[参考記事]
●「金融幻想の終わり」を語る!(1)それでも外資系金融は終わらない!?
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日本の金融機関はグローバル化できるのか?橘玲(以下、橘) 日本の金融ビジネスはどうなるでしょう。
藤沢数希(以下、藤沢) 日本の銀行は縮こまっちゃってますね。預金を集めて、国債を買って、投資信託を売ったり、借りる必要のない企業にお金を貸すというビジネスに終始している。それでも他国の銀行が沈んできたので、時価総額とか資産規模とか収益性では、上位に来ちゃってますけど。
橘 日本の金融機関にグローバルビジネスは無理ですよね。
藤沢 リーマンブラザーズが潰れたときに、バークレイズと野村證券が買収したんです。バークレイズは同じカルチャーだからうまく吸収してビジネスを拡大させたけど、野村證券はまったくマネジメントができませんでした。野村證券はコテコテの日本企業で、社員は年収700万~800万円の年功序列。そこに、リーマンブラザーズの人たちが入ってきて、同じ仕事してる外人が年収5000万円とかもらうわけですから。しかも、転職されたら困るというので、元リーマンブラザーズ社員には金融危機前の2007年と同じ額の報酬を2年間保証したんです。すっ高値で掴みましたね。
橘 野村の社員にしたら、モチベーションが下がりまくりですね。
藤沢 ええ、それでマネジメントができなくなって、野村側の経営陣の報酬もグローバルな水準に近いところまで引き上げたんですよ。日本は東京三菱UFJや三井住友でもトップの年俸は1億円いかないんですけど、野村はそれを5億円くらいまで引き上げた。
橘 野村のトップは2012年、増資インサイダー事件の責任をとって、辞任しましたよね。
藤沢 表向きはそうですが、実際には買収したリーマンブラザーズを上手くマネジメントできなかったり、もともといろいろな問題もあって、増資インサイダー事件がきっかけになったというだけでしょう。それでも自分たちが引き上げて受け取っていた億単位の報酬は返さなくていいんだから、おいしいですよね。まあ、外資系投資銀行のトップには10億円とか20億円とかザラにいるので、それに比べたら少ないですけど。
橘 ものすごい金額ですね。
藤沢 トップというのは自分の子飼いとかを取締役にして、お友達を社外取締役にして、ほとんど自分の報酬を自分で決められるわけで、これだけ高額になると、株式会社のガバナンスとしては少し悪い方向に行き着いちゃってるのかなって感じがします。
橘 「金融機関はほかの製造業に比べて利益率が高い。少人数でたくさん稼いでいるんだから人件費が高くなるのは当然だし、株主にはきちんと配当してるんだからいいだろう」という理屈なんでしょうけど。
藤沢 それよりも、他の銀行の経営者はもっと貰ってるんだから、俺にも払えってことでしょう。
橘 投資銀行は儲かっているんですか。
藤沢 手数料ビジネスはどんどん厳しくなってるけど、やっぱり、リスクを取るトレーディングはまだ基本的には儲かってますね。僕の感覚では、そこそこ優秀なトレーダーなら年間10%くらいのリターンは稼ぐ感じです。それくらいのリターンだったら、リスクとか考えると、やっぱり自分のお金でやるより会社のお金でやるほうが儲かるんです。
橘 元になる資金量が違いますからね。
藤沢 そうなんです。会社というのはよくできてるんですね。全てのトレーダーがプラス10%のリターンをあげられるわけではなくて、-10%~+30%ぐらいとしても、いろんなストラテジーのトレーダーを集めれば、会社としては収益は安定します。株やFXなら個人でもできますけど、金融機関でしか扱えないデリバティブもあるし、なんだかんだいって情報も集まってくるし、様々な情報インフラもありますから、会社のほうが何かと有利なことが多い。会社は、社員がリスクを考えたら独立するより会社に残ったほうがいいと思う程度の報酬を払ってるわけなんですよ。
橘 投資銀行にトレーダーってどれくらいいるんですか?
藤沢 全社員の5%もいないと思います。その5%に満たない社員が利益の8割ぐらいを稼いでいたわけです。
橘 投資銀行はサブプライムローンなどを組み込んだ住宅ローン債券やそのデリバティブで大損しましたけど、ああいう商品を扱っていたトレーダーはどれくらいいたんでしょう?
藤沢 そんなのごく一部ですよ。5%もいないトレーダーのうちの9割以上は、全然関係がなかった。トレーダーも債券部と株式部に分かれるんですけど、債券部のそのまたごく一部の人の粗相でこんなことになっちゃった。
橘 バブルの責任は債券部にあった、ということですか。
藤沢 そうですね。でも、金融システム全体で考えたら、僕はいちばん悪かったのは格付会社だったと思います。住宅ローンを束ねた金融商品を、格付会社にレーティングしてもらうわけです。投資銀行がお金を払ってね。格付け会社がそうやって「トリプルA」の格付を与えたら、年金などの機関投資家のファンド・マネジャーはサラリーマンだから、安心してなんにも調べずにそれを組み込んでいっちゃうんですね。格付けは、損した時の言い訳としてはすばらしい免罪符なんです。サラリーマンは、とにかく責任回避して、クビにならないことが一番大切なんですよ。
橘 そういう人たちが、僕たちの年金や保険料を運用しているわけですね。
藤沢 「トリプルA」のほかの債券に比べれば、住宅ローンなど高リスクのものが入っている分だけリターンが高いのは当然なんです。もともと債券ビジネスって1%とかのリターンで毎年ちょろちょろ利益を稼ぐものなので、そのぶん大きな元本を注ぎ込むんです。それがいいリターンを上げていたものだから「じゃあもっとリスク取っていいよ」と、資金をどんどん入れちゃって。
橘 「赤信号、みんなで渡れば怖くない」であれだけ大きな損害になったわけですね。株式のほうはそういうことはないんですか。
株のほうが破滅的な大損はしない藤沢 株は基本的に破滅的な大損はしないんですよ。普段からボラティリティがあって儲かったり損したりがあるので、常にリスクを警戒しているから。ところが債券はほとんどの場合は儲けるけど、元本が大きいから、一回の失敗で破滅的になる。銀行の経営者もトレーダーも「20回のうち19回は儲かるけど、1回に致命的な損失が出る」っていうリスクは、取りやすいんですね。だって、危機が起こるまでは毎年安定して儲け続けるわけだから、すごく優秀に見える。
橘 なるほど。人間の欲望を考えると、そこを変えるのはなかなか難しいかもしれませんね。だから同じ過ちを繰り返すんでしょうけど。
藤沢 経営者もトレーダーも、最悪は辞めたりクビになるだけで、株主は食い物にされた、と言われていますけど、それも違うと思います。株主も最悪は投資した分がゼロになるだけだから、有限責任です。だから、株主も経営者をけしかけてどんどんリスクを取らせたい。それで、本当に破滅的な損失が出たら、最終的な尻拭いは税金が充てられるわけですよね。
橘 利益が出たら自分たちのものにできて、失敗したら最終的には社会に押し付けることができるわけですからね。今、議論されている金融規制は、銀行に関してはそれをやらせないっていう方向になっていますが。
藤沢 資本をもっと積んでバッファを増やす「バーゼル3」と、大きなリスクのあるトレーディグを禁止する「ボルカールール」の2本立てです。
橘 トレーダーとしてみたら、手足を縛られた投資銀行で仕事をするのと、ヘッジファンドに出ていくのと、どちらがいいんでしょうか。
藤沢 雇われる場合だと、昔は例えばゴールドマン・サックスのプロップ・トレーダーと、ヘッジファンド・マネジャーだったら、一流の投資銀行のトレーダーのほうが、地位も高かったし、報酬も同等以上だったんですけど、最近は逆転してますね。トップ・クラスのヘッジファンドに行ける人は、投資銀行からどんどん移っていますよ。ただ、昔はヘッジファンドは優秀なトレーダーを投資銀行から引き抜く時に、儲けの10%とか、かなりいい契約をしないと引き抜けなかったんですけど、今は買い手市場になっちゃって、そういういい契約はなかなかしてくれなくなっています。
橘 ヘッジファンドを自分で起ち上げるのはどうですか?
ヘッジファンドと投資銀行、どっちがいい?藤沢 それは「大企業で働くのと自分で起業するのと、どちらがいいか」というのと同じで、やっぱり投資銀行に残るほうが有利だと思います。投資銀行のトレーダーが立ち上げたヘッジファンドが10社あったとしたら、7社ぐらいは3年以内に潰れて、2社はギリギリ生き残り、1社が成功してお金持ちになるぐらいのイメージです。
橘 それもまたすごい世界ですね。
藤沢 ある意味、そちらのほうが健全ですけどね。ヘッジファンドの世界は報酬がまた凄くて、今、世界には1万5000社以上のヘッジファンドがあるんですけど、上位10社ぐらいを見るとトップの報酬って1000億円単位なんですよ(笑)。
橘 それを理解するのはなかなか難しいですね。ただ、そういう現実を知ると、賢い人たちが金融の世界に引き寄せられていくのは、わかるような気がします。
藤沢 社会としては、金融機関が優秀な人材を集めすぎているというのは、ある意味で深刻な問題です。英国では、数学や物理やコンピュータの分野で優秀な人材は、みんなシティの金融機関に就職するんです。米国でも特に理系の優秀な人材は、みんなヘッジファンドか投資銀行です。
橘 そうやって金融業界に優秀な人材が集まっても、実力が発揮できるのは数パーセントでしょう。もったいないですね。
藤沢 言うなれば、才能のある人たちが集まってみんなでマージャン大会やってるのと同じなんです。結局、トレーディングってゼロサム・ゲームなんで。どこかで面白い記事を読んだんですけど、米国では大恐慌の後に金融機関がボロボロになってから、優秀な人たちがみんな自動車とか電機とか製造業に行ったそうなんです。それでいろんな産業が育って、米国の黄金時代の基礎を築いたという。
橘 じゃあ『外資系金融の終わり』が、新たな経済成長の始まりになるかもしれませんね。これまでは、金融機関の報酬がとにかく桁違いに高かったから、製造業とかは「なんでそんな賃金で働かなきゃいけないの」と思われても仕方がないないところがあった。少しはならされますかね。
藤沢 報酬の歪みによって長期的な経済成長率が落ちるというのは、結構問題だと思ってるんです。日本を見ると金融機関もそうだし、規制業種の給料が高すぎますね。通信会社とか電力会社とか。
橘 テレビ局や新聞社もそうですね。これも規制業種。
藤沢 規制によって守られた業種や公務員の給料が、国際競争のある民間セクターよりも高いというのは、非常によくないことなんですよね。
橘 最近は、将来なりたい職業の1位が公務員らしいですからね(笑)。藤沢さんは、どうして研究者の道から、金融に進まれたのですか?
藤沢 僕の場合は自分の給料を上げたかっただけで、ほとんど迷いはなかったですけど。僕はもともと物理をやっていたんですけど、物理も面白かったけど金融もものすごく面白そうで。でも、金融のほうが給料がものすごく高かった。面白さが同じぐらいで給料が高かったら、チャンスが与えられれば「金融のほうがいい」ってなりますよね。
橘 誰だってそう考えますよね。でも、外資系金融機関だと「いつクビになるかわからない」っていう不安はないんですか?
藤沢 それが意外に思われるかもしれないですけど、外資系金融のほうがはるかに安定してるんですよ。アカデミックな研究職ってパーマネントな契約にならない限りは、米国でも日本でも、基本的に2年契約なんです。2年ごとにクビになるのと同じです。金融機関は外資系でも基本はパーマネントで雇われるし、解雇されるときにも割り増し退職金をたくさん貰えます。しかも、転職もしやすい。それでお給料は段違いにいい。だから報酬とかジョブ・セキュリティに関しては迷いませんよ。
(第3回に続く)
●橘 玲(たちばな あきら)
作家。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。「新世紀の資本論」と評された『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ベストセラーに。著書に(以上ダイヤモンド社)などがある。最新刊』(集英社)が発売中。ザイ・オンラインとの共同サイト『橘玲の海外投資の歩き方』にて、お金、投資についての考え方を連載中。
●藤沢数希(ふじさわ かずき)
欧米の研究機関にて、理論物理学の分野で博士号を取得。科学者として多数の学術論文を発表した。その後、外資系投資銀行に転身し、マーケットの定量分析、トレーディングなどに従事。 おもな著書に、(いずれもダイヤモンド社)がある。ツイッターのフォロワーは7万人を超える。
(撮影/和田佳久 構成/渡辺一朗)