『ロード・オブ・ザ・リング』3部作で世界的な名声を獲得した後も『ヒストリー・オブ・バイオレンス』や『ザ・ロード』などハリウッドのメジャー大作とは一線を画した秀作に次々と出演し、今やミステリアスなカリスマ性を帯びた個性派俳優として唯一無二の存在となったヴィゴ・モーテンセン。そんな彼がかつて3歳から11歳までの少年時代を過ごし、そこでの満たされた思い出から“第二の故郷”と呼ぶ南米・アルゼンチンで主演を果たした最新作『偽りの人生』の公開に合わせ、電話インタビューに応じてくれた。


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 何一つ不自由のない自分の生活に虚しさを覚えた一人の医師が、ある日長い間音信不通となっていた破天荒な双子の兄と再会し、その人生を交換しようと画策したことで巻き起こる運命の顛末をサスペンスフルに描いた『偽りの人生』で、ヴィゴは4本目となる全編スペイン語での演技、更に見た目は同じだが性格はまるで正反対な双子を一人二役で演じ、兄弟の微妙なニュアンスの違いを見事に表現している。今回の作品を「非常にチャレンジングで興味深い経験だった」と話すヴィゴだが、出演を決める上でどんな点に興味を惹かれたのだろうか。

 「まずはとにかく脚本の内容に魅了されたんだ。俳優として性格の相反した双子の兄弟を演じるという点に面白さを感じた事も大きいが、何よりこの作品は僕が普段から感じている人生のさまざまな興味や疑問が凝縮されているストーリーだと思った。僕が出演作を選ぶときに基準となるのは、登場人物の知られざる闇の部分や二面性がどれだけ深く描かれているかという点だ。それは何も特殊な世界での話などではなく、誰しもが家族や上司などと会った場合にそれぞれに応じた自分を演じて過ごしたりするよね。でも、その瞳の奥には必ず誰にも見せていない「本当の自分」というものがあるはずだ。この作品はそんな人間の隠された面を非常に巧みに描いていると思ったんだ」

 監督は今回が長編デビュー作となるアナ・ピーターバーグ。ある日偶然プライベートで監督と出会う機会があった際に、本作のプロットを聞いたことがきっかけで「その内容が忘れられなくなった」と話すヴィゴだが、過去に短編やTVドラマを数本撮っただけの新人女性監督の作品、しかもハリウッドから遠く離れたアルゼンチンに赴いてまで出演するという事に不安などは感じなかったのだろうか? 「いや、特に不安などはなかったよ。実はこの作品は資金集めの関係で撮影に入るまでに約3年ほどの時間が掛かっているんだが、その間にアナとは何度も映画の内容に関してディスカッションを重ね、結果としてお互いを非常に深く理解することができた。こういったやり方はデヴィッド・クローネンバーグ監督(『イースタン・プロミス』『危険なメソッド』)と一緒に仕事をする時のプロセスと非常に良く似ていると思ったね。スタッフとキャストのチームワークも良く取れていたし、万全の体制で撮影に臨めたよ。
撮影の初日には彼女はこれが長編デビュー作とは思えないくらい落ち着いた監督ぶりを見せていたね」

 多感な少年期を過ごしたアルゼンチンを訪れる度に「まるで家に帰ってきたような良い気分になる」と話すヴィゴだが、一方でアルゼンチンという国は、2011年に『瞳の奥の秘密』がヒットを記録したものの、多くの日本人にとって文化的にも距離的にも非常に遠い存在であることは否めない。しかし彼はアルゼンチンと日本に「非常に似通ったものを感じる」と言う。

 「日本と同様にアルゼンチンも小説や音楽など文化面に於いて、非常に長い歴史を持つ国だ。更に感情の表現に関しても日本ほど奥ゆかしさはないかも知れないが、心の奥に密かな思いを忍ばせることを重んじるといった点で、他の南米の国とは少し違った面があると思う。僕は、そんなアルゼンチンという国の抑制された文化がとても好きなんだ。『瞳の奥の秘密』も今回の『偽りの人生』も、そういった意味ではどちらも登場人物の心に被せられた「仮面」の存在を描いたという点で、非常にアルゼンチンらしい感情が描かれた作品だと思う。多分こういった表現は、他のどんな国よりも日本人が深く理解し、共感してもらえるんじゃないかな」

 多忙なスケジュールの都合により今回は残念ながら来日が果たせなかったものの、過去に訪れた際に出会った親切なファンや様々な人々との温かい交流が深く心に残っているというヴィゴは「必ずまた近いうちに日本に行くよ」と約束してくれた。そんな彼の情熱やこだわりが込められた『偽りの人生』の演技をじっくりと鑑賞することで、これまでとは違ったヴィゴの繊細な「心の仮面」の奥に思いを馳せてみるのも一興では?(取材・文:加藤岳吉)

 映画『偽りの人生』は7月12日より公開
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