「『2択思考』はデジタルな言葉の印象と違って、とてもアナログ的な考え方です。」

昨日、発売された『2択思考』の前書きにこんな一文があった。著者は編集者・石黒謙吾
「分類王」(事象を細かく分類して、そこに法則を見つけたい人)、「ダジャリエ」(ダジャレ界のソムリエ)など数々の“称号”を持ち、30代でフリーランスになって以来、百数十冊もの書籍を世に送り出してきた。

心が見えるようになるってホント?

そもそも『2択思考』とはなにか。第1章では「私たちは日々、数百~数千の決断を繰り返している」という項目がある。例えば居酒屋のメニューから注文を選ぶのにも「嫌いなものを振り落とす」2択を繰り返した先にあるものであるように、あらゆる日常は、選択・決断の積み重ねで成り立っている。そもそもの選択肢は膨大にあり、そのひとつひとつを意識することで、「決断が早くなる」「自己分析ができるようになる」「会話のセンスがよくなる」「人の心が見えるようになってくる」という。ふむ。『2択思考』ができるようになっておいてソンはなさそうだ。

2択において、ハードルを上げすぎてはならない

そこで早速、知人と待ち合わせたバーでこの『2択思考』を試してみた。本を開くと「オーダーに迷ったらトーナメント方式で」と書いてある。「甘い←→甘くない」「ガブガブ飲める←→ちびちび飲む」など自分なりの基準を決めて、甲子園のようにトーナメントを行い、優勝校を頼めばいいってことか。おあつらえ向きに、目の前にはものすごい数のリキュールやウイスキーが。ビールや焼酎、日本酒まで数百種が並んでいる。
カクテルなども含めると文字通り無限の組み合わせが考えられる。さてトーナメントの開催だ!

しかし数十秒後、僕の上げた第一声は「ビール!」。あまりの選択肢の多さに、脳の回路が白煙を上げてショートしてしまい、結局「いつもの」になってしまった。まるでダメである。まず、体が欲するものに絞ればよかったのに、選択肢を広げすぎたのか。そういえば『2択思考』にも「基準を『公式化』させていれば、候補のものをスススと絞り込み(中略)素早く決められる」と書いてあった。ビールは旨かったが、『2択思考』では絞り込む過程にこそ意味がある。そう、「2択思考」を実践するとき、無闇に選択肢を増やしすぎてはいけない(ようだ)。

基準は常に変わり続けるものである

たいしてつまみも食べずに、軽く飲んだらかえってお腹がすいた。こんなときにはラーメンというのが定番だ。場所はラーメン激戦区とも言われるエリアなので、ラーメンなら選び放題です。今度は基準を公式化して、「気分はあっさり」だったので「醤油←→味噌←→塩」から醤油をセレクト。
「具は充実←→シンプル」でシンプル系のお店を選び、のれんをくぐった。ところが、特に味がいつもとそう違うわけでもないのに、あまり旨いと感じられない。腑に落ちないまま少し残して店を出たところ、目の前には「讃岐うどん」の五文字が。その瞬間「こっちだった!」と強烈な後悔が襲ってくる。そう。最初の段階で「気分はあっさり」なら、いくらラーメン激戦区にいて「定番」だからといって、うどんを選択肢から排除する必要はなかった。少し考えればわかることだったのに。「考えないということは、自分でその物事をつまらなくしている」というとおり。選択肢を減らしすぎてもいけない(ようだ)。

2択思考とはアントニオ猪木なのか?

と、いくつか軽い失敗を繰り返したところで、はたと気づいた。仮にこの先似たようなシチュエーションに出くわしたとしたら、自分はもう少しマシな選択ができるのではないか。あ、そうか。
「人の心が見えるようになる」の「人」とは自分のことでもあったのか。繰り返すうちにジャッジの速度と精度が上がる。そして何より大きいのは「失敗を失敗として気づくことができる」こと。そしてその結果、失敗が怖くなくなること。「失敗」を自覚した体験を積むことで、失敗を恐れず踏み出せる勇気を持てるということなのだ。

アントニオ猪木というプロレスラーは現役を引退するとき「道」という詩をリング上で読んだ。「この道を行けばどうなるものか?」で始まるこの詩はあまりにも有名だ。しかし、じつはこの詩に入る前フリが素晴らしいことは、あまり知られていない。

「人は歩みを止めたときに、そして挑戦を諦めたときに年老いていくのだと思います」

逆から言うと、歩みを止めず、挑戦を諦めなければ、人が老け込むことはないということ。ちょうどこの原稿を書いている途中でTwitterを覗くと石黒さんが都心近郊の書店へのあいさつ回りに駆けずり回っていた。カリスマ編集者と言われる人が自らの足で「1日20軒」という目標に果敢に挑んでいる。その行動力の源泉を知りたいと思う人はもちろん買ってソンはしないはず。
だがじつはこの本を読んでもっとも効果があるのは「才能って生まれつきでしょ」などと現在自分を諦めかけている人たちなのかも。猪木の『馬鹿になれ』を読んで「言いたいことはわかるけど、イマイチ腑に落ちなかった」という人にもおすすめしたい!(松浦達也)
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