カリブ海に浮かぶ小国・ドミニカ共和国に住み、中南米の新興国を舞台に貿易事業を展開する風間真治さん。今回は、深刻な経済危機下で国主導で仮想通貨「ペテロ」を発行したベネズエラで活動する日本人、本間敬人さんとの対談です。

、国をあげて仮想通貨「ペテロ」を発行したベネズエラで活動する日本人、本間敬人さんとの対談です。

経済危機に見舞われたベネズエラで何が起こっているか

 南米北部にあるベネズエラは現在、経済危機によって深刻なハイパーインフレに見舞われており、Bloombergの指数によると、年率換算で44万8025%という驚異的な上昇率を見せています。

 このような厳しい状況下で、ベネズエラのマドゥロ政権はついに、国として独自の暗号通貨「ペトロPETRO」をICO(INITIAL COIN OFFERING)にて発行しました。ICOとは、新規株式の公開によって資金調達するように、仮想通貨を発行して広く資金を募る資金調達手段のひとつです。

 国家が暗号通貨をICOで発行して資金調達をするのは世界で初めてということもあり、ペトロは現在世界中から注目をあびています。しかし、この暗号通貨が、混迷を極めるベネズエラ経済の救世主となるかどうかについては、未だに有識者の中でも、様々な見方があるのが現状です。

 私も何度か、ベネズエラに行ったことがあるのですが、日本で報道されている、ベネズエラの暴動や経済危機による貧困、強盗などの犯罪は、ベエズエラで起きていることのほんの一部にすぎません。なにかの機会に、実際に今現在のベネズエラで起きていることを、なるべくリアルに、地球の裏側にいる日本の方たちに伝えられれば、と思っていました。

 そんななか、今回、仕事の関係で毎年ベネズエラに渡航しており、また渡航の都度、長期滞在してベネズエラコミュニティにも深く入り込んでいる日本人男性、本間敬人さんに、生のベネズエラ経済と通貨事情などを詳しく聞くことができましたので、ご紹介したいと思います。

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風間:早速ですが、ベネズエラという日本とは地球の真反対の国に行くようになったきっかけを、簡単な自己紹介も兼ねて教えていただけますか。

本間:高校卒業後、アメリカの大学に進みまして、そこを卒業後に、フィラデルフィア・フィリーズに雇っていただいて、運よく仕事をすることができたんです。そこで仕事をしていた時に、自分の運命を変える出会いがありました。

それが当時、メジャーリーグで最優秀防御率などをとったりと、一流投手として活躍していたベネズエラ人のフレディ・ガルシアとの出会いです。

彼と知り合って仲よくなり、2007年にベネズエラのウィンターリーグを紹介してもらいました。その時に彼のつてでベネズエラを訪問したのがきっかけで、その後はほぼ毎年のように、冬の時期にはウィンターリーグがあるベネズエラに渡り、球団で仕事をするようになりました。もう、ベネズエラとのつながりは10年以上になりますね。

冬のベネズエラでの野球シーズンが終われば、その後はまた世界中をブラブラと移動しながら、ノマドのような生活をしています。

風間:少し動画で見させてもらいましたが、去年のベネズエラのウィンターリーグの開幕戦では、国を代表して国家斉唱をスペイン語で歌っていましたよね。開幕戦で、ベネズエラ人でない本間さんが国家斉唱を歌うのだけでもすごいことですが、スペイン語で歌うというのがまた突き抜けていますね。しかもスタンディングオベーションもあり、大変な反響だったようで。

本間:そうですね。ベネズエラの人たちには大変よくしてもらっていて思い出も多いです。日本を出て18年となりますし、今となってはベネズエラは自分の国のようなものですね。それだけに、私の大好きなベネズエラがハイパーインフレにみまわれ、経済危機になり、国民が苦しんでいるという現状は本当に残念でなりません。

銀行から紙幣が、スーパーから物が消えた

風間:ベネズエラのハイパーインフレは、今、どんな状況ですか? ハイパーインフレというと、アフリカのジンバブエとか、かつての南米のボリビアなどのように、何かを買うために、みんなが凄まじい量のお札を持ち運んでいるというイメージですが、ベネズエラの銀行では逆に、お札が全然手に入らないとか……。

本間:そうなんです。銀行に行っても基本的にはもう、お札は手に入らないです。街のATMにも当然お札はなくて……。どこかの銀行で「お札が手に入った」という情報があると、その銀行に長蛇の列ができるのですが、それで、運がよければ1日に2万ボリバルが手に入ります。日本円換算して今日のレートで10円ほどでしょうか……。インターネットで見られる公式のレートは既にあてになりませんので、ベネズエラでの実勢レートでの計算で、これも毎日レートが変動しているのです。

風間:円換算で1日10円ですか……。ちなみに、仮に銀行で運よく2万ボリバルを引き出せたとして、それでどの程度の物資が手に入るのでしょうか?

本間:正直何も買えないですね。スーパーマーケットで卵1パックがその10倍以上の26万ボリバル(120円くらい)ですから。

風間:2万ボリバル引き出せたところで、まったく意味ないですね……。給料水準はどの程度ですか?

本間:例えば、清掃の人の給料が1カ月で50万ボリバル(240円くらい)、卵2パック買えるレベルです。

それなので、一般に働いていてもほとんど食料品や生活必需品は手に入らない、と言っていいような状況です。国からお金が消えてしまったイメージですかね。だから経済も回らない。

風間:デビットカードとかクレジットカードのようカード類は使えるのですよね? カードで支払って物を手に入れることはできるのですか?

本間:カード支払いはできますが、難しいのがカードを使える店がないことです。カード使用するためには、そのバーコードシステムがキャッシャーに設置してある必要がありますよね。たとえばスーパーマーケットなどですが、そういう店に行っても、今は何も売られていません。店が空っぽなんです。

風間:写真を見せてもらいましたが、スーパーマーケットの棚に、何も置いてないんですよね? ベネズエラが外貨不足で、薬や日常品など物資全般が手に入らないというのは聞いていましたが、もはや何もかもが枯渇してしまっている感じが。

本間:そうなんです。だから食料や生活必需品を手に入れるために、ベネズエラ人の多くが現在は、「バチャケーロ」と呼ばれる個人で物を仕入れてきて路上で転売するような業者を利用して調達しています。路上の闇市みたいなところで、小麦粉や卵、パスタなどの生活必需品が売られているのですが、そこでは当然カードは使えません。現金支払いか、売り手の銀行口座を教えてもらい、その場でスマートフォンでトランスファー(振込)して、物を手に入れる感じですね。

現在のベネズエラの売買のメインは、スマートフォンなどを使った銀行間のトランスファーと考えていいと思います。ただ銀行のトランスファーも、今はすごく混雑していて、1日に何度もトライして数時間後にようやくトランスファーが成功する、という状況です。本当に混雑していた時は3日ぐらい待たないとトランスファーできない時もありました。インターネット上のトランスファーですら列を作って並んでいるのと同じ状態ですから、めちゃくちゃですよ。

それなので、今は銀行のネット送金だけでなく、スマートフォンの送金アプリなどを駆使して払う人も、すごく多いですね。もう「お金」は、ベネズエラ人は誰も信用してないですよね。

お金は物々交換の手段にすぎない

風間:我々日本人がイメージするような、いわゆる「お金」という概念がなくなりませんか?

本間:そうですね、お金という概念がなくなるというか、お金って生活していくのに本質的には大事ではないのかな、と普通に思わされますよね。共同幻想をかけられていたような状況から、一度我に返るというか。

お金自体には価値があるわけではないじゃないですか。お金は単に物々交換の手段にすぎない。それが今の社会で一番使いやすいから使われているだけで、それに代わる何かが生まれたり、もしくはそれが通用しない社会に直面したら、何も価値がなくなるみたいな。

自分もつい最近、トマトと玉ねぎを持って行って、近所に住む人にパスタと交換してもらったり、近所の人たちでそういう物を持ち寄って、高価な肉を持っている人と交換してもらったこともありましたね。

わらしべ長者みたいですが。こういう時に、現物の食料を持っている人は強いです。

風間:それはまた貴重な体験を……。まさに経済の原点は物々交換であることを理解させられる話ですね。お金が機能しなければそうなりますよね。お金そのものに価値があるわけではなく、お金は単に交換の媒介物にすぎない。でも、日本人は貯金が大事とかお金が大事みたいな価値観で育ってしまった人が多いから、この本質論に気づいている人がとても少ない感じがします。

本間:物々交換で意外と困るのが、物々交換できない公共の交通機関ですね。ベネズエラではバスは機能していません。現金を持っている人が少ないから乗っても支払いませんし、支払いを受けられないから、運転手がバスを動かしてくれないんです。

それで、近所のトラックを持っている人の所に大勢で行って、荷台に乗せてもらったりとか。今は街中で、荷台にあふれるぐらいの人を乗せて行き交うトラックの光景をたくさん見ます。

これについては、現金を払わないと乗れないのですが……。

風間:スマートフォンで振り込むやり方では難しいのですか?

本間:先ほど、スマートフォンで銀行のトランスファーをして払うという話をしましたが、現実的には公共の交通機関を使うようなベネズエラ人は携帯を持ってない人も多いですし、またこういう公共の場所でスマートフォンをかざしてゆっくり送金していたら、いつ強盗に襲われるかも分からないという恐怖感もあります。

ベネズエラ政府の失敗から学ばなければ……

本間:国が財政や金融政策の舵取りを誤ると、どのような事態になるのかは、ベネズエラにいると身を持って学びますね。前大統領のチャベスが資本主義から社会主義に変更した後、多くの資源を国有化し、外資を排除したことで諸外国から資金調達しづらくなりました。

もともと国内生産も少ない中で、他の中南米諸国と同じように輸入に頼る構図を続けて、石油の価格と産出量がよかった時はまだ、経済も回っていましたが。

風間:原油の生産量は、確かに減少していますよね。資金不足が原因のようですが、これも国有化が足を引っ張っている気がします。またベネズエラにとって、アメリカが最大の石油のお客様ですが、アメリカでシェールガスが産出され始めたのが大きな転換点でしたよね。これはゲームチェンジャーといってもいい大きな変化でしたね。ベネズエラ経済は、このシェールガス革命によって、かなり追い込まれていった印象があります。

本間:石油価格が好調の時でも、政府関係者の多くは資金を着服していましたし、石油で潤った資金を他の新しい産業への投資も怠っていた。今、そのすべてのツケが回ってきているのでしょう。

現在のマドゥロ政権は、チャベス時代からの社会主義が間違っていたことを認めることができず、政府関係者は今、自らの保身やお金着服のために一生懸命になっているだけ、という感じがします。

風間:ベネズエラは1999年からのチャベス政権に入る前、元々は資本主義でしたから、社会主義としての歴史は比較的若い部類なのかなと。なので、未だに土地などの不動産も個人で所有できますしね。

本間:元々は資本主義だったものをガラリと社会主義体制に一変してしまい、すべてが狂った。そこに、追い打ちで石油の価格が暴落したので、ここまでハイパーインフレになってしまったのかな、と。世界中の人々は、このベネズエラ政治の失敗から学ばなければいけないと思います。

(後編につづく)

(文/風間真治)

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