北朝鮮北部、慈江道(チャガンド)の道庁所在地の江界(カンゲ)と南隣の城干(ソンガン)の間には、九峰嶺(クボンリョン)という峠がある。故金正日総書記は2000年8月、現地指導の際に、キム・ソンニョという老婆と出会った。
金正日氏は「70歳を過ぎた女性に道路管理員の仕事は大変だろう、愛国者にしかできないことだ」と言って彼女の労をねぎらった。この話は2002年に「九峰嶺の一家」というタイトルで映画化され、2022年9月に彼女が亡くなると、金正恩総書記は哀悼の花輪を送った。
誰にも見向きされることもなく、ひたすらつらい仕事が続く道路管理員だが、どういう風の吹き回しか、幹部の奥様方の間で人気の職業となっているという。黄海北道(ファンヘブクト)のデイリーNK内部情報筋が伝えた。
最近、見るからに金持ちの女性たちが、道路管理員の腕章を巻いて公演や駅前広場、人民病院を回っている姿を見かけるという。彼女らは朝鮮労働党の市・郡の委員会や、人民委員会(市役所)の幹部の妻たちだ。
つらい仕事を買って出て、ノブレス・オブリージュ(地位や財力に見合った義務)を果たそうというものではない。むしろその逆で、楽をしたいためだ。
北朝鮮で職場に勤めていない女性は朝鮮社会主義女性同盟に所属することになっているのだが、最近になって地方工場、干拓地、堤防などの建設工事の勤労動員に駆り出されることが増えた。女性同盟は嫌がる幹部夫人たちを、こんな言葉で脅迫する。
「夫の評判を悪くしたくないのなら、女性同盟の活動に参加したほうがいいんじゃないか」
もし夫が職場で批判され、立場を失うようなら、裕福な生活も終わりを告げる。
道路管理員になる幹部の妻たちが増えているのは、そんな状況を回避するのが目的だ。繰り返しになるが、女性同盟は勤めている職場がない女性が加盟する団体だ。就職すれば所属する必要も、労働現場に駆り出されることもなくなる。
朝早く出勤しなければならない面倒くささはあるが、勤務時間は1日2~3時間で済み、道路の清掃は、地元の人民班(町内会)や企業所の従業員に割り振られるため、実質的にやるべき仕事はない。
かつて、幹部の妻たちの間で人気だったのは、商業管理所や給養管理所などへの就職だったが、「国家計画指標の達成のためにカネを稼がなければならず悩みのタネだった」(情報筋)という。その点、道路管理員なら特に決められたノルマはなく、楽ができる。
そのしわ寄せは一般庶民の女性のところに行く。女性同盟を抜けて道路管理員になるために必要なコネもカネもないため、仕方無しに勤労動員や嘆願事業に参加させられるのだ。そうなれば、市場で商売をする時間が減り、生活はますます苦しくなる。