1975年に放送がスタートし、愛すべきキャラクターが繰り広げる熱き友情が幅広い世代の心を掴み、昭和の青春ドラマの金字塔となった『俺たちの旅』。このたび主演の中村雅俊がメガホンを取り、初の劇場映画が完成。

老境に差し掛かったカースケたちの物語が、スクリーンに登場する。オリジナルキャストが顔を揃え、人生の味わいを体現していることでも話題の本作。中村をはじめ、秋野太作、田中健、岡田奈々にインタビューを敢行すると、「ものすごく相性がいい」と自認する彼らは終始、息ぴったり。「あの時代だからこそできたことが、たくさんある」という熱気あふれる連続ドラマの撮影秘話や、50年経っても「コイツら、やっぱり変わらない」と愛着を寄せるキャラクターの魅力について語り合ってもらった。

【写真】中村雅俊、秋野太作、田中健、岡田奈々、50年経ってもあの頃のままの輝き!

■ めちゃくちゃだけど、これぞ青春!『俺たちの旅』驚きの撮影秘話

 『俺たちの旅』は、中村演じるカースケ(津村浩介)、秋野演じるグズ六(熊沢伸六)、田中演じるオメダ(中谷隆夫)による青春群像劇。50年前の連続ドラマや3本のスペシャルドラマから過去の映像もふんだんに使った劇場映画では、カースケ、グズ六、オメダ、オメダの妹の真弓(岡田)らの人生を振り返りながら、彼らの「今」を描き出す。

――過去の映像もふんだんに盛り込まれ、当時のカースケたちの熱気やパワーもたっぷりと浴びることができる本作。連続ドラマ撮影時を振り返って、「めちゃくちゃやっていたな」「これぞ青春」と思うようなエピソードがあれば教えてください。

中村:撮影自体、無茶がありましたよね(笑)。

秋野:撮り方も今とはまったく違うからね。

田中:制約がなかったですからね。例えば、線路をどんどん歩いて行ってしまったとしても大丈夫。
そんな時代です。

中村:あの時代だからこそできたことが、たくさんありますね。俺は、桃井かおり演じるかおりの2度目の登場となった回の撮影もとても印象的で。その日は新宿で夜間ロケをして、朝方まで撮影をしていたんです。電車もまだ走っていないので、そこでみんなが帰るとなるとタクシー代も大変じゃないですか。それでどうしたかというと、スタッフも含めみんなで新宿の連れ込み旅館に泊まったんです(笑)。大変な思いもたくさんしたし、無茶をやっていたなぁと感じることもたくさんありますが、今振り返ってみると本当に面白くて楽しかったな、青春していたなと思います。

秋野:改めてシリーズを観返してみると、よくこんなシーンを撮れたなと思うような場面がたくさんあります。今では少なくなりましたが、この現場は長回しが多かったんですよ。それだけ監督も僕らを信用してくれていたんだと思います。例えばしょうちゃん(石橋正次)演じるヤクザがアパートで酒盛りを始めて、喧嘩になったりするシーンがあって、たくさんの人が出入りして、その中で喧嘩が巻き起こる。そういったシーンも、ワンカットで撮っています。
乱闘の振り付けをした人なんていなかった気もするけれど、実にうまくいっているんだよね。

中村:殺陣師はいなかったと思いますね。監督が「ここでこうやって、ここで転がって…」と指示をしてくれて、そのままやった気がします。

秋野:何度もリハーサルした覚えもないの。1、2回練習して、パッと本番だったと思うんだ。トイレの中に誰か入って、かと思えばまた出てきたりと、ワイワイ、ワイワイしてさ。そういったタイミングも、すべてがバチっとうまくいっている。あんな乱闘シーン、なかなかできないぜ。

中村:ワンカメだからこそ、できたことかもしれないですね。役者もいろいろと動くことができたし、監督もすごいことをやってのけちゃうんですよね。

田中:タイトルバック(オープニング映像)で、僕らが新宿コマ劇場前の噴水に入っていくところがあります。あれも無茶ですよね。
撮影許可も取らずに、盗み撮りみたいにしているんだから(笑)。もし今、あんなことをやったとしたら大変でしょう! あそこに映っている街の人たちも、いい年齢になっているでしょうねえ。

中村:俺ら3人が噴水に入って、そこからザバッと出る場面も映っていて。よく観てみるとわかるんですが、俺らの近くにいたお兄さんが「おかしなヤツらがいる。俺は知らんぞ」といった感じで、移動していくんです。びっくりしたでしょうね。

岡田:私はドラマが始まった当初16歳で、高校に通いながら現場に行っていました。フィルムでの撮影も初めての経験で、「わらって」と言われて「笑えばいいのかな?」と思ったりして…。「わらって」というのは、撮影用語で「どいてくれ」ということなんです。「ここは奈々ちゃんナメで撮るから」と言われることもあって、「何を言っているんだろう」と思ったりしていました(笑)。

中村&秋野&田中:あはは!

岡田:そういった撮影用語が飛び交っているのも、とても面白かったですね。そんな中、お兄さん方はいつもやさしく、ニコニコと「学校帰り?」と話しかけてくれました。


田中:奈々ちゃんが来る日は、いつも楽しみでしたね(笑)。

■ 奇跡的なキャスティング!「役者である俺ら3人の相性もよかった」

――連続ドラマでは青春真っ盛りだったカースケ、オメダ、グズ六も、50年後を描く本作では70代に差し掛かっています。どれだけ歳月を経ても、3人が揃うと一気に彼らならではの掛け合いや空気感が漂います。それぞれのキャラクターや、彼らの関係性の魅力を実感したことはありますか。

中村:こうして取材を受けていると、当時のドラマを観ていた記者の方から「カースケやオメダ、グズ六は実在の人物だと思っていました」と言っていただくこともあって。そういったキャラクターになっていたことが、とてもうれしいですね。それぞれの役者がキャラクターとうまい具合に絡み合っていたし、それ以上に俺ら3人の相性もものすごくよかったんだと思います。

田中:この3人でなければ、成り立たなかったよね。それは奇跡的なこと。一人でも欠けていたらこういった作品にはならなかったし、もしも僕らの相性が悪ければ50年も続かないですから。

――50年経っても、田中さん演じるオメダは悩みに悩んでいます。

田中:オメダが悩まないと、物語が進まない(笑)。
カースケとグズ六にはいつもすごい迷惑をかけちゃって。この二人は、いつまでもオメダを心配してくれるんです。そして今回改めて感じたのは、真弓の心の中にはいろいろなことが渦巻いていたんだということ。

岡田:10代の頃の真弓は明るくて、ちょっと気性の激しい子でしたが、本質的には悲しさを持っていて。本作では、そういうものを持っていた真弓がいるんだということがわかります。

田中:僕らが演じたオメダと真弓は、愛人の子だからね。そういった切なさ、悲しさがどこかつきまとうんだよね。

――グズ六は、本作でもやっぱり女性にモテています。

中村:秋野さんが演じたからこそ、そういう役になったんです!

田中:そう!

秋野:やっぱりね(笑)。いやいやいや…、“モテそうにないグズ六が、3人の中で一番モテる”という設定にすると、話が抜群に面白くなるからさ。それは作家のうまさだよね。あだ名の付け方からして、俳優にも「このキャラは、こういうヤツなんだ」「こういう風に演じるんだ」ということがわかるようになっている。
カースケなり、オメダなり、グズ六なり、作家の中にいろいろな布石がきちんとあって、僕らがそれを膨らませていく。この作品はバランスや設定が、本当に面白いんです。

■ 50年前と変わらぬ関係性や、俳優人生の転機を告白

――中村さんは今回、監督としてキャラクターを見つめることにもなりました。3人の“今”や関係性について、どのように感じましたか。

中村:「コイツら、やっぱり変わらないな」と思いました。環境や立場は変わったとしても、オメダにトラブルが起きて、カースケとグズ六がそれに対応しようとするのは50年前も同じだし、そこから友情や絆が見えてくるというのも同じ。ただ全員、老けましたね(笑)。編集をしながら回想シーンも何度も観ていますが、「老けたな」と。でもそこにも、人生の味わいが感じられるんだよね。

田中:それは僕も、感じたよ。

中村:奈々ちゃんとも話していたんだけど、回想シーンを若い俳優さんが演じたりする作品もあるけれど、『俺たちの旅』には50年前と50年後を同じ人が演じていることによって生まれる説得力があるというか。今回は最初から回想シーンを多めに入れようと思っていたので、あえて4:3のテレビと同じサイズで撮ろうと決めていて。スムーズに、回想シーンと現在を行き来できるといいなと思っていました。役者の中でも亡くなってしまった方も多いので、脚本の鎌田敏夫さんも大変だったのではないかと思います。

田中:ワカメ役の森川(正太)くんも亡くなってしまったしね。

中村:ワカメが俺らのことを語ってくれたら、一層3人の輪郭がはっきりするのになあ…と思ったりね。

田中:そういった歴史を考えても、同じ人が同じ役を50年も演じるというのは本当にすごいことだよね。

秋野:みんな昔と比べると「ちょっと老けているな」というくらいで、大して変わっていないよ。「年相応に貫禄がついたな、落ち着いたな」と思うところがあるとしても、すごく若い。この2人(中村&田中)は、カメラが回ったとしても芝居というよりも、自然体で接してくれるんだよね。嘘のないところが、すごくいいんですよ。

中村:秋野さんからすると、俺と健ちゃんは“偉大なる素人”っていう感じかもしれないですね。

秋野:僕は役者って、初心者・ベテラン・芝居の上手い人と三段階あるものだと思っていて。芝居が上手な人っていうのは結構多くいるものなんだけれど、その上を行く人がいるんだよね。上手とか下手を超えて、その人でなければできない芝居をする。これが最高で、2人はその境地に達している人だと思います。

――人生という旅は、出会いと別れの連続なのだなと感じさせてくれる作品でもあります。皆さんにとって俳優人生において転機となったと思うような、大切な出会いについて教えてください。

田中:難しいけれど、やっぱり僕にとっては『俺たちの旅』ですね。この作品に出会っていなかったら、今の僕はいません。連続ドラマの後も『十年目の再会』、『二十年目の選択』、『三十年目の運命』とスペシャルドラマをやることができて、今回は映画『五十年目の俺たちの旅』が完成しました。そしてオメダはまだ何も終わっていなくて、変わってもいない。いつでもオメダに戻れると思うと、すごくうれしいです。

岡田:この世界に入った当初、私は歌を歌っていたんですが、20歳になった頃にこれからは女優をやっていこうと決めました。その後、山本薩夫監督の『あゝ野麦峠 新緑篇』で女工さんの役を演じさせていただくことになって。監督から、「立っているだけで、繭の匂いがするようにしてこい。そうならなければ、カメラを回さないぞ」と言われたんですね。しごかれながら、役になりきることの面白さや、女優というお仕事のやりがいを感じていくことができました。そうやって厳しくしていただいたからこそ、今の私があるんだなと感じています。

秋野:みんな、恵まれたタレント人生だと思うよ。売れなくて困っている人もいる中、天運を持っていると感じるような3人です。きっと潜在的に、そうやって生きていける力があるんだよね。これはどんなに努力をしても身につけられるものではなく、僕もそんなみんなと一緒にこの作品をできてうれしいです。

中村:“まさかの出来事”が起きたと感じているのは、役者としてデビューした自分が、歌を歌うことになった時ですね。『われら青春!』で先生役を演じて歌を歌うことになり、そこから50年以上も続けています。開催したコンサートは、1600回を超えました。役者として生きていこうと思っていたものが、まるでもう一人の自分の道ができたというか、神様がいるとしか考えられないような出来事です。ラッキーだったんですね。『俺たちの旅』も音楽が印象的なドラマですが、始めた当初はまさかここまで人生を感じられる作品になるとは思っていませんでした。青春ドラマの金字塔と言っていただくこともありますが、それは俺らが築き上げたのではなく、観てくださった皆さんの支えがあったからこそ。皆さんの愛に感謝しています。

(取材・文:成田おり枝 写真:米玉利朋子[G.P. FLAG inc])

 映画『五十年目の俺たちの旅』は、1月9日公開。

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