孫が祖父母を殺害する事件は、決して珍しいものではない。ここ数年だけでも、2015年に山梨県河口湖町で高校3年生の孫が80代の祖父母を、16年には兵庫県赤穂市で19歳の孫が介護をしていた祖父母を殺害。

今年7月にも、神戸市北区で26歳の孫が「誰でもいいから攻撃してやろう、刺してやろうと思った」と、祖父母ら3人を刺殺している。

 しかし、14年に埼玉県川口市で当時17歳の少年が金欲しさに祖父母を殺害した事件は、数ある祖父母殺しの中でも極めて特殊なケースだ。毎日新聞記者・山寺香が記した『誰もボクを見ていない』(ポプラ社)を一読すれば、“いったい、本当の加害者は誰か?”という疑問に突き当たるだろう。

 事件の犯人となった優希(仮名)は、幼少時こそ、両親と3人で暮らしていたものの、4歳になる頃に一家の借金は膨れ上がり、父方の祖母を頼って関東近郊の地方都市に夜逃げ。母の幸子(仮名)は家計が苦しくても働かないどころか、父親が家賃として渡した金を大家に支払わず、パチンコなどに浪費した。

 しかし、浪費癖があっても、いつも一緒にいてくれる幸子は、優希にとってまだ「いい母親」であった。


 優希の小学校入学を機に、一家はさいたま市内のアパートに転居し、幸子は水商売で働き始める。優希の人生が狂い始めるのはこの頃からだ。父親は愛人の元に入りびたり、アパートにはほとんど帰らない。優希が2年生になると、幸子はホストクラブに通い詰め、働かなくなる。両親のいない家で、優希はコンビニ弁当を食べながら孤独を募らせるばかりでなく、幸子が友達を連れて帰宅したり、ホストや元ホストが居候したりと、生活はメチャクチャに。不規則な日々の中、次第に優希は朝起きることができなくなり、4年生になると学校に行かなくなった。
その頃、正式に両親は離婚。優希は、母親側に残ることを選んだ。

 その後の彼の暮らしは、「異常」という言葉がふさわしい。母子は店の客で、「金づる」と呼んでいた中年男性と暮らすこととなるが、すぐに幸子はインターネット掲示板で知り合った名古屋のホスト・亮の元へ身を寄せ、1カ月にわたって家出する。この時の「捨てられた」と感じた絶望的な経験は、優希の心に深い傷を残した。ようやく戻ってきた幸子は、優希を連れて名古屋へと向かい、亮の元に転がり込む。
その後、亮も一緒にさいたま市に戻るが、2人とも仕事をせず、優希が持っていたゲームを売ったり、亮の親戚に金を借りるなどして生活費を工面した。それも尽きると「金づる」をだまして、数十万円の金を得るなど、その場しのぎの毎日だった。

 その後、各地を転々とした彼らがようやく落ち着いたのは、ラブホテルだった。彼らは、なんと2年間にわたって、ここで生活を営んでいる。優希は学校に通わず、幸子とともにゲームセンターや漫画喫茶でチェックインの時間となる20時まで時間を潰し、日雇いの仕事から帰ってくる亮を待った。その部屋で亮と幸子は、優希の存在に構わずセックスをした。
セックスを見せつけるだけでは飽き足らなくなった亮は、優希の顔をつかみ、フェラチオを強要。幸子は、ただ笑ってその様子を見ているだけだった。そして、日雇いで食いつないでいた亮の収入がなくなり、親戚への金の無心もできなくなると、ラブホテルの敷地にテントを張って野宿をするという、どん底の暮らしが優希を待っていた。

 その頃、幸子は、亮との子を妊娠した。生まれた女児は結衣(仮名)と名づけられたものの、出生届も提出されず、戸籍のない子どもとなる。一家は、親しくなった家族の金を持ち逃げして、横浜市へ逃走。
初めはホテル暮らしをしていたものの、ほどなくして金も尽き、横浜スタジアム周辺や児童公園で野宿をするようになった。結衣の面倒はすべて優希が見ていた。しかし亮は、野宿のストレスから、次第に優希に対して暴力を振るうようになる。当時、優希は「死ねたら楽だろうな」と何度も考えたという。

 どん底の生活に陥った優希たちに、希望の光が差すのがこの頃。生活困窮者向けの相談窓口に足を運ぶと、生活保護を受給することができるようになった。
普通なら中学2年になる優希と、まだ幼い結衣のことを心配した児童相談所は一時保護を勧めるも、幸子は「家族一緒でないとダメ」と拒否。しかし、野宿生活を脱し、簡易宿泊所で生活しながら、優希はフリースクールに通うことができるようになった。

 これでようやく安定するかのように見えた生活も、わずか半年間でついえる。生活保護費を得ても、ホテルやゲームセンター、パチンコなどで浪費する幸子は、行政から保護費の使い方について指導を受けるのを嫌い、簡易宿泊所を出て元の生活に戻る。幸子の川口市の実家、亮が住み込みで働いた横浜市鶴見区の新聞配達店、埼玉県内の建設会社や塗装会社の寮などを転々とした。そんな生活に愛想を尽かし、亮は消えた。

 その後、今度は優希が同じ塗装会社で働き、そのまま会社の寮に住むことができるようになった。亮は、数カ月分の給料を前借りし、会社の先輩にも借金をしていたが、それでもなお、幸子は遊ぶ金を工面するため、優希に指示して給料を前借りさせた。幸子から捨てられることにおびえていた優希には、その言葉に従う選択肢しかなかったのだ。しかし、借金が膨らんだ一家は、ここからもまた姿を消した。

 行き場を失った母子は、幸子の実父母への借金の申し入れも断られる。「ばあちゃんたち殺しでもすれば(金が)手に入るよね」と漏らす幸子に、優希は冗談だと思い、「そうだね」とあいまいに返事をしたが、それに対して、幸子は「本当にできるの?」「結局できないの?」とたたみかけた。翌日、2人は殺害方法を話し合い、優希は祖父母宅を訪ねた。初めは金を借りることで済ませようとした優希だが、これまで何度も借金を引き受けてきた祖父母は、その申し出を拒否。そして、優希は祖母の首を延長コードで絞め、キッチンにあった包丁を使って殺害、祖父も後ろから刺殺すると、現金8万円、キャッシュカード、カメラなどを盗んで家を出た。その後、母と妹と合流すると、ホテルにチェックイン。祖父母を殺して得た金も、幸子によって、わずか3日あまりで使い尽くされた。事件から1カ月後、優希は逮捕された。

 裁判で、優希は懲役15年の刑が確定した。もちろん、この事件の加害者は優希だが、本書を通じて彼が過ごしてきた短い人生をたどっていくと、彼もまた被害者のひとりという気がしてならない。彼は17年、山寺に送った手記の中で「本当は罪なんて犯したくない。でも、もうこれしかなかったんだ」とつづっている。一方、強盗の容疑で懲役4年6カ月の刑に服している幸子は、もうすぐ刑期を終えて出所することになる。

 幸子の浪費癖さえなかったら、児童相談所が一時保護をしていれば、この環境から逃げ出せていれば、彼は「殺人犯」ではなく、真面目で内気な「普通の子」だったはずだ。しかし、運命はそれを許さなかった。

 皮肉にも、刑務所に入った今、彼はようやく勉強に打ち込むことができるようになった。
(文=萩原雄太[かもめマシーン])