若手実力派女優の芳根京子が、映画『ファーストラヴ』で証言を二転三転させる父親殺しの容疑者という難役にトライ。鬼気迫る怪演で、見る者をくぎ付けにする。
拘置所にいる女性を演じるためにほぼすっぴんで臨んだ芳根だが、本作の撮影を振り返ってもらうと「拘置所にいるならばメイクをしていたら変ですし、役を演じるためには、自分の声帯や見た目など使えるものはすべて使いたい」とキッパリ。「メイク時間も15分くらいで済むので、楽でうれしかったです」と言い切るなど、かれんな笑顔の裏側に潜む女優魂が浮かび上がった。
【写真】芳根京子、大人の女性の表情 “ほぼすっぴん”で挑んだシーンの写真も
■難役のオファーに「やった!」と喜び
本作は、島本理生の直木賞受賞作である同名小説を堤幸彦監督が映画化したサスペンス・ミステリー。芳根が演じたのは、父親殺しの容疑者の女子大生・環菜。逮捕されながらも「動機はそちらで見つけてください」と挑発的な発言を放ち、突如怒ったかと思えば不気味に笑い出したりと、真意のつかめない言動の数々で、事件を取材する公認心理師の由紀(北川景子)らを翻弄(ほんろう)していく。極めて難易度の高い役柄に感じるが、環菜役のオファーが舞い込んだときに芳根は喜びを感じたという。
「脚本を読ませていただいて、“やった!”と思いました。堤監督の作品で、周囲のキャストの方も素晴らしい方ばかり。その中でこんなに重要な役をやらせていただけるなんて、うれしい!と思いました。でも少し心を落ち着けて、2回目に脚本を読んだときには“これをやるのか。どうしよう…”と現実的になったりして」と笑いながら、「ものすごくプレッシャーも感じました。でもこの役が私の手元に来たということは、少なくとも何人かの方は、私にこの役ができると思ってくださっている。
そう思うと、とてもうれしくて。それが救いとなって、この役をお受けしないという選択肢はありませんでした」と力強く語る。
「環菜がどういう存在になるかによって、この作品の色も決まる」と覚悟したという芳根。「堤監督とは、“ゾクっとするような違和感のある女性になったらいいな”というお話をしていました」と監督とも相談しながら役作りに挑んだ。ストーリーが進むにつれて次第に明らかとなるのは、環菜の過去と、心の傷。痛みを背負った環菜として過ごす時間は「想像以上に辛かった」そうで、「撮影が終わった後も、私の中で過去一番、引きずった役。いつもは母と外食して“終わったね”と話したりすると、ピリオドを付けられるんです。でも今回はずっとモヤモヤしたものがあって。ほかのことをしていても、ずっと環菜に引っ張られてしまうような感覚がありました」と得難い経験をしたという。
■想像もしていなかったところで出た涙――北川景子への感謝
「あふれる感情を抑えずに臨んだ」という芳根の表現力の豊かさをたっぷりと感じられる作品となったが、北川景子演じる由紀と環菜が対峙(たいじ)する“最後の面会室”のシーンは、とりわけ印象的な場面だ。涙の応酬となる壮絶なシーンだが、芳根は「あんなに涙が出るとは思っていなかった」と照れ笑いを見せる。
台本にも「涙が出る」とは書いていなかったそうで、「カットがかかって手元を見たら、涙で水溜りができていて。
こんなに泣いたんだ!と思った」とにっこり。
「心臓がバクバクしていて、自分でもその音が聞こえるくらいドキドキして挑んだシーンです。北川さんを目の前にしたら自然と涙が出ていました。お芝居というよりも、北川さんが引き出してくださったリアルな感情で、本当に感謝しています」と奇跡的な瞬間を振り返り、「予想もしない涙が出るということも、お芝居の楽しさ。とても苦しい思いもしたけれど、“お芝居って楽しい!”と実感させてくれた作品で、本当にこの役と出会えてよかったなと思っています。撮影が終わって1年が経ちますが、まだ達成感がある。それくらい悩んで、戦えた作品です」と晴れやかな表情を浮かべる。■“ほぼすっぴん”撮影の裏に驚くべき女優魂
テレビドラマ『ラスト・シンデレラ』(フジテレビ系)で女優デビュー。2016年には、NHK連続テレビ小説『べっぴんさん』でヒロインを務め、『累 ‐かさね‐』『散り椿』の好演により、第42回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞するなど、シリアスからコメディーまでこなす女優へと成長してきた。23歳となった今、どのような心境で女優業に立ち向かっているのだろうか。
「今回のような難易度の高い役や挑戦的な役は、やらせていただく場所をもらえたことへの感謝の気持ちがあります。シリアスもコメディーもバランスよく、貪欲にやっていきたいというのが理想です」と頼もしい言葉が飛び出すが、「『累 ‐かさね‐』のお話をいただいたときは、“無理だ!”と思ったんです。
怖いし不安もあったけれど、飛び込んでみたら新しい道が開けて。『累 ‐かさね‐』でそのことを学べたので、挑戦的な役をいただいたときに喜べるようになったんだと思います。いろいろな壁を越えて行けたらうれしい」とさらなる高みを求める。
「役を演じるため、そして作品を観てくださる方に何かを感じていただけるためには、自分の声帯や見た目など使えるものはすべて使いたい」と女優魂があふれ出す。「ずっと自分の声が好きではなくて、コンプレックスでした。でもこのお仕事を始めて、“この役にはこういう声がいいかな”と考えたり、声の表現が増えていく面白さも知りました」。
環菜役では、ほぼノーメイク&スウェット姿だった彼女。「以前、出演した作品で“前髪ナシの髪型にしていいですか?”というオーダーをいただいたことがあって。私が“なんでも大丈夫です”とお答えしたら、メイクさんに驚かれたことがありました(笑)。もともと洋服やメイクに無頓着なところがあって、東京生まれなんですが、“都会人っぽくないね”と言われることもあります」とお茶目な笑顔を見せながら、「拘置所にいる環菜がメイクをしていたら変ですし、今回はファンデーションもなしで、下地だけ塗った形。就職活動姿のシーンは1時間くらいメイクに時間がかかりましたが、逮捕されてからは15分! 支度に時間がかからないので、楽でうれしかったです」と楽しそうに話すなど、驚くべきガッツの持ち主だ。
堤監督は「ある種の“化け物感”がある人」と芳根について、これ以上ない賛辞を送っていた。
インタビュー中も屈託のない笑顔を絶やさず、どんな質問にも前のめりで答えてくれた彼女。環菜という役柄とのギャップもすさまじく、堤監督の言葉も大いに納得だ。(取材・文:成田おり枝 写真:高野広美)
映画『ファーストラヴ』は2月11日より公開。
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