発酵性のオリゴ糖・単糖・二糖・ポリオールの総称であるFODMAP(Fermentable Oligosaccharides, Disaccharides, Monosaccharides, And Polyols)は消化管で吸収されず大腸へ到達することで腸内細菌に利用・発酵され、ガス産生、腹痛、腹部膨満感などを引き起こすため、過敏性腸症候群(IBS)や炎症性腸疾患(IBD)患者の症状を悪化させる可能性が指摘されており、近年では「低FODMAP食」が有効な食事療法として注目されています。なかでもポリオール(糖アルコール)の一種であり甘味料として広く使用されるソルビトールは、活動期IBD患者の腸内で、健常者や寛解期患者と比べて糞便中濃度が高いことが報告されており、腸管炎症との関連も示唆されてきました。しかし、ソルビトールそのものが腸内で炎症を誘導しうるのか、またその際に腸内細菌叢や免疫細胞がどのように関与しているのかについては、これまで明らかにされていませんでした。
本研究では、マウスにソルビトールを摂取させた実験を通じて、ソルビトールが腸内環境と免疫応答に与える影響を詳細に解析しました。その結果、ソルビトール摂取により、実験的大腸炎が悪化することが分かりました。さらに、ソルビトールを継続的に摂取すると、大腸内でIL-1βなどの炎症性サイトカインの産生や、炎症性のM1型マクロファージの分化が促進されていることが明らかになりました。さらに、腸内細菌叢の構成に変化が認められ、とくにPrevotellaceae科細菌の割合が高くなっていました。こうした炎症性の変化は、抗菌剤の投与によって消失したことから、ソルビトールの作用が腸内細菌叢に依存していることが示唆されました。加えて、ソルビトール摂取群では糞便中のトリプタミン濃度が有意に上昇しており、トリプタミンを添加した細胞実験においても、M1マクロファージへの分化およびIL-1βの発現増加が確認されました。
以上のことから、ポリオールが腸内細菌叢の構成や代謝、免疫応答に影響を及ぼし、腸の炎症を悪化させる新たな仕組みが明らかになりました。これにより、低FODMAP食がIBDの急性期における症状緩和に寄与する可能性が示唆されました。一方で、FODMAPの中には腸炎の抑制に関与する糖類も報告されています。
本研究は、腸内細菌・代謝物・免疫細胞の連関に着目した新たな炎症制御の視点を提供し、個別化栄養療法やマイクロバイオームを標的とした治療戦略の発展に貢献することが期待されます。
本研究成果は、2025年6月19日付で、国際学術誌『iScience』(Cell Press)にオンライン掲載されました。
■研究成果のポイント
・ソルビトール摂取により大腸炎が悪化し、炎症関連遺伝子の発現が増加する。
・ソルビトールは炎症性(M1型)マクロファージを増加させ、IL-1βを介した炎症を促進させる。
・ソルビトール摂取によりPrevotellaceae科細菌およびトリプタミンが増加し、いずれもM1型マクロファージの増加と相関する。
・トリプタミンはM1型マクロファージ分化とIL-1βの発現を誘導する。
■研究の背景
FODMAP(Fermentable【発酵性】、Oligosaccharides【オリゴ糖】、Disaccharides【二糖類】、Monosaccharides【単糖類】、And Polyols【ポリオール】)は、小腸で吸収されにくく、大腸まで到達し、腸内細菌によって発酵されることで、ガスの産生や腹痛、腹部膨満感などの消化器症状を引き起こすことがあります。このため、過敏性腸症候群(IBS)や炎症性腸疾患(inflammatory bowel disease:IBD)の患者においては、症状の緩和を目的として低FODMAP食が推奨される場合があります。
なかでもFODMAPの「P」に該当するポリオールの一種であるソルビトールは、低カロリー甘味料として広く使用される一方、腸内細菌による代謝異常を介して下痢を引き起こす「ポリオール不耐症」を生じることが知られています。また、活動期のIBD患者では、健常者や寛解期患者と比べて糞便中のソルビトール濃度が高いことも報告され、腸管炎症との関連が示唆されてきました。しかしながら、こうした食事由来のポリオールが、腸内細菌叢や免疫応答を介して腸管炎症を誘導あるいは増悪しうるか、さらにはその分子メカニズムについても、これまで明らかになっていませんでした。
■研究内容と成果
まず、ソルビトール摂取が大腸炎に影響を及ぼすかを検証するため、マウスにソルビトールを2週間摂取させた後、デキストラン硫酸ナトリウム(DSS)を投与し、大腸炎を誘導しました。そして、体重変化・糞便中の炎症マーカー(リポカリン2)・大腸組織切片の観察により炎症評価を行った結果、ソルビトール摂取群では対照群と比較して有意な体重減少、リポカリン2濃度の上昇、ならびに組織損傷の増悪が認められました。
次に、ソルビトール摂取による大腸内の遺伝子発現変化を解析したところ、ソルビトール摂取群では対照群と比較して遺伝子発現パターンが大きく変化し、特にIL-1βを含む免疫細胞由来の炎症応答関連遺伝子が顕著に上昇していました。中でも、炎症を惹起するM1型マクロファージに関連する遺伝子群の発現増加が認められ、これらの変化はIBD患者と健常者の間でも類似の発現パターンが確認されました。以上より、ソルビトール摂取はM1型マクロファージおよびIL-1βの増加を介して腸管炎症を促進する可能性が示唆されました。
さらに、大腸におけるマクロファージの分化状態を解析したところ、ソルビトール摂取群では対照群と比較してM1型マクロファージの割合が有意に増加しており、一方で抗炎症性のM2型マクロファージの割合には両群間で差は認められませんでした。次に、ソルビトールによる大腸炎の増悪にIL-1βが関与しているかを検証するため、IL-1β欠損マウスを用いて実験を行いました。野生型マウスをIL-1β欠損マウスと共飼育した場合、野生型マウスではソルビトール摂取群において大腸炎による生存率が対照群と比較して有意に低下しました。一方、IL-1β欠損マウスではソルビトール摂取の有無にかかわらず、生存率や生存日数に差は認められませんでした。さらに、ソルビトール摂取時においても、IL-1β欠損により大腸炎による死亡率が有意に改善しました。これらの結果から、ソルビトールによる大腸炎悪化にはIL-1βが重要な役割を担っており、ソルビトールによる腸炎悪化にIL-1βが関与することが示されました。
次に、ソルビトール摂取がどのようにM1型マクロファージの増加を引き起こすかを検討しました。
最後に、腸内細菌叢がどのような代謝物を介してM1型マクロファージの増加に関与しているかを明らかにするため、糞便中のメタボローム解析を行いました。その結果、ソルビトール摂取群でトリプタミンが顕著に増加しており、抗菌投与によりその増加が抑えられることが確認されました。そこで、トリプタミンがM1型マクロファージの分極を促進するかを検証したところ、培養マクロファージにおいてトリプタミン添加は濃度依存的にM1型への分極を誘導し、LPS存在下ではIL-1βの発現も有意に増加しました。これらの結果から、トリプタミンはM1型マクロファージの分極を促進し、IL-1β産生を増強することが示されました。
■今後の展開
本研究により、人工甘味料として広く使用されるソルビトールが、腸内細菌叢およびその代謝物を介して腸管の免疫応答に影響を与え、大腸炎を増悪させる可能性が示されました。ソルビトール摂取により、Prevotellaceaeを含む一部の腸内細菌が増加し、腸内でのトリプタミン産生が促進されました。
■論文情報
掲載誌:iScience (Cell Press)
論文名:Dietary fermentable polyols fuel gut inflammation through M1 macrophage polarization and gut microbiota
著 者:Kensuke Sato, Miwa Tomioka, Masahiro Akiyama, Yasuyuki Matsuda, Hideki Hara, Haruki Sasa, Yosuke Kurashima, Joe Inoue, Shinji Fukuda, Yun-Gi Kim*(*責任著者)
DOI:10.1016/j.isci.2025.112934
・本研究は、JSPS科研費 JP23H02718、 JP23K18223、 JP20H0349、次世代研究者挑戦的プログラム(JPMJSP2123)、山形県鶴岡市の助成を受けたものです。
■用語解説
・腸内細菌叢:ヒトの大腸には数百種類、約30兆個の細菌が存在し、互いに作用し会いながら複雑な生態系をなしている。この細菌の生態系を腸内細菌叢と呼び、さまざまな生理機能や疾患への関連性が報告されている。
・IL-1β:炎症反応を誘発するサイトカインの一つ、マクロファージをはじめ、様々な免疫細胞によって産生される。
・M1マクロファージ:自然免疫において重要な役割をもつマクロファージのうち、炎症を惹起し細菌やウイルス感染の役割をになうマクロファージ。
■問い合わせ先
【研究に関すること】
北里大学 薬学部 微生物学教室
教授 金 倫基
e-mail:kim.yungi@kitasato-u.ac.jp
【報道に関すること】
学校法人北里研究所 広報室
TEL:03-5791-6422
e-mail:kohoh@kitasato-u.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/