伊藤忠商事が本格参入を目指す中国ビジネスの“真打ち”がついに動き始めた。6000億円を投じて資本提携する中国最大の国有複合企業、中国中信集団(CITIC)グループと来年にも合弁会社を新設し、日本企業としては初めて中国で大規模な病院経営に乗り出すのだ。

 伊藤忠が先月、合弁会社設立の意向書を交わしたのは、CITIC全額出資のCITICメディカル社。北京市や広東省などで計約2500床の7病院を経営し、さらに5病院と買収交渉中だ。

 世界最大の人口を抱える中国では高齢化が進行し、1人当たりの総医療費支出の伸びはアジアで最も高い。平均寿命(75.2歳)も先進国に近づきつつあり、医療需要の増大が確実な大国だ。

 有望な成長市場に食い込むため、実は伊藤忠はCITICと昨年1月に戦略的業務・資本提携を結んで以来、医療分野での協業を提案してきた。

 ところが中国では目下、習近平政権の反腐敗運動が進められ、あらぬ疑いを掛けられるのを恐れてかCITIC側は新規事業に慎重だった。ここへきてプロジェクトが動き始めた背景には「CITIC株を外資に売却した成果を中国政府が求め始めた」(伊藤忠幹部)ことがあるとみられる。

 中国ではがんや心血管疾患の死亡率がアジア平均よりも高く、高度医療の充実が喫緊の課題だ。増加する公的医療費の支出も抑制したい。中国政府とすれば、日本で病院経営の実績を持つ伊藤忠から効率化などのノウハウを吸収し、国民に見える形で病院サービスの質を高めたい狙いがある。

 逆に伊藤忠とすれば、病院という足場を確保することで、医療機器や医薬品、病院食の販売など周辺事業を拡大できるのだ。

医療参入に潜むリスクも

 双方の思惑が合致し、政権の“お墨付き”を得た形のビジネスでもリスクが想定される。

その一つが、政権との距離が近いが故の政治リスクだ。中国の公的サービスに関わる以上、時の政権と無縁ではいられない。裏を返せば、仮に権力構造が変わったとき、ビジネスを続けられる保証はない。

 そしてもう一つが、中国固有の医療事情だ。高ランクの医師でさえ平均年収は160万円程度のため、大半の医師は基本給以外に患者からの謝礼や製薬会社のリベートを受け取っているとされる。日本と異なる事情の国で医師の質をどう担保し、さらに医療事故のリスクをどこまで負えるのか。前例のないビジネスだけに、不透明さも付きまとう。

 無論、伊藤忠もこうしたリスクを認識しており、岡藤正広社長は「長期的に取り組みたい」と慎重を期す構えだ。伊藤忠は来春まで事業化調査を実施し、投資判断を下す。その判断の行方次第で、CITICへの巨額投資の真価が決まる。

(「週刊ダイヤモンド」編集部 重石岳史)

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