構想17年、準備期間8年、撮影に3年を掛けた大作『グランド・マスター』(5月31日公開)で、実在の達人イップ・マンを演じたトニー・レオン。自身もカンフーの特訓に4年を費やした労作とともに2009年以来となる来日を果たした。
アジアを代表する俳優が語る、47歳で挑んだカンフー、盟友ウォン・カーウァイ、そして映画と人生。

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 トニー演じるイップ・マンはブルース・リーに詠春拳を指導した人物として知られる。トニーは「私の世代の人たちはみなブルース・リーが好きだと思います」と語り、撮影にあたってはイップ・マンだけでなくブルースに関する資料も読み込み、「2人を混ぜ合わせた感じ」で役作りを行ったという。

 資料を通じ武術家たちに迫ろうとする中、トニーが着目したのはその精神性。初めてイップ・マンの写真を目にした時も「とても優雅で知性が高い人という感じで、カンフーの達人という感じはしませんでした」と印象を語る。武術家たちに覚えた気品、その訳を実際に修業を積んだ上でトニーは次のようにいう。「カンフーの達人というのは単にカンフーが凄いというだけではないんです。それは武道の文化を持つ日本人の方が理解しやすいかもしれません。カンフー・武術というのはそのものだけでなく、知能の訓練・精神的なものもあるし、人生を啓発していくものだと思います。ブルース・リーも様々な勉強をし、彼の哲学や思想でもってカンフーの説明をしています。他にも北方の武術家、宮本武蔵の本も読みました。武術家の感じ方というものにすごく興味を持ったんです」。


 修行を通じ、トニーは武術家たちの心の在り方を理解していった。「トレーニングをすることで自尊心というものが生まれたし、カンフーが生活の一部になりました。戦いは相手とのハーモニーで、相手に勝つ・叩きのめすという欲望ではなく、平穏な気持ちでやらなければなりません。でも1、2回キックを出しているうちにそういうことは忘れてしまいますから、言うのは簡単でも実際に戦うと難しい。武術家の見た目や型の真似はできても、精神的なものがついていかない。武術家というのは凄いと思います」。 役作りを通じ本当に武術家の心境に達してしまったかのトニーだが、受け売りで言っているだけと謙遜する。「映画の撮影は自分の楽しみだと思っていて、プラモデルを作るようにその過程が楽しい訳です。出来上がってしまえば後はどうでもいいというか、作っている過程が好きなんです。出来上がったらもう置いておくだけで、また次、また次という感じで。映画もそうです。辛いことも楽しいこともありますが、出来上がったらそんなことは忘れてしまいます」。


 “役を生きる”という言葉があるように、撮影に身を置きそれを楽しむと語るトニーだが、本作では雨の中での撮影が夜7時から翌朝7時まで50日も続けられたといい、「過去30年の中で一番大変だったシーン」と述懐する。しかしそんな撮影を乗り越えることができたのも、盟友あるいは戦友というべきウォン・カーウァイとの関係があればこそ。「彼とはすごく縁があったし、暗黙の了解ができている相手です。初めて仕事をした時からとても楽しく仕事ができたし、それから20年、なかなかこれだけ相手を信頼できるというのはないことだと思います。いつも仕事をする時、彼とは全然話し合いなんてしないんです。資料をもらって、それを私が自分の中で吸収して現場でやるという。でも、それは絶対的な信頼と2人の間で暗黙の了解があるからです」。

 映画制作をプラモデル作りにたとえ、その過程が何より楽しいというトニーは、俳優として生きる中で自身の人生観も確立してきた。「過去は振り返らないし、過去の荷物を背負いたくないというか。撮影している時はそれに専念して、それが終わればまた新しいスタートが始まるという感じです。今まですごく成功した作品、成功した役柄があってもそのことは気にせず、新しい作品に入る時は新しい気持ち、新たな気持ちでそれに向かいます」。
 
 また、映画作りについては次のような見解も示す。
「やはり映画というのは縁だと思います。多くのものを自分ではコントロールが出来ないので、来たものをやるというか。私の場合は自分から『これをやりたい」と言い、やったことはないんです。ですからもう、全て縁だと思っています。自分でもカンフー映画を撮るだなんて思ってなかったし、これも縁です」。

 国境を跳び越え広くアジアを舞台に活躍するトニーはスターとしての縁に恵まれ、没頭して役を生きる姿勢が、そうした縁を引き寄せてきたのかもしれない。(取材・文・写真:しべ超二)
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