1年がかりの交渉だった――。
10月5日より、ケーブルテレビ最大手のジュピターテレコム(JCOM)は、民放キー局のTBSが製作する連続ドラマの新作を、TBSが地上波で放送する3日前にJCOM系列のケーブルテレビで独占して先行配信(有料)するという“日本初”の取り組みをスタートさせる。
具体的には、JCOMは自社が提供する「ビデオ・オン・デマンド」(VOD。自分が見たい時に有料で見たい番組を購入できる)サービスのなかで、TBSが10月8日から毎週金曜日の深夜帯に放送する予定の連続ドラマ「クローンベイビー」(全11回)を1話210円で配信する。
日本を代表する放送局の1つであるTBSと、国内外の放送局などが製作した番組を仕入れて販売するケーブルテレビが協業するという展開は、放送業界のあちこちから“ありえない組み合わせ”との声が上がった。
だが、すでに海外に先行事例はある。ベルギーを拠点とする広域ケーブルテレビ事業者のTELENETは、“プレビューサービス”と銘打って既存の放送事業者(地上波)と協業するサービスを展開し、契約者の70~80%が地上波の番組の先行配信をケーブルテレビで視聴するという水準にまで育てていた。昨年6月の欧州視察時に、TELENETの幹部から説明を受けたJCOMの幹部は、この点に着目した。
なぜなら、ケーブルテレビの全契約者に占めるVODサービスの利用率は、JCOMが10%の水準であるのに対し、TELENETは40%もあった。日本では前例がないが、もし同様の事例を日本に導入すれば、「VODの利用を伸ばす“起爆剤”になる」(中谷博之・上席執行役員)と考えたのだ。
そして、JCOMは、民放キー局の中で「見逃し視聴」サービスなどでVODに熱心だったフジテレビとTBSに話を持ちかけた。交渉の結果、1年後にTBSと話がまとまった。そのTBSは、「今回は配信先をJCOMに限定した実験的なプロジェクトだが、先行有料配信という先駆的な試みを通じ、番組の活性化や宣伝効果の波及、さらには先行有料配信の事業性についての検証につなげたい」と、公式にはあくまで“実験”というスタンスを崩さない。
だが、TBSに限った話ではないが、折からの広告収入の激減が業績の低迷につながっている民放キー局にとっては、将来的に有料放送への展開をにらんだ可能性を検討しなければなければならないし、いつまでもケーブルテレビを格下扱いして2次利用以降の販売先という状態に留めておくというわけにもいかなくなる。
端的に言えば、今回のJCOMとTBSの協業は、放送局にすれば、ケーブルテレビ側は対価を確保した上で、地上波の番組を宣伝する“場”を提供するようなものなので、煩雑な権利処理などの問題を除けば、必ずしも悪い話ではないのである。
現時点では、放送業界内にはJCOMに対する感情的な反発もあるが、TBS社内にも「今回のような前代未聞のトライアルが動いた理由は、経営陣の担当分野が変わった直後のタイミングだったことも大きかったのではないか」(幹部)という見方もある。
問題は、JCOMが第2、第3の事例を生み出せるかにかかっている。今回の“呉越同舟”が既存の放送業界にとって、「試してみる価値がある」と判断できる結果が出せれば、これまでまったく別の道を歩んできた地上波とケーブルテレビが協業を模索する新時代へと一気に進む可能性が高い。
すでに民放は、広告収入が下がっていることで番組の制作費を大幅にカットしており、その必然として番組の質が落ちている。それが、視聴者の“テレビ離れ”を生むことにつながっていると言われるなかでは、新たな収益源の確保について真剣に考えることを余儀なくされている。このまま悪循環を続けていても“ジリ貧”であり、いっそうテレビ離れが進むことは「火を見るより明らか」(総務省の幹部)だからだ。
欧米の先行事例は、数年後には日本に入ってくる。今回のTBSの決断は、吉と出るか凶と出るか――。いずれにしろ、大きな一歩を踏み出したという意味で、現在進行中の“メディア大再編”では要注目の動きである。
(「週刊ダイヤモンド」編集部 池冨 仁)