映画『Seventh Code セブンス・コード』(2013年公開)、『散歩する侵略者』(2017年公開)に続き、黒沢清監督が女優の前田敦子と3度目のタッグを組んだ最新作『旅のおわり世界のはじまり』が公開中だ。かねてから、「誰とも交わらず、1人ぽつんとフレームに写るだけで存在感を出せる女優」として前田を高く評価していた黒沢監督が、プロットの段階から彼女をイメージしていたという本作への思い、さらにはその撮影の舞台裏を振り返った。


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 本作は、日本・ウズベキスタン国交樹立25周年と日本人が建設に関わったナボイ劇場完成70周年を迎えた2017年に製作された、両国の記念すべき合作映画。テレビ番組の取材でウズベキスタンを訪れたレポーターの葉子(前田)が、異国の地でさまざまな出来事を体験しながら成長していく姿を描く。加瀬亮、染谷将太、柄本時生が葉子に帯同する撮影クルー役で参加し、ウズベキスタンの人気俳優アディズ・ラジャボフが通訳兼コーディネーター役で出演している。

 もともとシルクロードに強い関心を抱いていた黒沢監督は、「ウズベキスタンの首都タシケントや古都サマルカンドなど、かつて交易で栄えた都市にとても興味があったので、僕にとってはまたとない機会だった」と笑顔を見せる。条件は、「ナボイ劇場を必ず使うこと。それ以外は自由に撮っていい」とプロデューサーから聞かされ、黒沢監督は、逆算式でプロットを構築した。

 「まず、2時間程度で、歴史を踏まえたこの国の『今』を描くことはとうてい無理。ならば、テレビの旅番組ならどうか。しかも、バラエティー寄りの女性レポーターと撮影クルーなら、表面を上手にすくい上げて、面白い体験記ができるのではないか。そして、主人公の葉子は、体を張ったレポートをこなしながら、密かに『歌手になりたい』という夢を持ち、ある日、導かれるようにナボイ劇場にやってくる」…そんなイメージでプロットを組み立てていた黒沢監督は、いつの間にか、主人公の葉子を“前田敦子”でイメージしていたという。

 「未知の国ウズベキスタンと独りで対峙できる女優は、前田さん以外に考えられなかったですね。何ともいえない『孤独感』と言うか、ある種のタフさも含んだ実存感が彼女にはある。
日本の典型的な主演女優ですと、全体を大きく包み込むことが求められる場合が多いのですが、彼女はそんなことは絶対にしない。むしろ、ほかとは一切協調せず、しっかり一線を引く。そこが彼女の最大の魅力」と、前田の稀有(けう)な個性を絶賛。「今回は特に、前田さんありきの企画だったので、ほとんど彼女のドキュメンタリーを撮っているようでした。絶大な信頼をおいていたので、彼女がごく自然に演じてくれればそれがベスト。それくらい信じていました」と強調する。 この映画はある意味、何でもありのノンジャンルの映画。いわゆるレンタル店に行って、どこを探していいか迷ってしまう多面的な異色作だ。「起承転結もなく、主人公1人の視点に絞ったいろんなエピソードが串団子のようにつながっている物語。だから、何が起こっても唐突に感じられると思います。でも逆に、その唐突感を楽しんでいただけるとうれしい」と黒沢監督はアピールする。

 さらに、「僕自身も、近年、映画祭を含め、いろんな国へ行く機会があるので、そのときのエピソードも、かなり脚本に盛り込みました。
バスに乗って迷子になったり、現地のテレビニュースで日本の災害映像を見てパニックになったり…。実際、フランスで東日本大震災の映像を観たときのショックは、計り知れないものがありました。劇中、葉子もそれに近い経験をしますが、遠く離れた外国で災害や事件を見ると、日本にいるとき以上にネガティブに捉えてしまうんですよね」と述懐した。

 ウズベキスタンという未知の国で、約1ヵ月間にわたりロケが行われた本作。「今振り返ってみると、思いのほか自分が素直に表れた作品になった」としみじみ語る黒沢監督。「自分の旅の経験がいくつか入っていることも大きいですが、一番の決め手は、『撮影クルーを撮影している僕たちも、撮影クルー』という構成で映画を撮れたこと。出演者とスタッフが自然に渾然一体となってくるんですが、ふと気がつけば、僕がまだ、8mm自主映画を撮っていた学生時代の気分に戻っていた。あのころはまさに、俳優も監督もスタッフも関係なく、自分がやれることは何でもやっていましたからね」。そう目を細めながら、懐かしい日々に思いを馳せていた。(取材・文・写真:坂田正樹)

 映画『旅のおわり世界のはじまり』は公開中。
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