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私は保育士をしています。

子供たちの健やかな成長をサポートする毎日。

保育職は慢性的に人手不足で、楽な仕事ではありませんが、ふとした時に見せる子供たちの笑顔や、ちょっと背伸びしたような優しさが可愛くて、そんな瞬間を頼りに続けられる。やっぱり、好きでないとやっていられない仕事だなぁと日々感じています。
しかし、大好きな仕事をしていても、私には大きな悩みがあります。

この保育園に、男性保育士は私しかいません。

扱いづらい立場ということに自覚はありますが、先生たちの間では冷ややかな目で見られることも少なくないです。
『女性の職場』という空気を築かれては、ずっと肩身も狭いまま、仕事以外のコミュニケーションも取りようがありません。


「男なのに、どうしてここにいるの?」

時々そんな風に、後ろ指を差されているような気がするのです。すべてが「男だから」で悪い方向に片づけられてしまうような…。

ある日の業後、ふと保育士の体験インターンの話を耳にしました。この保育園では市内の高校と連携して、高校生の職場体験をサポートしています。

しかし、いつもの仕事に加えて高校生の面倒を見るわけですから、インターン生の担当になった先生はかなりの仕事量をこなさなくてはなりません。

『私の組、今ちょっと余裕がなくて…』
『え、それなら、私も余裕ないです!』
『そうよね、うん、あなたたち今、大変そうだものね。
うん、インターン生のことはこっちでなんとかしてみるから。大丈夫よ。任せて』

別に盗み聞いたわけでもなかったのですが、園長とほかの何人かの先生でそんな話をしているのが聞こえていましたから、てっきり、今回のインターンは断るものだと思っていました。

しかし園長は、

「インターン生のことだけど、あなたの仕事だから」

話し合いもなく、一方的に。
その一言で、自分がどんな環境で労働しているのか、再確認するには十分でした。

露骨に表には出さないけれど、男性というだけで疎まれている。

まるで、ただ男であることに罰を与えられているような。

しかしせめて、子供たちにだけは認められる存在でいたい。ここで言い返して投げ出したら、子供たちにまで背を向ける結果になりそうで、私はなんとか言いたいことを飲み込みました。

実は、私はインターン生にも良い思い出はありません。

この制度、インターンに辿り着くまでに面談などを全く通さない、完全志願制なのです。しかも志望すれば平日、通常授業の時間を使って行えるという。

つまり、学校をサボる目的でインターンに参加することも可能であって…。

実際、インターン中に職場体験らしいことを一切せず、携帯をいじって終わる女子高生を何人も見てきました。そういう子は何を教えてもうわの空で、目も合わせようとしません。私とも、子供たちとも。

酷いときは、業務時間に園内で通話していることも。そして偶然耳に入ったその内容は、

「ここの保育士、男いるんですけど!何目的?みたいな。
ほんと鳥肌だわぁ~」

ショックを受けたそんな思い出から、「今回のインターン生を迎えても、なるべく、無心で過ごそう」。そう思っていました。

しかし、何事も無くとは、いきませんでした。

その日やってきた子も、見たところ、これまでのインターン生と同じのようでした。髪は明るめの茶色に染まり、しっかりと化粧もしていて、不真面目を絵に描いたような見た目。「ちーっす」という挨拶を聞きながら、私は、トラブルだけは起きないでくれと願うばかりでした。

ところが、子どもたちを園内にある広場で遊ばせていた時でした。日傘を刺した、老齢の女性が2人。園外の公道から、私に声をかけてきたのです。

私はハッとしました。普段からしばしば、「うるさいから、子どもを外に出すな」などと、通りがかりに文句を言う人がいるという話を聞いていたからです。私は、心の中で身構えました。

「おかしいわね。騒音、普段から注意しているのだけど。全く改善されてないのね」

「迷惑よね子供って。ギャアギャアうるさいし、勝手に走って転んで叫んで、動物じゃない。犬でももっと言うこときくわよ」

「ほら電車でも、混んでるのにベビーカー押して乗ってくる人いるでしょ。子供がいるから当たり前、みたいな顔して。邪魔なのよね正直」

はっきり言って、迷惑になるような距離に民家はありません。この人たちは、ほとんど言いたいことを当てつけに言っているだけに思えて仕方ありませんでした。それに電車の話など、今持ち出されても困ります。

まだやるべきことは山積みだし、インターン生にもほとんど指示を出せていない状態なのに、どうして、こんな…。

「ねぇ、ていうかあなた、ご職業はなんなの?」

飛んできた、突拍子もない言葉に、息が詰まりました。

私の職業?見ての通り、保育士。

「普通の保育士さんってこと?男なのに?」

かぁっと、頭に血がのぼるのがわかりました。
ああ、ここでもか。また、結局私は白い目で見られるのか。

「あのねぇ、子育てって、知識も経験も要るのよ。分かってるの?」
「そもそも男の人に、子どもたちのお世話って、ねぇ?」
「だって世の中、変な人も多いでしょ。変な趣味の…。本当にお仕事としてやっているのか心配になるわ」
「なんでそんな仕事してるのかしら…」

「いい標的を見つけた」とばかりに、次々と飛んで来る非難。

私は、多くに望まれない仕事をしているのかもしれない。

そんなことを思い始めた矢先でした。

「おばあちゃんたち、かわいそー。旦那さん、手伝ってくれなかったんでしょ、子育て。男の仕事じゃないんだから、手伝ってくれるわけないもんね」

たっぷりの皮肉がこめられたその発言は、誰かと思えば、今回やってきたインターン生の言葉でした。

呆然としてる私の目をしっかりと見た後、少女は老婆たちに向きなおり、

「この人が実際に仕事してるとこ見たの?

ウチはそのために来てるから、見てるよ。

で、実際にその仕事ができるかやってみたの?

ウチはそのために来てるから、やってみるよ。

『何事もやってみないと分からない』と思って、経験するためにインターンとか来てるもんでさ。

男だからどーだとか、経験しようがない他の性別のことをグダグダ言われたらたまんないんだよね、こっちとしては。

男になってから言いなよ、そういうの。

男の仕事か女の仕事か知らないけど、何だろうと、その人がやってる、その人の仕事でしょ。

ウチもよく見た目で判断されるけど…見た目チャラけた女子高生が、何も考えてねーと思ったら大間違いだかんな」

確かに、見た目には化粧も派手で、髪も茶に染めている彼女が、そんなことを言うなんて。私は呆気にとられると共に、自分も彼女に対して根拠のない偏見を持っていたことに気づきました。

「キツイこと言っちゃってごめんね。お詫びに、次は介護のインターン行こうと思ってるから、そん時はウチが世話してあげる」

最後に彼女は優しい表情で、すっかり委縮した2人の老婆に言い放ちました。

その後、絵本の読み聞かせをして、折り紙をして、行事に備えた教室のレイアウトも、彼女と一緒に考えました。日が傾きかけたころ、最後の子を親御さんが迎えに来たときまで、彼女は欠かさず子供たちに手を振っていました。彼女の存在は、子どもたちの記憶にもしっかり残ると思います。

思い返せば、私もまた、先入観にとらわれていた。直接会って、そして向き合わないと、その人がどんな人間なのかなんて分かるはずがありません。歩み寄ることもせず、「なんとなくそう見える」と遠くから判断する限り、どんな評価であろうとそれは、先入観に満ちた独りよがりな意見なのでしょう。

子どもたちと遊ぶときに、私はよく〇×ゲームをします。お題を出して、その理屈が正しいかどうか、〇×で答えてもらうという簡単な遊び。

アリは、小さいから、小人だ。
レモンは、黄色いから、バナナだ。
車はとても速いから、ジェット機だ。彼女は女子校生で、インターン生だから、不真面目だ。
私は男性だから、…。

私が気にしていた問題なんて、その程度だ。

私の仕事は、私の仕事。私の誇りは私の誇り。胸を張って、これからも子供たちと、関わる人たちと、正面から向き合えばいい。きっと、相手のことを知ることと同じくらい、自分を知ってもらうことも重要なのだ。

その日の業後、園長に話しかけられました。

「インターンの子、すごくいい顔してたわ。他の先生にもインターン生のお世話、させてみようかしら。どう思う?」

「はい。まずは、園長が受け持つべきかと」

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