1978年の夏、8ミリフィルムでの映画制作に高校生たちは熱中する

 憧れの存在に、ちょっとでも近づきたい。物づくりへの第一歩は、そんな初期衝動から始まる。

技術も経験もお金もないが、情熱だけは余りあるほどある。小中和哉監督の新作映画『Single8』は、SF映画『スター・ウォーズ』(77)に感激した日本の高校生たちが自主映画づくりに燃える青春バックステージムービーだ。

 映画ごっこみたいな始まりだが、主人公たちは映画制作を通して物づくりの面白さと初恋のほろ苦さを知ることになる。『許された子どもたち』(20)で注目を集めた上村侑をはじめとする、メインキャストのはつらつとした演技が心地よい。アクション映画『ベイビーわるきゅーれ』(21)がスマッシュヒットし、続編『ベイビーわるきゅーれ 2ベイビー』(3月24日公開)が控える髙石あかりのフォトジェニックさにも魅了される。

 時代設定は1978年の夏。

ジョージ・ルーカス監督の『スター・ウォーズ』第1作が、日本で公開されたばかりだった。特撮映画を愛する高校生の広志(上村侑)は、巨大宇宙船が現れるオープニングシーンを自分の手で再現することに夢中になっていた。手作りの宇宙船を飛ばし、どうすれば巨大に映るか、そのことばかり考えている。映画のことしか頭にない広志だった。

 夏休みを前に、秋の文化祭でクラス展は何をするかをホームルームで話し合う。誰も積極的にやりたがらない中、広志は映画づくりを提案。

中学時代から気になっていた、クラスメイトの夏美(髙石あかり)をヒロインにしたSF映画を撮ることになる。

 監督はもちろん広志だ。親友の喜男(福澤希空)が地球の危機を救う主人公に扮し、映画マニアの佐々木(桑山隆太)もスタッフとして参加。短編ながら、時空を超えた壮大なSF映画の撮影が始まる。8ミリカメラを手にした広志たちは、生涯忘れられない夏休みを過ごす。

ルーカス、スピルバーグへの憧れ

8ミリ映画の青春『Single8』 ファインダーの中のヒロインはなぜ美しいのか?
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小中監督が高校時代に撮ったSF映画を劇中映画として再現している

 8ミリ時代の青春を描いた小中和哉監督は、有森也実主演のファンタジー映画『星空のむこうの国』(86)で商業デビューを飾り、平成ウルトラマン第2弾となった『ウルトラマンダイナ』(TBS系)のメイン監督を務めた。近年は千葉雄大、伊藤沙莉共演ドラマ『いいね!光源氏くん』(NHK総合)の演出を務めるなど、ファンタジー&SFドラマのベテラン監督だ。

 自身の青春時代を振り返った自伝的映画を撮った経緯について、小中監督はこう語った。

小中「子どもの頃から怪獣映画や『ウルトラマン』が大好きだったわけですが、『スター・ウォーズ』には驚きました。次元が異なるものが来たな、と感じましたね。映画のイメージがガラリと変わった。今回の主人公たちが撮る自主映画は、僕が高校時代に撮った作品ほぼそのままの内容で、その頃の体験も含めて映画化しています。自分にとって、8ミリ映画は原点でした。

8ミリ時代を描いた作品はずっと撮りたいと考えていた、夢の企画でした。コロナ禍で外出できなくなった際、仕事の空いた時間を使ってシナリオを書き上げたんです。自主映画についての物語を、親しいスタッフに声を掛けて自主映画に近い形で撮り上げています」

 ジョージ・ルーカス監督と共に、スティーヴン・スピルバーグ監督からも、小中監督は大きな刺激を受けてきたという。

小中「僕の自主映画での監督デビュー作は、中学2年のときに撮った『CLAWS』です。劇中でも触れていますが、スピルバーグの大ヒット作『ジョーズ』(75)に感化された作品でした。サメではなく、熊と戦うという内容です(笑)。

8ミリ映画を撮ろうとする少年少女たちを主人公にしたスピルバーグ製作『SUPER 8/スーパーエイト』(11)を観たときは、先にやられてしまったなと思いましたが、僕が観たかったのはエイリアンとの遭遇よりも、自主映画づくりのパートでした。それなら自分で撮ろうと考えたんです」

 コダックが販売していた8ミリフィルム「スーパー8」に対し、富士フイルムは「シングル8」を販売していた。色合いを大切にする文芸志向派は「スーパー8」を、特撮志向派は「シングル8」を選ぶことが多かったそうだ。スピルバーグ製作『スーパーエイト』へのアンサーとして、本作のタイトルは『Single8』と命名された。

8ミリ映画の青春『Single8』 ファインダーの中のヒロインはなぜ美しいのか?
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初主演映画『ベイビーわるきゅーれ』が話題となった髙石あかり

 ルーカスやスピルバーグだけでなく、近年の日本映画からも刺激を受けたと小中監督は語る。『サマーフィルムにのって』(21)や『カメラを止めるな!』(17)などの映画づくりをテーマにした若手監督たちの作品も楽しんだそうだ。

小中「主人公たちが苦労して撮った映画を丸々見せるという『カメラを止めるな!』の大胆な構成は、大いに参考にさせてもらいました。『カメ止め』は最初に劇中映画を見せ、後半でそのメイキングを見せるという構成でしたが、本作は広志たちが撮る『タイム・リバース』の制作過程を見せた上で、最後に完成した作品を丸々見せています。『カメ止め』とは逆の構成にしています。作品づくりの苦労を観客にも体験してもらった上で、観客にも作り手の感覚を味わってもらおうという狙いです」

 思春期まっただ中の広志の目には、クラスメイトの夏美がまぶしく輝いて見える。カメラのファインダー越しに映る夏美は、ことさら美しい。こちらを振り向く表情は、たまらなく魅力的だ。

 なぜ、ファインダーの中のヒロインは、かくも美しいのだろうか。そんなシンプルな疑問にも、小中監督は答えてくれた。

小中「ファインダーを覗いて見る光景は、モニターに映るものとは違うんです。ダイレクトに自分の目で見ていることもあり、気合の入り方が違ってくる。モニターを通すと客観的なものになりますが、ファインダー越しの場合は『カメラの絞りはどうする? 照明は?』などと想像しながら見ているわけです。いわば心の目で見ている状態です。カメラマンの感情がすごく入っています。商業映画を監督するようになってからも、自分でカメラを回す作品もやってみましたが、周りから止めたほうがいいと言われました。作品全体を考えながら、客観的に見ることができなくなってしまうからです。ファインダー越しに見つめていると、すごく感情がたかぶってくるんです」

 カメラに映る夏美は、とても魅力的だ。しかも役を通して、物語の中に溶け込み、広志にとってとても近しく、特別な存在に感じられてくる。8ミリ映画の中で擬似的な恋愛を体験する広志だったが、同時に失恋も味わうことになる。

小中「中学で男子2人の物語として撮ったSF8ミリ映画を、高校に入ってほぼ同じ内容で、ヒロインを初めて起用して撮り直しています。当時の僕は恋愛未経験でしたが、女性を初めて描くのにどうして気の強いヒロインを設定し、主人公が振り回された末に失恋する物語にしたのか、今から考えると不思議ですね。僕自身のその後を予見したかのような内容になっています(笑)」

手塚眞や黒沢清らと交流した映研時代

8ミリ映画の青春『Single8』 ファインダーの中のヒロインはなぜ美しいのか?
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さまざまな助言をもとに、広志(上村侑)は初めて脚本を書き上げた

 フィクションである映画にはどこか予見性があり、現実世界では気づかなかったような真実もスクリーンには投影される。スピルバーグ監督の自伝的映画『フェイブルマンズ』(3月3日公開)に通じる部分も感じる。

小中「スピルバーグ監督は憧れの存在です。まだ『フェイブルマンズ』は観ていませんが、8ミリでの自主映画づくりから始まり、商業映画を撮るようになったスピルバーグの人生に、どこか自分も並行して歩んでいるようにも感じているんです」

 情熱に任せて突っ走る広志だが、周囲のサポートによって映画づくりの面白さにも目覚めていく。とりわけ担任の教師・丸山(川久保拓司)の助言「ファーストシーンとラストシーンで、主人公の何が変わったか」は、本作の大きなテーマになっている。

小中「担任教師は何人かのキャラクターを合わせたものです。実際に中学時代の担任だった音楽教師は、僕の監督デビュー作『CLAWS』にピアノ演奏でアバンギャルドな劇伴を付けてくれました。小学生の頃は兄の小中千昭(『ウルトラマンティガ』などの脚本家)と一緒に映画を撮っていたんですが、中学からは別の学校に通うようになり、それぞれ違う映画仲間と交流するようになった時期でもありました。成蹊高校時代の映画研究部には1学年上に手塚眞さんがいましたし、合宿にはOBたちも参加していました。作品のテーマやシナリオの重要性はOBたちがよく語っていました。立教大学ではS.P.P.(セント・ポールズ・プロダクション)という映画サークルに入りました。すでにOBだった黒沢清さんからは『小中が撮る作品は商業映画の劣化コピーだ。8ミリでも商業映画に勝てる戦略を考えなきゃダメだ』と厳しくも温かい批評をいただきました」

 小中監督が青春時代に体験した多くのことが、本作にはさまざまな形になって詰め込まれている。

8ミリ映画の青春『Single8』 ファインダーの中のヒロインはなぜ美しいのか?
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無事にクランクアップ。広志にとって忘れられない夏となる

 主演の上村侑と髙石あかりは『さよなら、バンドアパート』(21)でも共演しており、今回のキャスティングにつながった。デジタル世代の若いキャストたちは、今回のフィルム体験をどのように受け止めたのだろうか。

小中「クランクイン前に彼らには8ミリカメラの扱い方をレクチャーしましたし、撮影現場でもその都度、教えながら進めました。僕をはじめ、メインスタッフはみんな8ミリ世代なので、必要以上に熱くなって、8ミリのことを説明していたように思います。僕らのそんな様子も、彼らの役づくりの参考になったんじゃないですか(笑)。フィルムならではの色合いを好み、PVや短編映画を撮る人は今もいますが、フィルムで撮る機会は今後ますます減っていくでしょうね。今回の劇中映画シーンは8ミリ撮影だったこともあり、何度でも撮り直せるデジタル撮影にはない緊張感がありました。そのことでスタッフとキャストの間にも一体感が生まれたように感じます。デジタル撮影にはない体験だったと思います」

 ファーストシーンからラストシーン、広志の顔つきは大きく変化を遂げる。主人公の成長ぶりが鮮やかに映し出されるが、それはもう二度と戻らない少年期との決別でもある。せつなく、愛おしい青春映画が誕生した。自身の原点を見つめ直した小中監督の今後の活躍にも期待したい。

『Single8』
監督・脚本・美術/小中和哉
出演/上村侑、髙石あかり、福澤希空(WATWING)、桑山隆太(WATWING)、川久保拓司、北岡龍貴、佐藤友祐(lol)、有森也実
配給/マジックアワー 3月18日(土)より渋谷ユーロスペースほか全国順次公開
©「Single8」製作委員会
single8-movie.com

※『Single8』公開記念として、「8ミリ映画復活祭」が渋谷ユーロスペースで開催。
3月2日(木)は河崎実監督『エスパレイザー』、進藤丈夫監督『MARK』、小中和哉監督『地球に落ちて来たくま』、3月3日(金)は手塚眞監督『UNK』『HIGH-SCHOOL-TERROR』、今関あきよし監督『ORANGING’79』、小中和哉監督『TURN POINT 10:40』、3月4日(土)は寺田裕之監督『終』、利重剛監督『教訓』、小中和哉監督『いつでも夢を』を上映。上映作品の監督も登壇予定。
(詳しくは『Single8』公式サイト https://www.single8-movie.com/8mm_fukkatsusai/ をご覧ください)

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