1年ほど前にプノンペンを訪れ、“歴史的な”IPO第1号に応募してみた。

[参考記事]
●“歴史的”なカンボジアのIPO第1号を体験してきた

 プノンペン水道公社(PPWSA)を1000株応募し、1株6300リエルで265株が当選した。

ちなみに、初値は9400リエルと高騰し、上場3日で最高値1万200リエルまで上昇したが、その後はストップ安の連続で6900リエルまで下落し、1年経ったいま株価は6300リエル前後と元の木阿弥になっている(40リエル≒1円)。

「投資にウマい話はない」というお手本のような結果だが、思わぬ副産物もあった。カンボジアの銀行口座がオマケでついてきたのだ。

 カンボジアの株式市場には外国人の個人投資家でも参加できるが、そのためにはカンボジア国内の銀行に決済用の口座が必要になる。カンボジア株はリエル建てなので、株式の購入代金は銀行のリエル普通預金口座から引き落とされ、売却代金はその口座に振り込まれる。

※カンボジア株はリエル建てなので、株式の購入代金は銀行のリエル普通預金口座から引き落とされ、売却代金はその口座に振り込まれる(現在ではトレーディング用の口座も認められた)

 IPOに応募するためアシレダ証券に口座開設を申請すると、親会社であるアシレダ銀行にも口座を開かなくてはならない。アシレダ銀行はカンボジア最大手の金融機関で、その本店で手続きしたのだが、そのとき不思議なことに気がついた。定期預金の金利表を見せてもらうと、ドル預金の金利が異常に高いのだ。

 60カ月(5年)の定期預金だと、リエル建てが年利8%で、ドル建てが年利7.75%。世界金融危機以降、FRBの大胆な金融緩和でドルの金利は大幅に下がり、現在、シティバンク銀行のドル定期預金(1年)は年利0.03%だ。あまりにウマい話なので、思わずカンボジアでドル定期預金をしてしまった。

[参考記事]
●年利7.75%の米ドル預金はいかが? ただし、場所はカンボジアだが

カンボジアの高金利米ドル預金は資産運用ではない!

 現地に住む日本人を別とすれば、カンボジアの“高金利ドル預金”はほとんど知られていなかった。

銀行口座の開設には原則として労働ビザなどの居住ビザが必要とされていたからで、証券取引の開始にともなってその規制が一部緩和され、旅行者でも銀行口座が開けるようになり、ネットなどを通じて情報が広まりだしたのだ。

 ここで最初に断わっておくが、日本だと年利0.03%のドル定期預金がカンボジアでは年利8%になるのは明らかにおかしい。「そこにはなにか理由があるはずだ」と考えるのが、フィナンシャルリテラシーだ。このサイトを訪れるひとは、当然、このリテラシーを有しているから(そうですよね)、“高金利ドル預金”のような奇妙な現象を情報として提供できる。

 なぜこんなことを書いているかというと、前回の記事がアップされた後に週刊誌などから何件も問い合わせがあったからだ。その当時は、「国の借金がとめどもなく膨らんでこのままでは国家破産するのではないか」といわれていて、国内の円資産を海外に避難させる「資産フライト」が流行りのテーマだった。そこで、海外での資産運用の一環としてカンボジアの“高金利ドル預金”を紹介したい、というのが問い合わせの趣旨だ(ちなみに、このとき「日本は国家破産する」と書き立てていた週刊誌が、今は「アベバブルで株も不動産も高騰する!」と煽っている)。

 そのたびに私は、「カンボジアの銀行にお金を預けるのは“資産運用”ではない」と説明しなければならなかった。投機(ギャンブル)とまではいわないが、いざとなればカンボジアまで行って窓口で現金を引き出し、米ドルや日本円に両替して資金回収できるひとが自己責任でやることだ。一般週刊誌の主要読者層であるリタイアした高齢者に「国家破産対策」として勧め、彼らが大挙してカンボジアに押しかけるようなことになっても責任はとれない。

 さて、ながながと言い訳を述べてきたのには理由がある。カンボジアの“高金利ドル預金”がいま、ひそかなブームになっているのだ。

日系金融機関が顧客開拓を推進

 一般論として、旅行者がカンボジアに銀行口座を開設することは難しくなっている。

 証券取引が開始された直後は日本から郵送で口座開設することも可能だったようだが、現在は本人が銀行窓口に行くことが原則で、そのうえ一部の銀行ではカンボジア国内の住所証明を要求される。私の時はこの住所証明は滞在するホテルの宿泊証明(ホテルに頼むとつくってくれる)でよかったが、現在は認められていないようだ。

 それではなぜ、日本人のあいだでカンボジアの“高金利ドル預金”がブームになるのか? それは、日系の金融機関が日本人顧客の開拓にちからを入れるようになったからだ。

 カンボジアでは現在、SBIが出資するプノンペン商業銀行(PPCB)と、アミューズメント大手マルハン系列のマルハンジャパン銀行の2つの日系金融機関が営業している。このうち今回は、プノンペン商業銀行を訪ねてみた。

 プノンペン商業銀行は、2008年9月にSBIと韓国の大手貯蓄銀行現代スイスグループの共同出資で設立された。当初はSBIが40%出資の少数株主だったが、SBIが現代スイス貯蓄銀行を買収することになったため、今年から名実ともに“日系”銀行になった。SBIはすでに、カンボジアの大手財閥ロイヤルグループと共同(82%出資)でSBIロイヤル証券を設立しており、銀行と証券の両方でカンボジアに進出したことになる。

 カンボジアでの金融業務を統括するSBIの宗英一郎氏によると、東南アジア進出の拠点としてカンボジアを選んだのは、この国の成長性に期待するのと同時に、金融業に対する規制が緩く外国企業でも100%出資の完全子会社を持てるからだという。

 中国市場への進出を考える日本の金融機関が二の足を踏むのは、金融規制によってマジョリティを現地のパートナー企業に握られてしまうからだ。金融業を国民経済の基幹と見なして同様の外資規制を行なう国は東南アジアにも多い。

これではせっかく出資しても、おいしいところはすべて現地パートナーに持っていかれかねない。それに対してカンボジアは、内戦の混乱で経済インフラの大半が破壊されてしまったため、そもそも外資を規制できるだけの蓄積が国内にないのだ。

 カンボジアの株式市場開設は日本でも大きく報じられたが、その後は苦戦が続いている。

 プノンペン水道公社に次ぐ第2号のIPO案件だったテレコム・カンボジアは、会計監査により巨額の累積損失(過去5年で5700万ドル)を抱えていたことが発覚し、さらには総裁が汚職の疑いで辞任に追い込まれるという不祥事まで起こして上場が無期延期になってしまった。 

 SBIロイヤル証券はIPOが予定されるシアヌークビル港湾公社の主幹事だが、同公社も会計監査の進捗等で日程は大幅に遅れており、銀行業に活路を見出すほかはない、という事情もあるようだ。

 オーナーとしてなんでもできるプノンペン商業銀行は、SBIにとって東南アジアでの金融ビジネスの試金石でもある。

 カンボジアには多数の韓国企業が進出しており、日系や韓国系企業に融資を行なう一方で、カンボジアの中堅中小企業や個人事業主向けのビジネスローン、個人向けの住宅ローンなども積極的に手がけている。さらには富裕層へのプライベートバンキング業務も視野に入れており、その一貫として、市の中心部にあるプノンペンタワーの支店に日本人担当者が常設する「ジャパンデスク」を開設した。

 このジャパンデスクは、主に駐在員などカンボジア在住の日本人を顧客にしているが、日本からの旅行者にも、パスポートと住所証明書類(運転免許証など)で口座開設に対応してくれる。こうしたサービスが知られるようになり、いまではジャパンデスクにひっきりなしに口座開設する日本人が訪れる。

 日本からの旅行者で多いのは、「チャイナプラスワン」でカンボジアに工場などの投資視察にやってくる団体客だ。視察の日程に口座開設が組み込まれていることも多く、日本から持ってきた円を米ドル口座に“高金利預金”するひともいるという。

 ここで、プノンペン商業銀行の現在の定期預金金利を紹介しておこう。

プノンペン商業銀行の米ドル定期預金金利(2013年4月)
期間
利率(年)
1ヶ月  2.50%
2ヶ月  3.00%
3ヶ月  4.20%
6ヶ月  5.20%
12ヶ月 6.20%
24ヶ月 6.70%
36ヶ月 7.50%
48ヶ月 7.80%
60ヶ月 8.00%
*利子課税は居住者6%、非居住者14%

「二重貨幣」経済はいつまで続くのか?

 前回も書いたが、市場が完全に効率的ならば、米ドルの定期預金金利が8%になることはあり得ない。機関投資家やヘッジファンドが低利でドル資金を調達し、それをカンボジア市場で運用すれば無限に儲かるからだ。もちろん、市場に大量にドル資金が流入すれば金利が低下するから、このような錬金術は実際には起こらない。この裁定取引は、国内と海外のドル金利が(リスクを勘案して)同じになるまで続くことになる。

 ところがカンボジア経済はまだ未成熟で、機関投資家などはリスクの高いカンボジアの金融市場に投資できない。その結果、金利の裁定が働かず、閉じた経済圏のなかで高金利のドルが流通するとというかなり特殊な事情になっているのだ。

 カンボジアの通貨はリエルだが、商業融資ばかりか住宅ローンなど個人向け融資もドル建てがふつうだ。通貨としての信用力の高いドルの金利は、リエル建てより若干低く設定されている。リエル建ての貸出金利が年15%なら、ドル建ての貸出金利は年14%で、これなら年8%の金利で資金調達してもじゅうぶん元がとれるのだ。

 ところで、こうした「閉鎖経済」はいつまで続くのだろう。

 ベトナムも10年ほど前まではドル経済だったが、経済発展にともなって急速に現地通貨ドンに統一された。

中央銀行は自国通貨しか管理できず、いつまでもドルに頼っていては金融政策を放棄することになってしまうからだ。

 リエルとドルの二重経済で、ドルが事実上の決済通貨になっているカンボジアでは、中央銀行がマネーストック(通貨残高)に影響を与えることができず、市場の需給だけで金利が決まる特異な状況が続いている。これはある意味、「国家のない資本市場」がどこまで機能するか、という社会実験でもある。

 もちろん経済の専門家は、こうした不安定な金融市場が持続可能だとは考えないだろう。中央銀行が通貨の発行量や金利を管理するためには、どこかで国内通貨をリエルに統一する必要がある。

 ドル経済が定着してしまったカンボジアの現状を見ると、ドルからリエルへの移行はかんたんではないだろう。それを無理にやろうとしたとき、どのようなことが起きるかの予測は難しい。

「自国通貨を放棄する」というカンボジアの社会実験がどのような結末を迎えるのか、それを身近に体験することを「海外投資の楽しみ」と思えるひとは、カンボジア旅行のついでに“高金利ドル預金”をぜひどうぞ。

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