに体現して届けるということに関しては、任かもしれないと。スタッフの気持ちを映す立場としてやれるようになって少し楽になった感じがします。

高峰秀子さんもご著書の中で「私たちはたまたま映ってるだけ」と言っていらして、「わかるわ~」と思いました。こんな大女優がそう思ってるんだから、私が思ってもいいよねと思っています。

――映画の中で文子さんは新しいチャレンジをしていきます。市毛さんは今後、どんなことに挑戦してみたいですか?

市毛:目標を立てて何かやることはないんですけど、いま面白いと思っていることを進んでいく中でなにか違うことに出会えたらいいなと思っております。新しいことを知っていくこと、変化していくことが大好きなんですよね。なので、高齢者を年齢で閉じこめようとする今の世の中の圧力がすごくイヤです。「ごめんなさい、そこには乗りません」と思いながら、日々を過ごして新しいことを見つけていきたいです。

(取材・文:佐藤鷹飛 写真:高野広美)

 映画『富士山と、コーヒーと、しあわせの数式』は、10月24日公開。

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