江戸川乱歩賞作家・佐野広実の小説を映像化した『連続ドラマW シャドウワーク』で、長年の暴力により自己を喪失し、すべて自分のせいだと追い詰められている主婦・紀子を演じた女優・多部未華子。これまであまり経験したことないような重い境遇の役に、多部はどう向き合ったのか。

その挑戦の裏には、想定外に明るかったという撮影現場と、自身の価値観を揺るがすほどの新たな発見があったという。

【写真】多部未華子、美しさと透明感あふれる撮りおろしショット!

■「怖いもの見たさ」から始まった、未知への挑戦

 これまで快活でポジティブな役柄のイメージが強い多部だが、本作で演じるのは、夫からの抑圧で季節の感覚さえ失ってしまった女性だ。自身にとって「あまり演じたことがなかった」という悲しい境遇の役。そのオファーは、未知なる領域への好奇心を掻き立てた。

 「普通の主婦に見えるのに、実は裏で壮絶な経験をしていて、さらに逃げ込んだ先では住人たちの“秘密の行い”に直面し、戸惑うことになる……。そういうシリアスなミステリーのオファーをいただくことがなかったので、とても新鮮でした。それに、ほとんど女性だけで演じる現場ってどういう感じなんだろう、という興味もありました。女優さんがたくさん集まったらどうなるのかなという怖いもの見たさのような気持ちもあり(笑)。いろんな意味で挑戦でしたね」。

 演じる紀子は、DV被害の当事者。だが、多部の周囲にはそうした経験を持つ人はいなかった。だからこそ、役作りは想像を絶する。
夫に洗脳され、自分が悪いのだと思い込む心理状態に「信じられないなという気持ちはありました」と正直な戸惑いを明かす。役へのアプローチは、手探りの連続だった。

 「紀子は本当に口数が少なく、脚本にも『……』というト書きがすごく多いんです。喋っていないけれど、何かを感じたり、気づいたり、相手の気持ちに寄り添ったりする。その『……』で語られるシーンの中で、紀子なりの寄り添い方が表現できていたらいいな、と。視線の動かし方一つにしても、監督やカメラマンさんと『もうちょっと目を上げた方が決意に見えるんじゃないか』といった細かな話し合いを重ねて、みんなで思考を凝らしながら作っていきました」。

■想像と真逆の「信じられないくらい明るい」現場

 シリアスなテーマを扱い、張り詰めたシーンが続く。撮影前は「自分のキャラクター的にも、静かで重たい現場になるんだろうな」と覚悟していた。しかし、その予想は心地よく裏切られることになる。

 「もう真逆でした。信じられないぐらい明るい現場で、ずっと楽しかった。特にムードメーカーだったのが、須藤理彩さん、石田ひかりさん、寺島しのぶさん。
人生の先輩であるお姉様たちが、現場をとても盛り上げてくださいました。楽しい会話で場を和ませてくださる中でも、『これってこういうシーンなのよね』と作品についての話もするので、ハッと身が引き締まる瞬間もあって。大御所ってすごいんだなって思いながら過ごしていました(笑)」。

 シェアハウスのシーンでは、待ち時間も皆で円になって座り、会話が途切れることはなかったという。そのほとんどが「言えないことしか話してない」と笑うほど、プライベートな話題だった。

 「『40過ぎたらこうなるよ』とか、年を重ねることの恐怖を話したり(笑)。ひかりさんのお子さんが大学生になられたので、子育ての話を聞いたり。私が子どもを産んでから初めてお会いしたので、『子育てどう?』『時代が違うわよね』みたいな話をたくさんしました。あとは『どこのおかきが美味しい』とか、『明日持ってくるね』とか、本当に他愛もない話ばかり。たまに台本を読んで、みんなで作品について話す、みたいな感じでしたね」。

■「自分って古い人間なんだな」――価値観を揺さぶられた発見

 俳優人生の中でも、今回の現場は特別なものになった。それは、寺島をはじめとする先輩たちが作った空気感の中で、これまで自身が築いてきた“壁”が自然と取り払われたからだという。


 「しのぶさんは『これってこういうことでいいんだよね?』とか、『もう私、緊張しちゃう』とか、ご自身の気持ちを織り交ぜながら現場にいてくださるんです。だから私も『それってそういうことですよね』と聞きやすくなって。今までも言えない現場だったわけではないのですが、私はもともと現場で人と会話をするのがすごく苦手で。今回は、そういう自分の壁を取っ払ってくれる人たちがたくさんいたなと思います」。

 そして、多部を最も驚かせたのは、若い助監督の存在だった。監督に対し、臆することなく意見を述べるその姿に、時代の変化を痛感したという。

 「助監督さんが『俺はこのカットあった方がいいと思うんすけど、どうっすか、監督?』みたいな、すっごく軽い口調で提案するんです。それが結構衝撃で。監督も『なるほど、そういうカットがあってもいいか』と受け入れる時もあれば、『いや、俺はそういう画はいらないから』と返す時もあって。みんなで意見を出し合って、一つのシーンを作っていく。そんな現場は初めての経験だったかもしれません」

 その光景は、自身のキャリアの原点にあった記憶を呼び覚ます。10代の頃に見た、今の時代とは全く違う撮影現場の風景だ。


 「私、かろうじてまだ体育会系の雰囲気が漂う現場を見てきた世代なので。かなり強く当たられている助監督さんとか、スタッフさんの各部署のヒエラルキーもかなりはっきりしている現場をずっと見てきたんです。今思うと、10代であれを見せられていた日々って何だったんだろうなって思うぐらい(笑)。今は本当にそういうことが減りました。ここ1年ぐらいで特に『自分って古い人間なんだな』って身に染みて感じますし、身をもって変なことを言わないようにしようと思います。だから、どんどん喋らなくなると思うんですけど(笑)」。

 「この作品で今後はオープンになれそうか?」と問うと「そういう風になれるキャストの方とまた出会えたらいいな、という他力本願です。はい、他力本願で生きています(笑)」と多部らしいマイペースな回答に周囲もほっこり。

■絶望の先に光を求めて――物語が紡ぐ、再出発のメッセージ

 DV、貧困、搾取――。現代社会が抱える問題を映し出しながらも、物語が描くのは絶望だけではない。自分の人生を諦めていた女性たちが手を取り合い、再出発に向けて力強く一歩を踏み出す姿だ。

 「もちろんエンタメとしてドラマを楽しんでほしいという気持ちがベースにありつつも、この作品を通して、女性のみならず、みんなと協力すれば、まだまだ自分の力で挽回できることもあるんだよ、というメッセージを受け取っていただけたらなと思います」。


 奇しくも今年携わった作品は、本作を含めドラマ『対岸の家事~これが、私の生きる道!~』など、メッセージ性の強いものが多かったという。それは意識的な選択ではなかったが、取材を通して「そういう作品をやりたかった年代なんだなと、人に言われて思いました」と微笑む。

 直感を信じ、常に新鮮な挑戦を求める。そのしなやかな姿勢が、紀子という難役にもがきながらも光を見出していく姿と重なって見えた。彼女たちが紡ぐ魂の物語は、見る者の心に確かな希望を灯してくれるはずだ。(取材・文:磯部正和 写真:高野広美)

 『連続ドラマW シャドウワーク』は、WOWOWにて毎週日曜22時放送・配信(全5話)。

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