『週刊ダイヤモンド』9月21日号の第1特集は「日韓激突!ものづくりニッポンの悪夢~半導体・化学・電子部品~」です。強いからこそ、狙われる――。
岡山県倉敷市、水島臨海工業地帯。工業化のきっかけをつくった三菱重工業の工場を譲り受けた三菱自動車や、倉敷を発祥の地とするクラレが名門とされ、ほんの少々、肩身を狭そうにしながらも、三菱ケミカルの岡山事業所では、あるユニークな製品がせっせと作られている。
「エチレンビニルアルコール共重合体(EVOH)」と名前はいかついが、マヨネーズのボトルやカレールーの容器などに使われる身近な高機能プラスチックである。一見、ただの汎用容器に思えるが、これには技術の粋が詰まっている。
酸素をはじめとするあらゆるガスを通しにくいのが特徴で、防腐剤に頼らずとも食品を長持ちさせてくれる生活必需品だ。ちなみに、スーパーのレジ袋で同じように空気の侵入を防ごうとすると、EVOHなら10μmで済むところ、10cmもの厚みが必要となる。
今回、その加工技術開発センターへの“潜入”が許された。そこに広がっていた空間こそが、まさにクレイジーだった。訪問前は、ちょっとした研究ラボのようなものだろうと高をくくっていたのだが、行ってみると、幾つも機械が並んでいる。
「数えたことなんてないけれど……大きいものだけで10台くらいありますかね」(小野裕之・三菱ケミカルソアノール事業部加工技術開発センター長)。時にはここで、顧客に代わって製品の初期評価まで行うこともあるという。
何を隠そう、EVOHは作れる企業が、世界でクラレと三菱ケミカルのほぼ2社しかない。そんな寡占市場でも、「カスタマーズ・ラボ」と銘打って顧客志向を貫き通しているのである。
積水化学工業の想像を絶する顧客対応力顧客志向というと生ぬるく感じるかもしれない。しかし、日本メーカーが提供するカスタマイズのレベルは、時に世間が想像するであろう域を超えている。積水化学工業が世界トップシェアを誇る液晶ディスプレー向けの「シール剤」で説明しよう。
シール剤とは、湿気に弱い液晶を外気から守るディスプレーの接着剤だ。ただ隙間をふさげばいいというものではないから難しい。液晶のみならず、ガラスやカラーフィルターなど、接触する全てのものと相性が良くなければならないからだ。
だが、素材メーカーは、顧客から完成品の構成部材の仕様を明かされないのが一般的だ。つまり、顧客が使っているカラーフィルターなどがどんなものかはっきりしないまま、それに合うシール剤を推測して提供しなければならない。
しかも、テレビやスマートフォンといった電気製品は、製品ライフサイクルが短く、次々に新製品が発売される。対応力の高さは絶対で、完璧に顧客の要望に合う材料に仕上げるまでに与えられるチャンスは通常、たったの「1~2回」(村松隆・積水化学高機能プラスチックスカンパニーエレクトロニクス戦略室長)だ。
その中で積水化学は、新たな機能を付加した最先端の技術開発まで行うわけである。足元では液晶のみならず、折り曲げたり丸めたりできる有機EL向けシール剤の開発にも乗り出している。顧客情報を収集して「痒い所に手が届く製品」を提案し続けられる、クレイジーなほどの根気がなければ成り立たない商売だ。