森田剛が殺人鬼を演じる衝撃作『ヒメアノ~ル』。その逃げ場のない恐怖は、映画の枠を越えて観る者の心に入り込み、気が付けば、ムロツヨシ演じる冴えない中年男・安藤の馬鹿げた行動だけが心のよりどころになってくる。
原作を読んで、「ぜひじゃない、絶対出たい!」と安藤役を懇願したというムロに、まずは「恐怖を緩和してくれてありがとう」と心の中で御礼を言いつつ、本作への熱い思い、森田との共演などについて話を聞いた。

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 『行け!稲中卓球部』『ヒミズ』などで知られる古谷実の衝撃コミックを実写映画化した本作は、ありふれた日常に潜む殺人鬼の恐怖を描いたサイコ・サスペンス。ビル清掃会社で働く青年・岡田(濱田岳)と変わり者の先輩・安藤(ムロ)が織り成す普通の日常と、欲望のままに殺人を重ねるサイコキラー(森田)の深層を描く狂気の世界を、『純喫茶磯辺』『麦子さんと』などの俊英・吉田恵輔監督が対比的に描く。
 
 平和と狂乱がシフトチェンジする斬新な構成に度肝を抜かれる本作だが、これについてムロは、「本当は前半の平和な日常で終わればいいんですが、悔しいかな、喜劇の裏には悲劇がある、ということを改めて教えられますね」としみじみ。「小さな恋物語であるはずが、隣に殺人鬼がいた、という悲しい話。でも、他人事じゃなくて、僕らにもいつ悲劇が降り掛かってくるかわからない、それが現実ですからね」と、社会の二面性を憂慮する。

 それにしても、森田が演じる殺人鬼の恐ろしさは尋常じゃない。「これはいい意味ですが、“なんてハマリ役なんだろう”って思いましたね。演技とはいえ、彼の狂気に本気で恐怖を感じました。森田くんは、あまりみんなでワイワイやるタイプではなく、自分の世界をしっかり持っている人なので、より説得力が生まれたんじゃないかな」と称賛。

 さらに、「芝居で褒められようと思っていない。褒められることを、むしろあきらめている。
そこが森田くんの最大の武器」と分析をするムロ。「僕はまだ、心のどこかで褒められたいと思っている40歳ですが(笑)」とおどけてみせながらも、「森田くんはそういう気持ちがゼロだから、あの役を凄く魅力的なものにしている」と力を込めた。 その、森田演じる殺人鬼と対極にいるのが、ムロがノドから手が出るくらい欲しかった役、安藤だ。奇声は発するけれど、目が死んでいて無表情、という見るからに変な人。「原作はもっと表情豊かな人なんですが、相棒役の濱田くんや吉田監督と現場に入ったときに、これかなって。その時の自分の感覚にまかせて判断しました」と照れ笑い。

 しかし、完成作品を観た限りでは、安藤の奇抜な言動、行動、髪型?は、恐怖に溺れそうな観客にパーンと浮き輪を投げてくれる、そんな存在にも思えてくる。「安藤は、犯罪者一歩手前のピュアな男。チェーンソーは買って家に置いてあるんですが、使わない。使わないけど、“切っちゃうかもよ!”と脅かす恐さもある」と、結局得体の知れない存在なのだが、いわゆる「悲劇の裏に潜む喜劇」、その象徴ということか。

 今回、シリアスな演技も随所に披露しているムロ。「口では喜劇役者と言っていますが、本当は、笑いが一切ないシリアスだけの自分も観てみたい」と語る。
そんなムロと主演の森田、そして一番ノーマルな青年を演じた濱田との間に、いったいどんな化学反応が起きるのか。役者同士のぶつかり合いも、見応えのある作品だ。(取材・文・写真:坂田正樹)

 映画『ヒメアノ~ル』は5月28日より全国公開。
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