アパホテルの客室に置いてある元谷外志雄会長の南京事件否定本が、中国で大炎上している。内容からして炎上は当然、と考えるのは早計だ。
アパホテル叩きが始まった
頭を下げるべきか、下げざるべきか、それが問題だ――。
ご存じ、アパホテルが中国のネットユーザーたちから「右翼ホテル」だと批判されて大炎上している騒動で、アパ会長に対する「謝罪圧力」がさらに強くなっている。
中国国家旅遊局が、自国内の旅行業者や宿泊予約サイトに対し、アパホテルの利用中止や広告の撤去を要求したのだ。
これは中国共産党が「徹底的に叩いてよろしい」とお墨付きを与えたに等しい。
これを受けて、中国事情に詳しい専門家からも、アパに謝罪を促す声がちょこちょこでている。たとえば、「歌舞伎町案内人」として知られる李小牧氏は1月23日のニューズウィーク日本版に、アパ側が突っぱねても他の日本企業が槍玉に上がる恐れや、東京オリンピックへの悪影響から、「謝罪しなければ終わらない」と予想している。
おっしゃりたいことは非常によくわかる。
中国進出企業ならば骨身に沁みていることだが、あちらの愛国主義者が行う企業攻撃は、日本のいわゆる「ネトウヨ」のみなさんが行う不買運動やら抗議デモが生ぬるく感じてしまうほど凄まじい破壊力がある。2012年に中国全土に吹き荒れた「反日デモ」でも、暴徒化した人々が、日系企業が入ったビルに押し寄せて、ガラスを割るは壁を壊すは、あげくの果てにその辺に止まっていた日本車までひっくり返したことも記憶に新しい。
アップルやマクドナルドも撃沈中国の恐るべき外資叩き
そういう荒々しさに加えて、基本的に日本企業が考えているような「リスクコミュニケーション」が通用しないことも大きい。
李氏は先ほどの記事中で、13年にアップルがiPhoneの修理サービスに関して、消費者から受けた理不尽なクレームに屈したケースを紹介している。
この番組に取り上げられた企業は、一も二もなく「謝罪」をしなければ、消費者から壮絶な吊るし上げに遭う。もちろん、企業側にも言い分はあるのだが、口を開けば開くほど攻撃がエスカレートしていくということもあって、とにかく頭を下げるのが最善の道となっており、アップルだけではなく、フォルクスワーゲン、ニコンなど錚々たる外資系企業がすべて「撃沈」している。事実、マクドナルドなどは番組のオンエアが終了した30分後に謝罪コメントを出したほどだ。
こうした、徹底的に外資系企業を叩くカルチャーがあることに加えて、今回アパに対しては中国共産党が「愛国無罪」というお墨付きを与えている。客室から撤去するなりの「落とし所」をつくって頭を下げないと、12年の「反日デモ」の悪夢のように、「アパのせいで反日デモが起きた」なんてことになる、というわけだ。
確かに、中国におけるリスクコミュニケーションの常識からすれば、それが最も妥当な対応だろう。ただ、それを踏まえても個人的には今回、アパは「謝罪をすべきではない」と考えている。
といっても、「中国の言論弾圧を許してはいけない」なんていうイデオロギッシュな見地からではなく、ごくシンプルにアパという企業のメリットとデメリットを天秤にかけた結論である。
これまでもアパの右翼ぶりはかなり目立っていたが…
中国ではまったく通用しないが、企業のリスクコミュニケーションにおける「謝罪」というものは、豊臣秀吉に逆らって罪に問われた千利休が述べた以下の言葉に集約される。
「頭を下げて守れるものもあれば、頭を下げる故に守れないものもございます」
たしかに、頭を下げれば株価の落ち込みにもブレーキがかかる。謝罪会見を見た取引先もホッと胸をなでおろす。
では、アパが今回の騒動で頭を下げることで「失うもの」はなにか。
それを説明していく前に、まずは今回の騒動の本質的なところに目を向けなくてはいけない。
そもそも、多くの人が指摘しているように、アパが「右翼ホテル」になったのは昨日今日の話ではない。これまで元谷外志雄会長はかなりダイナミックな言論活動をしてきた。
08年には、産経新聞出版から核政策の必要性を説いた「報道されない近現代史」を出しているし、11年には創業40周年を機に、指導者養成を目的として「勝兵塾」を創設し、田母神俊雄氏にアパグループの懸賞論文「真の近現代史観」の優秀賞を与えている。
安倍晋三首相と近しいというがそれも最近の話ではなく、遡れば官房副長官時代からで、03年の段階で既に私的後援会「安晋会」の副会長になっている。中国共産党が「安倍首相に近しい人物が右翼ホテルを経営している」なんて叩こうと思えばいくらでも叩けた。
にもかかわらず、なぜこのタイミングで「火」を吹いたのか。
なぜこのタイミングでアパが炎上したのか?
その謎は、「火元」をみるとさらに深まる。「Kat&Sid」を名乗る、ニューヨーク在住のアメリカ人女性と中国人男性のカップルなのだが、彼らが過去にアップした動画を見ても、ピンポンをしたり中国語会話をしたりという平和的なものばかりで、活動家臭はまったくしないのである。
このことから分かるのは、今回の騒動の本質は、アパ側になにかアクションを起こしたとか、「火元」になにかしらの意図があったというころではなく、「タイミング」にこそ大きな意味があるということだ。
そのあたりを先ほど登場した李氏が端的に考察している。実は「ニューズウィーク」記事のなかで、李氏も昨年2月の段階で、自身も微博(中国版Twitter)にアパ会長の著書問題を投稿したことを告白している。しかし、その反応は意外なものだったという。
《中国ナンバーワンの人気トーク番組「鏘鏘三人行」の準レギュラー格であり、中国では空港でも街中でも盗撮されるほどの著名人である私が怒りとともに意見を表明したのに、まったく話題にならなかった》というのだ。
この理由を李氏は、当時の日中関係が冷え込んでいたからだと考察している。あまりにも険悪ムードの場合は中国共産党も暴徒化しないようにブレーキをかける。しかし、現在の日中関係はやや回復基調にあるので、中国共産党も手綱を緩めている。そこで、名もない素人カップルの投稿でも「大炎上」となったというのだ。
中国事情に明るい李氏がおっしゃることなのだから、まさしくその通りなのだろう。ただ、広報コミュニケーション的な視点でいうと、その背景にある3つの要素をつけくわえることができる。
>>(下)に続く