愛らしい少女に憑依した悪魔と、神父たちの壮絶な闘いを描いた『エクソシスト』(1973)。日本では「映画史上最大の恐怖」を惹句に、1974年の夏休みに公開され、配給収入27億3000万円の大ヒット。

同年の国内映画興行収入ランキングでは、16億4200万円を稼いだ2位の『燃えよドラゴン』(1973)以下を大きく引き離して首位を独走。本国アメリカではホラー映画として初めてアカデミー賞作品賞候補となり、全10部門にノミネートされる快挙を達成。世代を超えて今なお「最恐の1本」に君臨する大傑作だ。

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●新3部作も決定 今こそ原作小説に立ち返る!

 映画は続編と前日譚が作られ、お蔵出しの未公開映像を追加したディレクターズカット版を経て、テレビシリーズへと発展。現在は2023年公開予定のリメイクが進行中で、『ハロウィン』(2018年)のデヴィッド・ゴードン・グリーンが監督を務め、3部作となる構想が伝えられている。

 そんな今だからこそ、すべての出発点である原作小説に立ち返り、映画版との違いを再検証。恐怖映画の金字塔『エクソシスト』の魅力をディープに楽しむ「深堀り」ポイントをご紹介する!

●原作に忠実な映画の冒頭 メリン神父が恐れる中東の悪霊

 実は『エクソシスト』はかなり小説に忠実な映画である。物語の本筋はどちらも巨大な太陽が茜色に空を焦がす中東イラクで幕を開ける。哲学と古生物学の権威である賢人、メリン老神父は古代アッシリア王国の遺物発掘に携わっている。

 砂塵吹き荒れるなか、メリン神父は遺跡に佇む異形の悪霊パズズ像と対峙する。巨大な翼、長い爪を持つ肢、丸く突き出た球根状の生殖器、兇悪な笑いに歪んだ口。かつてアフリカで悪魔祓いに挑んだ彼は、この悪霊との再戦を確信し、戦慄に身を震わす。
問答無用の恐怖を予感させる、胸騒ぎのプロローグだ。

 映画では具体的な説明はないが、小説のパズズは「南風の擬人化で、疾病と災厄をつかさどる」存在。メリン神父が手にする小さなパズズの頭像は、現地の古代人が「悪をもって悪を払う」ために利用した魔除けであり、本来パズズは異教の荒神なのだ。この解釈は善悪の対決構図を複雑化させた異色の続編『エクソシスト2』(1977年)の世界観にも通じている。

●映画版の鳥肌検査シーンに隠された、母親クリスの底知れぬ不安

 一方、アメリカのワシントンで映画を撮影中の有名女優、クリス・マクニールの屋敷では超常現象が続発していた。12歳の愛娘リーガンに異常な兆候が現れ始め、医者に見せても病状は好転せず、苛立ちがつのるばかり。

 小説では32歳に設定されたクリスは、まだ無名のコーラスガール時代に息子のジャミーを3歳で亡くしている。主治医が処方した新しい抗生物質の副作用による予期せぬ愛児の死。以来、医師への信頼は失われた。

 度重なる精密検査に苦悶するリーガンを不安げに見守るクリス。少女の細い首に鋭い注射針が刺さり、赤い血がピュッと噴き出る。思わず目を伏せてしまう、映画版屈指の鳥肌シーンだが、小説に綴られた母親の痛みを重ねると、この場面に漂う不穏と動揺はいっそう色濃くなる。


●娘リーガンの孤独、ハウディー船長とは一体、誰?

 リーガンに迫る悪魔の影。その発端は少女がウィジャ盤(西洋式こっくりさん)で交信する空想上の遊び相手「ハウディー船長」だ。映画ではさらりと流される場面だが、小説には詳しい書き込みがある。

 ウィジャ盤はかつて母クリスが好奇心から買い求めたもので、「ハウディー」はリーガンの別居中の父、ハワードの愛称だ。彼はリーガンの誕生日に祝福の電話を寄こす約束を破った。父親への思慕が歪んだ形で現れたのだろうか。

 こっくりさん遊びに熱中するリーガンは、自宅で開かれたホームパーティで招待客の宇宙飛行士に「お前は宇宙で死ぬ」と呟き、失禁する。超常現象が起きるわけではないのに、いくつものタブーが重なり、非常に恐ろしく不気味な名場面だ。

 小説版ではこのパーティに同席した女性占い師が「こっくりさんは潜在意識を解放し、精神をおかしくする」とクリスに忠告する場面が続き、リーガンは「ハウディー船長が怖い顔で暴力をふるう」と訴え始める。クリスの不安とリーガンの孤独が、次第に「悪魔憑き」へとすり替わってゆく。小説が特に筆を割く、リアルな恐怖描写である。

●『エクソシスト』最大の謎? 汚された礼拝堂のマリア像

 胸と下半身に卑猥な細工を施され、毒々しい色彩で汚されたマリア像。
映画で唐突に現れるショックシーンだが、『エクソシスト ディレクターズカット版』に寄せたウィリアム・フリードキン監督の音声解説によれば、冒瀆行為の現場はクリス邸から5分の徒歩圏内。イエズス会派のジョージタウン大学構内の礼拝堂だ。小説はこの箇所にも細かい書き込みが見られる。

 この礼拝堂では祭壇を汚す冒瀆行為が頻発。聖像の前に人糞が盛られ、キリスト像の横に粘土の巨大な男根像が並び、聖母像はペンキで売春婦の姿に塗り替えられる。いずれも犯人は不明だが、警察は現場で聖母を冒瀆するラテン語をタイプした祭壇カードを発見。子供の指紋を検出する。また、カードの文字はクリスの秘書が使うタイプライターと同じ機種で打たれていた。もちろん、リーガンひとりでそんな芸当ができるはずもない。今もファンの間でさまざまな解釈が飛び交う、本作の謎のひとつだ。

●苦悩する男 カラス神父と聖ヨセフのメダル

 クリス邸を訪れた映画監督のバークが変死を遂げ、醜悪な姿に変貌したリーガンは十字架で自慰を行い、首をグルリと回転させてバークの声で母クリスをなじる。映画のハイライトである衝撃の悪魔的光景は、気丈なクリスを打ちのめし、彼女は藁にもすがる思いでジョージタウン大学で精神科医を務めるカラス神父に悪魔祓いを依頼する。


 原作のカラス神父は46歳。ニューヨークのスラム街出身である彼の少年時代は苦く悲しい記憶で塗り潰されている。家主の厳しい追い立て、貧しさから死なせてしまった病気の愛犬。級友の女友達と歩いていて、街角で屑箱を漁る母親に出くわしたこと。その母親は70歳を迎え、マンハッタンの老朽アパートで孤独死しているのを管理人に発見された。死後2日が経過していた。

 「これはホラーではなく、信仰の神秘と善悪の戦いの物語だ」と、本作の監督ウィリアム・フリードキンは語る。その言葉通り、映画は特にカラス神父の心理に焦点を当てる。そのひとつが彼を苛む夢のシーンだ。

 街角の雑踏、暗い地下鉄の入口へと消えてゆく老母。映画版では必死に母を呼びとめるカラス神父の姿に、メダルが落ちてゆくカットが挿入される。赤ん坊のイエスを抱く養父の聖ヨセフを刻んだこのメダルは、小説には登場しない映画版だけのアイテム。
父親の存在が明言されないカラス神父を象徴する小道具だ。

 映画の巻頭、同じ聖ヨセフのメダルがキリスト教以前のイラクの古代遺跡から出土し、それを手にしたメリン神父が「奇妙だ」と呟く場面がある。このメダルが悪魔祓いの終盤でカラス神父の首からリーガンによって引き千切られるのも印象に残る。彼女もまた、父親の不在に胸を痛める少女だからだ。

 悪魔祓いが終わり、寝室で見つかったメダルは母クリスの手から、カラス神父の親友であるダイアー神父に渡される。『エクソシスト ディレクターズカット版』では、神父がメダルをクリスに返す部分が追加された。この変更について「信仰心の象徴をクリスとリーガンに託した」と監督は明かしている。

●悪魔の正体とは―?

 我々を恐怖させる悪魔とは結局、何者なのか。映画ではパズズ=悪魔であることが強調されるが、改めて小説から解釈を探ってみたい。お前は誰だ―? 再三の問いかけに、悪魔は「のうぉんまい」と答える。謎めいた回答を録音したテープを逆再生すると、それは「おれは誰でもない」という英語だった。

 つまり、リーガンに憑依した存在はメリン神父にしてみれば因縁の悪霊パズズ、カラス神父にとっては不実を責める亡母、クリスとリーガンには夫と父の不在を連想させるハウディー船長として映る。
人間の恐れを投影した「誰でもなく」、同時に「誰でもある」存在なのではないだろうか。

 悪魔は言う。「おれに名はない。しかも大勢だ」。小説ではクリス邸の近所にはヒッピー酒場があり、麻薬常用者や狂信者の巣窟となっている。悪魔は同時に大勢に憑依することができる。これが教会の冒瀆行為の犯人探しのヒントになるかもしれない。

 人知を超えた悪魔憑きの恐怖に、名優陣の力演と衝撃の特撮映像で迫る映画版と、その恐怖の根底にある不安や苦悩を力強い文体で炙りだす小説版。それぞれの長所を押さえれば、『エクソシスト』の味わいは何倍にも深く、濃密になる。新しい映画化の続報を待ちつつ、この名作を存分に堪能しよう。(文・山崎圭司)

参考文献:『エクソシスト』(新潮社)

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