その前に、大会に合わせ期間限定で導入されたFAN IDについて説明しておこう。これは試合観戦にロシアを訪れる外国人に発行されるもので、顔写真入りのラミネート加工されたIDを首から下げるようになっている(ロシア人の観客には別のIDが発行された)。このFAN IDがないと、チケットをもっていてもスタジアムに入れない。
FAN IDについては賛否両論あったが、批判の多くはチケットの転売や譲渡を面倒にしたことだ。
フランス(あるいはクロアチア)の決勝進出が決まって、無理に仕事を休んで現地観戦したいと思ったひとがいたとしよう。チケットは転売サイトなどでなんとか手に入れたとしても、FAN IDがないと入場できない。もちろん運営側もこうした事態は想定していて、各会場にFAN IDセンターを設置し、試合当日でもIDを発行していたようだが、決勝のチケット代が転売サイトで最低20万円(じつはこの価格はかなり下落していて、1カ月前は70万円だった)することを思えば、躊躇するひとも多いのではないだろうか。その結果、チケットを転売できなくなったブラジルやアルゼンチンなどのサポーターが他国の試合を観にくることになったようだ。
しかしそれでも、FAN IDには大きな魅力があった。これさえあればビザなしでロシアに何度でも入出国でき、国内を自由に旅行できるのだ。
「ロシアの観光ビザを取得するにはあらかじめホテルなどの宿泊先の招待状が必要」という奇妙な規則については以前書いた。
[参考記事]
●観光客を拒絶するロシアの不可解なビザ申請
この制度はなかば有名無実になりつつも現在までつづいており、ロシアを世界でもっとも自由旅行がしにくい国のひとつにしている。
ベスト16 7月3日(火) ベルギー3-日本2(ロストフ・ナ・ドヌ/ロストフ・アリーナ)
モスクワ経由で最初に訪れたのは、ベスト8を賭けた日本×ベルギー戦が行なわれるロストフ・ナ・ドヌ。といっても、それまでこの町の名前を聞いたことがなく、どこにあるのかすら知らなかった。
「ドヌ」は「ドン(川)の」という意味で、「ドン川沿いのロストフ」になる。ロシアにはネロ湖に面したロストフという古都があり、そこと区別するためにこう呼ばれるらしい。
ドン川は黒海に注ぐ大河で、ロストフ・ナ・ドヌはその河口近くに位置する。ロシア(ソ連)の小説家でノーベル文学賞を受賞したミハイル・ショーロホフの長編『静かなドン』の舞台でもある。15世紀後半のウクライナが発祥とされるコサックは一種の軍閥(軍事共同体)で、16世紀に南ロシアのドン川流域に移住し「ドン・コサック」となった。自らコサックの村に生まれたショーロホフは、ロシア革命を経て移り変わるコサックの社会や文化、ひとびとを描いた。――ということは知識では知っていたが、ドン川を訪れることがあるとは思わなかった。
ロストフ・ナ・ドヌは人口100万ほどの都市で、ホテルの数も多くなく、私が調べたときはすべて満室になっていた。
この試合についてはすでに多くが語られており、サッカーの素人である私が論評しても意味はないだろう。日本サッカーの歴史に長く語り継がれるであろうワールドカップのベルギー戦をスタジアムで体験することができて、一生の思い出になった。
今回の旅で感じたのは、ロシアが着実にゆたかになっていること。ロストフ・ナ・ドヌはロシア人ですらめったに訪れない地方都市だが、住宅街はおしゃれなカフェが点在する公園に面しており、幼い子ども連れの姿が目立った。下の写真をヨーロッパの街といわれてもわからないだろう。
日本ではしばしば、“独裁者”プーチンの支持率が高いのは国民が洗脳されているからだ、というような報道がされるが、その背景にはソ連解体後の大混乱から立ち直り、生活が年々よくなっている「実体」がある。この国ではわずか20数年前、1990年代半ばには、若い女性が100円ライターひとつで春を売っていたのだ。
モスクワに集結した1万人のコロンビア・サポーターベスト16 7月4日(水)イングランド1-コロンビア1/PKでイングランド勝利(モスクワ/スパルタク・スタジアム)
日本×ベルギー戦の翌日はモスクワに戻ってイングランド×コロンビア戦。ここで驚いたのは、圧倒的な数のコロンビア・サポーター。
今回のワールドカップでは、ブラジル、アルゼンチン、ペルー、メキシコなど中南米の国から大挙してやってきたサポーターの熱狂的な応援が話題になったが、ツアーを利用したとしてもチケット代や宿泊費を考えればけっしてすくない出費ではないはずだ。それでもこれだけの数のサポーターがロシアまでやってこれるのは、中南米の新興国も着実にゆたかになっているからだ。
私の席はそのコロンビア・サポーターの真ん中で、延長を含め120分間とPK戦のあいだ、休むことなく歌い、踊り、絶叫する応援を間近で見ることができた。PK戦で惜しくも敗れたあとは、マンガ『あしたのジョー』のラストシーンのように、彼らは真っ白に燃え尽きて動けなくなってしまった。
スタジアムでもうひとつ気づいたのは、ワールドカップ観戦のために世界じゅうから観光客がやってきていること。もっとも多いのは中国からのツアー客だが、インド人の姿も目立った。それ以上に驚いたのは、インドネシアとベトナムからのツアーに遭遇したことだ。
FIFA(国際サッカー連盟)が、2026年大会から出場国を現在の32から48に拡大すると決めたことには圧倒的に批判の声が多いが、サッカー普及のために中国やインドのような人口大国(そしてアメリカ)がワールドカップに繰り返し出場できるようにしたいという戦略は、ある意味よくわかる。
ロシア中が熱狂したPK戦は目の前で行なわれた
準々決勝 7月8日 クロアチア2-ロシア2/PKでクロアチア勝利(ソチ/フィシュト・オリンピックスタジアム)
ロシアがスペインを劇的なPK戦の末に破ったのはモスクワに到着した当日で、ホテルから地下鉄で赤の広場まで様子を見に行った。私が到着したのは試合終了後1時間ほどだが、ロシア国旗をもったひとたちが続々と押し寄せ、「ロシア」「ロシア」の大合唱が始まっていた。
ソチで観戦したのはそのロシアがベスト4を賭けたクロアチア戦。
試合はクロアチアが優勢に進めたがロシアがカウンターから先制、その後にクロアチアが追いついて延長戦に突入した。延長前半、クロアチアが得点したときはこれで試合が決まったと思ったが、延長後半10分にロシアが劇的な同点ゴール。スタジアム全体が異様な興奮につつまれた(これはすごかった)。
PK戦はゴール裏の目の前で行なわれた。写真はクロアチアの最後のキッカーがゴール決めた瞬間。日本と同じくロシアも前評判が高くなかったこともあるだろうが、残念な敗戦にもかかわらずロシアの大サポーターは健闘を拍手で称え、試合後はみんなたんたんと帰路についた。
コロンビアのサポーターに圧倒されたからかもしれないが、ロシアのサポーターはおとなしく礼儀正しい印象だった。
8万人がスムーズに帰宅した準決勝
準決勝 7月12日(水)クロアチア2-イングランド1(モスクワ/ルジニキ・スタジアム)
決勝の舞台ともなったモスクワのルジニキ・スタジアムは8万人収容で、かつてはレーニン・スタジアと呼ばれ、1980年のモスクワ・オリンピック(ソ連のアフガニスタン侵攻で日本など西側諸国はボイコット)でメイン会場として使われた。今回のワールドカップのために陸上トラックを撤去し、サッカー専用スタジアムとなった。
クロアチア×イングランドも期待にたがわぬ熱戦で、延長後半のマンジュキッチのゴールでクロアチアが激闘を制した。
それより驚いたのは試合後で、8万人の観客が一斉に移動する大混雑を覚悟していたが、ボランティアの的確な誘導と地下鉄の増発によってほとんど待つことなく電車に乗ることができた。今回は多くの外国人サポーターがフレンドリーなボランティアを高く評価していたが、大会運営もどこもスムーズだった。
国家(とプーチン)の威信を賭けたワールドカップで、テロ対策もあって警官や軍隊の警備は厳重だったが、威圧的に感じるようなことはなかった。ちなみにロストフ・ナ・ドヌでは町から空港に行く方法がわからず(大会のために急遽改修・再開された空港なので公共交通機関がない)、困り果てて自動通訳機を使って近くにいた警官に尋ねたら、自分のスマートフォンで配車手配してくれた。ロシアの警官はこわいという印象だったから、これも驚きだった。
フランスとクロアチアの決勝も好ゲームで、ワールドカップ観戦にロシアを訪れた外国人旅行者は満足したのではないだろうか。
橘 玲(たちばな あきら)
作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『「言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)、『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)、『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)、『橘玲の中国私論』の改訂文庫本(新潮文庫)など。最新刊は、『朝日ぎらい よりよい世界のためのリベラル進化論』(朝日新書) 。