『インディ・ジョーンズ』は「大人も子供も楽しめる、めくるめくアドベンチャー映画」であると同時に、一作ごとにさまざまな悪趣味、バリエーション豊かな残酷を見せてくれるシリーズでもある。ワクワクするような物語にぎょっとするような残酷がヒョイと顔を覗かせる感覚は『インディ』のオリジンの一つでもある『007』シリーズとも通底するものであり、また後述するように1950年代から60年代にかけて人気を博したパルプ雑誌の下世話な想像力とも結びついている。
【写真】ゲテモノ料理、地下神殿の残酷儀式 『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』トラウマシーン
■『レイダース』も『魔宮の伝説』も最初の大残酷は串刺しによる死
『魔宮の伝説』は上海のナイトクラブで幕を開ける。マフィアと取引にやってきたインディは毒を盛られ、敵の手中にある解毒剤を奪おうとして大乱闘を巻き起こす。この場面でまず犠牲になるのは、給仕にふんして脇を固めていたインディの中国の友人ウー・ハン(デヴィッド・イップ)。シャンパンを開栓する音にまぎれて、マフィアのボス、ラオ・チェの息子チェン(チュア・カー・ジョー)が凶弾を放ったのだ。ウー・ハンの死の場面は短いながらも感動的で強い印象を与えるものだ。なお、その後飛行場に着いたインディにダン・エイクロイドふんする英国軍人ウェバーが「3人分の席をなんとか確保できました」と言うとき、それがもともとインディとショート・ラウンド、それにウー・ハンのための席だったことが分かるのも悲しい(ウー・ハンとインディの冒険行については小説版『インディ・ジョーンズ/巨竜の復活』を参照のこと)。
毒薬で朦朧(もうろう)としつつも、インディは手近のワゴンにあった火のついた串料理をチェンに投げつけて仇をとる。これが『魔宮の伝説』最初の残酷シーンで、映画が始まってからわずか8分あまり。シリーズ1作目『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』でも、最初の超残酷シーンはポーターのサティポ(アルフレッド・モリーナ)がチャチャポヤン寺院のトラップで、やはり串刺しになって死ぬところだった。
■石像にくくりつけられていたのは切断された人間の指
紆余曲折を経てインドの小さな村に流れ着いたインディ一行は、彼らに懇願されて村から奪われたシャンカラ・ストーン=シヴァリンガを取り戻すべくパンコット宮殿へと向かう。その道すがら、ジャングルの中で不吉な道祖神のような石像をみたポーターたちは恐怖にかられて逃げ帰ってしまう。
インディに先行してチャチャポヤン寺院で犠牲になった考古学者フォレスタルのものも含め『レイダース』にはミイラ化した死体が大量に登場するが、『魔宮の伝説』ではこの場面の指のように、より生々しい「破損した人体」が登場して観客をぎょっとさせる(『レイダース』ラストの顔面大破壊がシリーズ最大のウルトラ残酷シーンであることは論をまたないが)。
■パンコット宮殿のゲテモノ・ディナー そして、ぐるぐる絞首刑
ジャングルをくぐり抜け、悪のサギー教が支配するというパンコット宮殿に到着したインディたちは、予想に反して丁重なもてなしを受ける。といっても、豪華絢爛なマハラジャの宴で供される食べ物はどれもゲテモノばかり。大蛇ボアコンストリクターの腹に子ウナギを詰めた「スネーク・サプライズ」、茹でた甲虫「クリスピー・クレオパトラ」、羊の目のスープ、デザートは、サルの生首をそのまま容器に使った脳ミソのシャーベット。スピルバーグとルーカスはこのゾワゾワするような悪趣味なメニューのアイディアを大いに楽しんで考案したという。
ようやくディナーを終えて部屋に戻ったインディに、壁画に紛れ込んでいたサギー教徒の暗殺者が襲いかかる。間一髪、鞭(むち)で相手を倒すインディだが、天井のファンに鞭が絡まってしまい、暗殺者はぐるぐると巻き上げられて絞首刑のようになってしまう。天井のファンを使った残酷シーンはスピルバーグの『ミュンヘン』にも見ることができる(こちらでは、爆破テロで吹き飛ばされた腕がファンに引っかかってぐるぐると回り続けていた)。■恐怖! 虫地獄と“生きている骸骨”
ウィリーの寝室にあった隠し戸から秘密の地下道へと進むインディとショーティ。
■トラウマ必至! 地下神殿の超残酷
『魔宮の伝説』最大のショックシーンは、言うまでもなくサギー教の祭司モラ・ラムによる心霊手術めいた「生きた人間からの心臓えぐり出し」ならびに、心臓が抜かれてなお生きている犠牲者を煮えたぎる溶岩に沈める場面だろう。ただその儀式の後、シャンカラ・ストーンを奪還すべくインディがカーリー神像に近づく場面を注意して見てもらいたい。カーリー神像の腰の周囲に腰蓑(みの)のように巻き付けられているのは大量の切断された腕である…が、それは序の口。ふと横の壁面を見上げたインディの視線の先には…まるごと剥がされた人間の生皮が何枚も引き伸ばされて磔(はりつけ)にされている! これこそ『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』において最もゾッとさせられるイメージだと筆者は思う。地下神殿には他にも拷問死したと思しき死体の残骸が転がっているほか(インディが鞭打たれる小部屋にある)、モラ・ラムのヘッドドレスには人間の干し首が埋め込まれているし、「カーリーの血」をインディに飲ませるのに使われたカーリーの盃(Chalice of Kali)もミイラ化した人間の生首で作られていた。
人間の皮や頭部をあるいは装飾として、あるいは実用品として用い、拷問と死にまみれた『魔宮の伝説』の地下神殿は、『レイダース』ではついぞ描かれずに終わったナチスの「死と拷問の工場」の雰囲気を濃厚に漂わせていたのである。陰惨で戦慄すべき「死と拷問の工場」表象はナチスプロイテーション映画にも頻出するが、そのイメージはまた『インディ』シリーズがその多くを負うパルプ雑誌(いわゆる「メンズ・マガジン」)の表紙イラストレーションとも直結している。危険な生き物との戦い、忌まわしいナチスの記憶、プリミティブな、もしくは太古の文明の残酷…『インディ・ジョーンズ』を彩る種々の要素を連結するハブとしてのパルプ雑誌(のもたらしたイメージ)が、『魔宮の伝説』においてはエキゾチックな土地の邪教集団とナチスの暴虐を媒介する役割を果たしていたのである。
■シリーズの中で「最も暗い」第2作
『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』はシリーズ中「最も暗い」と言われているーー「言われている」というか、『インディ』の生みの親の二人すなわちスティーヴン・スピルバーグ(監督)とジョージ・ルーカス(製作総指揮)がそう明言している。