懐かしのアニメ「タッチ」場面写真
日本のアニメーションの歴史を振り返ったときに、「タッチ」の南ほど全世代の男心をくすぐり、女神のように崇められるヒロインは珍しい。明石家さんまも理想の女性像として挙げるなど、非の打ち所のない究極のヒロイン像といえる。地上波放送当時、南の声を務めた日高にも注目が集まり、テレビやラジオでの露出も増えた。三ツ矢曰く、日高は「最初は声優事務所にも所属していない、言ってしまえば崖っぷちアイドルだった」そうだが、南役を得たことによって「キャラクターと声優が同時にスターダムにのし上がった、最初のアニメ・スター」になったという。
双子の兄弟である野球少年の達也・和也と幼馴染の南の3人を軸にした恋愛模様を描く青春群像劇である同作は、地上波放送の終了20年以上経った現在も、その人気に陰りはない。三ツ矢も「アニメが終わって随分時間が経つけれど、未だに三ツ矢と日高のコンビでセット販売されているのが嬉しい」と需要の多さに大喜び。しかし日高には、当時人知れず心に秘めていた苦悩があった。日高に放送当時を振り返ってもらうと「浅倉南は絵の中のキャラクターなのに、皆さんが現実の私と南を混同して見ていることに対しての戸惑いがありましたね」と意外な感想を口にする。あるとき、こんなことがあった。
「サイン会にやって来た高校球児の方から『浅倉南としてサインをしてほしい』と言われたり、テレビ番組でも『日高さん』ではなく『南ちゃん』と呼ばれて、誰も私の名前を知らないのではないかと不安になったことも」。実像のない南の背中を必死に日高が追う、そんな日々だった。ラジオパーソナリティをしていたときも「私のラジオでの発言に対して、あるリスナーの方から『南ちゃんのイメージが崩れるから、ラジオを辞めてほしい』という葉書が届いた」そうだ。それは日高のアイデンティティにも影響を及ぼした。「アニメ以外の番組でも、南としてナレーションをお願いされることも多くて、毎日南を演じる中で一体自分は誰なのかと、自分を見失うこともありました」と明かす。
「タッチ」での共演以来、公私共に仲が良い三ツ矢も、日高の苦悩を間近で見てきた。「個人とキャラクターは別物と思って演じているけれど、ファンの方は思い入れが強い。特に声優は生身で演じる俳優さんとは違うから、常にキャラクターを求められてしまう。それは嬉しいことでもあり、歯がゆいことでもある」と当時の日高の心境を代弁する。しかしその一方で、生涯を共にする役柄に出会える声優は果たして何人いるのだろう。もちろん日高自身、それは理解している。そして今ではその幸せを噛み締め、苦悩した時期を含めて「貴重な青春時代の思い出」と懐かしむ。
今回のCMナレーションにも「アフレコスタジオにあるマイクの前で三ツ矢さんと決まったセリフを喋ったときに、当時のことを色々と思い出しました」と感慨深げな日高は、HD版放送では若い人のリアクションが気になるという。「現代のアニメとは違って、人が手で描いているという水彩画のような温かさのある作品。『タッチ』には悪人が一人もおらず、アフレコを終えた後は清々しい気分になったのを覚えています」と魅力を語るその笑顔に、南以上の輝きが宿っていた。