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そんな本作の雰囲気をより引き立てるのが、要所要所で添えられたシンプルなピアノの旋律だ。作曲を担当した菅野よう子は、映画音楽をはじめ、CMやアニメ、ゲームサウンドなどあらゆるジャンルの音楽を手がけてきた日本を代表する作曲家である。代表作には『カウボーイビバップ』『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』『マクロスF』などがあり、近年では第62回NHK紅白歌合戦オープニングテーマ『1231』やNHK東日本大震災プロジェクトのテーマソング『花は咲く』を作曲したことでも知られている。
『ペタル ダンス』の音楽がどのようにして生まれたのか。その作曲法や音楽のルーツに至るまで、菅野よう子本人に話を聞くことができた。
石川監督と菅野よう子が一緒に仕事をするのは、『ペタル ダンス』が初めてではない。菅野は石川監督が過去に製作した『tokyo.sora』『好きだ、』でも音楽を担当しており、10年以上にわたる付き合いなのだ。それゆえにお互いの仕事のやり方はよく理解しており、今回も「監督は先にスタッフを押さえることが多いんです。脚本ができあがる前からお話自体はいただいていて、そのときはまだプロットもない状態。それから何だかんだで3年くらい経って、映像を撮り終わってから具体的なお話をしました」のだという。 しかし、音楽に関して話がすんなりとまとまったわけではなかった。
「映像を見て、これは音楽がほとんどなくてもできあがってるなと思いました。なるべく楽器をたくさんは使いたくなくて、ピアノだけにしたかったんです。でも監督は風の音を表現するのにストリングスを使いたかったみたいで、意見が分かれたんですね。ただ私としてはピアノだけで風の音を表現する手法はあるから、ここはちょっとやらせてほしい、とお願いして」。
そうやって完成した音楽は、『ペタル ダンス』の世界観にぴたりとはまったものでありながら、決して主張しすぎず、4人の旅にそっと寄り添うかのような、心に染み渡るものとなった。
「映画音楽ってどうしてもその場面を説明してしまうんです。今この人は落ち込んでいますとか、次にこんな怖いことが起きますとか。でも今回はそれをあやふやなままにしておきたかった。この映画は4人の女性によるロードムービーですが、彼女たちの旅がまるで生きる練習をしているかのように思えたんですね。だからそれをピアノのエチュード(練習曲)で表現したかったんです」。
石川監督の世界観を見事に音楽で表現した菅野よう子は、映画音楽の作曲について「亭主関白な夫に寄り添う妻のようなもの」と独特な言葉で表現する。
「映画は2時間という尺があって、お客さんはチケットを払ってその監督の世界を見にくるわけですよね。
「電車や車に乗っているとき、風景が流れているときに出やすいかな。でも作ろうと思って作ることもありますし、発注されたその場で作ることもありますよ。映画もそうですが、第一印象をすごく大事にしていて、フレッシュな気持ちで作ったもののほうがよかったりもするんです。あとになるほど、これでいいのかな? とか自己批判も出てきますし」。
いつでも曲を生み出せる――まさに天性の作曲家と呼ぶべき菅野よう子だが、そんな彼女のルーツとなったものはなんだったのか。
「私自身は宗教はやってないのですが、幼稚園がキリスト教系だったので賛美歌を歌わされていたんです。テレビを見るよりも前で、それが音楽の原体験になっていますね」。
最後に好きな映画を聞こうとしたところ、「映画は見ないんです」という意外な答えが返ってきた。
「仕事ならいいんですが、それ以外だと映画もアニメもゲームもダメなんです。コンサートも苦手で、2時間が耐えられない。唯一、バレエやミュージカルはわりと好きですね。本は読むのですが、マンガはダメです。どう読めばいいかわからなくて……想像力を働かせられないものがダメなのかもしれません。完成されたものが苦手なんです」。
常にクリエイター目線であること。常に想像力を働かせること。それが菅野よう子の作曲の原点なのだ。(取材・文・写真:山田井ユウキ)