映画『渚のシンドバッド』『ぐるりのこと。』などで知られる橋口亮輔監督が撮影期間3日、総製作費220万円で完成させた中編映画『ゼンタイ』。
【関連】“ゼンタイ”こと全身タイツで『ゼンタイ』インタビューに応じる橋口亮輔監督
橋口監督が“ゼンタイ(全身タイツ)”に出会ったのは、6年ほど前。今回の映画製作をきっかけにその記憶をたぐり寄せ、本格的に取材を始めた結果、思いもよらぬ“ゼンタイ”の奥深さに気付いたという。その奥深さとは一体何か? 橋口監督本人がゼンタイ姿で伝道師のごとく教えてくれた。
橋口監督が“ゼンタイ”に遭遇したのは、インターネットの動画サイトにて。全身を布で覆う、という姿は一瞬にして脳裏に焼きついた。「秋葉原系のコスプレとも違うし、性的なフェチズムのようでもある。そもそもタイツ姿の一体何がいいのか全く謎でした。“ゼンタイ”が全身タイツの略であることも後々気づいたくらいですから」とカオス状態でのファーストコンタクトを思い返す。それでも「“ゼンタイ”姿のビジュアルが映画のポスターに使われていたら、相当なフックになるだろうと思った」と演出家としての琴線に触れるのには十分過ぎるインパクトを“ゼンタイ”は持っていた。
それから6年の月日が流れ、製作費220万円で撮影期間3日間のワークショップ用映画製作の話が橋口監督のもとに舞い込む。ローバジェットかつタイトなスケジュール。
驚くべきことに“ゼンタイ”発祥の地は日本だった。「“ゼンタイ”は世界共通語なんですよ。 その言葉を生みだしたゼンタイ師匠と呼ばれるマーシー・アナーキーさんという方がいらっしゃるのですが、子供のころにお母様が亡くなられたときに遺品のパンストをかぶったところ、生地からお母様の匂いがしたそうです。それ以来パンストを身にまとうようになり、思考錯誤を経た結果、現在の形の“ゼンタイ”へと進化を遂げたそうなんです」とその意外なルーツを明かす。 “ゼンタイ”には「腕をこすると振動によって思いもよらないところの感覚が刺激されるし、視界が遮られているので感覚がより研ぎ澄まされる。全身でスリスリしあってドライオーガズムを感じることができる」という性遊戯の側面もあるが、本質はかなり深い。「人間は職業、肩書き、地位など様々なものを背負って生きているけれど、“ゼンタイ”という布で全身を覆うことによって、それらの荷物がすべて消える。
演出面でも驚いたことがある。橋口監督は「俳優たちが“ゼンタイ”姿になると、顔の表情が見えなくなってしまうので『オーバーな表現で芝居をするように』と指示をしたんですが、実際はその逆。ちょっとした動きでもその人の内面が出てしまう」と証言。また「40代の女性に黒い全身タイツを着せたら陽気に踊りだし、顔は綺麗だけれど自分に自信がなく芝居も固かった女性は、着た瞬間なめらかに動きだす。俳優志望の男性は、脱いだ後に遠い目をしながら『平和でした』と言っていました。人間が様々なものを背負って生きているということを、たった1枚の布が教えてくれるとは思いもしなかった」と“ゼンタイ”が精神に及ぼす影響の大きさを物語る。
本作から得たものは、もちろん“ゼンタイ”の奥深さだけではない。エチュードから脚本を作成したのも、オムニバス形式なのも、橋口監督にとっては初の試み。
そうなると期待されるのが新作長編だ。橋口監督は2008年以降長編を撮っていないが「実は今年中に1本、撮ろうと考えています。規模の大きい作品ではありませんが、今回の『ゼンタイ』から得たものを、もっと突き詰めた形で作ってみたい」と前向きに語る。邦画界の数少ない貴重な映画作家は、今の時代に何を投げかけてくれるのだろうか? 期待は高まるばかりだが、まずはその序章ともいえる『ゼンタイ』の公開を待ち望みたい。
映画『ゼンタイ』は8月31日より、テアトル新宿にてレイトショー公開。第32回バンクーバー国際映画祭への正式出品も決定した。
俳優事務所主宰のワークショップから生まれた全6話のオムニバス作品で、全身タイツ愛好家たちの集まりを軸に日常の些細な出来事から生まれるドラマを描き出す。
【関連】“ゼンタイ”こと全身タイツで『ゼンタイ』インタビューに応じる橋口亮輔監督
橋口監督が“ゼンタイ(全身タイツ)”に出会ったのは、6年ほど前。今回の映画製作をきっかけにその記憶をたぐり寄せ、本格的に取材を始めた結果、思いもよらぬ“ゼンタイ”の奥深さに気付いたという。その奥深さとは一体何か? 橋口監督本人がゼンタイ姿で伝道師のごとく教えてくれた。
橋口監督が“ゼンタイ”に遭遇したのは、インターネットの動画サイトにて。全身を布で覆う、という姿は一瞬にして脳裏に焼きついた。「秋葉原系のコスプレとも違うし、性的なフェチズムのようでもある。そもそもタイツ姿の一体何がいいのか全く謎でした。“ゼンタイ”が全身タイツの略であることも後々気づいたくらいですから」とカオス状態でのファーストコンタクトを思い返す。それでも「“ゼンタイ”姿のビジュアルが映画のポスターに使われていたら、相当なフックになるだろうと思った」と演出家としての琴線に触れるのには十分過ぎるインパクトを“ゼンタイ”は持っていた。
それから6年の月日が流れ、製作費220万円で撮影期間3日間のワークショップ用映画製作の話が橋口監督のもとに舞い込む。ローバジェットかつタイトなスケジュール。
制限された中で、映画として何を語るべきか。思い浮かんだものこそ、あの“ゼンタイ”だった。起用する俳優は無名の若手を中心とした41人。グループ分けしたチームにそれぞれ「草野球」「コンパニオン」「レジ店員」などのお題目を与え、エチュード(即興)形式で物語を作成。そこから同時進行で“ゼンタイ”取材を敢行していった。
驚くべきことに“ゼンタイ”発祥の地は日本だった。「“ゼンタイ”は世界共通語なんですよ。 その言葉を生みだしたゼンタイ師匠と呼ばれるマーシー・アナーキーさんという方がいらっしゃるのですが、子供のころにお母様が亡くなられたときに遺品のパンストをかぶったところ、生地からお母様の匂いがしたそうです。それ以来パンストを身にまとうようになり、思考錯誤を経た結果、現在の形の“ゼンタイ”へと進化を遂げたそうなんです」とその意外なルーツを明かす。 “ゼンタイ”には「腕をこすると振動によって思いもよらないところの感覚が刺激されるし、視界が遮られているので感覚がより研ぎ澄まされる。全身でスリスリしあってドライオーガズムを感じることができる」という性遊戯の側面もあるが、本質はかなり深い。「人間は職業、肩書き、地位など様々なものを背負って生きているけれど、“ゼンタイ”という布で全身を覆うことによって、それらの荷物がすべて消える。
内面がより表現されて自由になるんです。ただし自分自身が消えることはなく、布の中では自分自身を濃厚に意識している。“ゼンタイ”は変態的ではなく、突き詰めると哲学的でもあるんです」と予想外の効果を説明。さらに「能から始まり、ウルトラマンや戦隊ものに代表される着ぐるみなど、日本には隠すことで内面を表現する文化が古くから存在している」と指摘する。
演出面でも驚いたことがある。橋口監督は「俳優たちが“ゼンタイ”姿になると、顔の表情が見えなくなってしまうので『オーバーな表現で芝居をするように』と指示をしたんですが、実際はその逆。ちょっとした動きでもその人の内面が出てしまう」と証言。また「40代の女性に黒い全身タイツを着せたら陽気に踊りだし、顔は綺麗だけれど自分に自信がなく芝居も固かった女性は、着た瞬間なめらかに動きだす。俳優志望の男性は、脱いだ後に遠い目をしながら『平和でした』と言っていました。人間が様々なものを背負って生きているということを、たった1枚の布が教えてくれるとは思いもしなかった」と“ゼンタイ”が精神に及ぼす影響の大きさを物語る。
本作から得たものは、もちろん“ゼンタイ”の奥深さだけではない。エチュードから脚本を作成したのも、オムニバス形式なのも、橋口監督にとっては初の試み。
「若い役者さんたちとこのような形で映画を作った経験はなかったし、ある意味実験でもありました。コメディータッチでもあり、長回しで芝居を見せながら、いかに面白くするか。自分でも新境地だと思うし、このようなスタイルをもっと進化させたい」と新たな映画製作に意欲を燃やす。
そうなると期待されるのが新作長編だ。橋口監督は2008年以降長編を撮っていないが「実は今年中に1本、撮ろうと考えています。規模の大きい作品ではありませんが、今回の『ゼンタイ』から得たものを、もっと突き詰めた形で作ってみたい」と前向きに語る。邦画界の数少ない貴重な映画作家は、今の時代に何を投げかけてくれるのだろうか? 期待は高まるばかりだが、まずはその序章ともいえる『ゼンタイ』の公開を待ち望みたい。
映画『ゼンタイ』は8月31日より、テアトル新宿にてレイトショー公開。第32回バンクーバー国際映画祭への正式出品も決定した。
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