自分が刑務所の塀の向こうに落ちたらどうなるだろう、って心配したことないですか?
私はある。いや別になんか悪いことをしたとかそういうことじゃないけど、ある。

だって、怖いんだもの。身におぼえのない罪を着せられて、刑務所送りになるかもしれないじゃん。雑居房に入れられると、ねじりん棒を食わせられて落下傘だぜ?(『あしたのジョー』で覚えた知識。映画にも矢吹丈が鑑別所に入る場面はあるのかな)
だから私は、街で職務質問をされても無闇に反抗せず、素直に従うことにしている。いや、職務質問をされるような身なりで街を歩くなという話ですが。

森史之助『労役でムショに行ってきた!』は、回避しようと思えば回避できるのに、わざわざ刑務所にいってきた人によるルポルタージュだ。
刑務所入りといっても「懲役」ではなく「労役」。この二つはまったく違うものである。
著者は2008年12月に酒気帯び運転で検挙され、25万円の罰金判決を受けた。支払えばもちろんおしまい。しかし著者はそれを拒絶したのである。するとどうなるか。
労役場留置が待っているのである。罰金を労働で支払うというシステムが、この世にはあるのですね。
著者の場合は埼玉県の川越少年刑務所に50日間入ることになった。つまり25万円を50日間の作業で代わりに支払うというわけだ。川越少年刑務所といっても、別に著者は未成年ではない。労役場留置に使われているのがたまたまそこだったということらしい。
著者の留置期間中、同所にはあの後藤祐樹が懲役者として入所していたそうだ。

本書「はじめに」によれば、道路交通法の罰金刑判決はこの10年間で半分になったが、それを支払わずに労役場留置を選ぶ人の数は逆に倍増しているという。罰金の判決が出ても支払うことができなかったり、非正規雇用で長期に休むことが可能だったり、といった人が多いのだろう、とは著者の分析だ。不安定な雇用状況が、こんなところにも影響しているのである。
著者はもともと地方紙などで新聞記者をやっていた人なので、好奇心が強い。だからわざわざ労役場留置を選んだのかもしれないが、50日間で起きた出来事を詳細に記録しているので、刑務所内の様子を知るためには本書は格好の資料となる。
気になるところを、ちょっと抜き書きしてみましょう。

・入浴は週に2回(夏場は3回)。浴場に入ってから身体を拭いて出るまで、15分で終わらせなければならない。ヒゲを剃るための安全カミソリは専用のものが与えられるが、個人所持が許されず、刑務官預かりになっている。毎回入浴のたびにお願いして、使う。
・常用薬は持ち込むことができず、領置される(出所の日まで預かりになる)。
医務室で代替の薬を処方してもらえるので、入所時には薬品名を記憶しておかなければいけない。薬の飲み方にもしきたりがある。「まず錠剤を口に放り込み、舌の上に載せ、口を開けてそれを刑務官に見せる。(中略)そして水で胃袋に流し込み、もう一度口を開けて、口内に薬が残っていないことを証明する」「べー」「ごっくん」「あーん」を毎回やらないといけないということだ。幼児みたいだ。
・食事の主食は、体格や作業の種類で量が決まっている。
重労働をする懲役受刑者は「A」。軽作業しかしない労役受刑者は一番少ない「C」。そして、同房の受刑者の間でおかずの譲渡は認められていない。シェア禁止! もちろんテーブルマナーは、一流レストラン以上に厳格に求められる。

古くは安部譲二『塀の中の懲りない面々』、見沢知廉『囚人狂時代』など、塀の向こう側を描いたノンフィクション、体験記は多く出版されてきた。花輪和一『刑務所の中』もそうだ。本書はそうした系譜に連なるが、ユニークな点はこれが労役受刑に関する本であることだ。前例がないわけではなく、本書の中でも紹介されている『札幌刑務所4泊5日』(北海道在住の作家、東直己の体験記)や『交通違反ウォーズ!』といったルポルタージュがある。ただし前者は労役場留置が1日あたり2000円計算だった1990年代の作品だし、後者は全4章のうちで労役体験は最後の1章だけだ。1冊まるまる労役体験、しかも50日間という長期にわたるという点が、本書の特徴だ。

読んでいると、労役という制度の問題点も見えてくる。どう見ても、受刑者の労働は1日5000円という金額に見合ったものではないのだ。
著者が従事した作業は、紐の持ち手がついた紙袋を作るというものだった。靴や洋服を買うとお店でくれる、あれである。どうやら刑務所で作られていることが多いようなのだ。しかし1時間に作業できるのはせいぜい100個、それも穴に紐を通すとか、型通りに紙を折るとか、作業のうち1工程のみだ。これを8時間、800個分やったとしても、5000円の賃金に見合う作業量とはいえないだろう(さらに食費や宿泊費などの経費もかかっているし、作業費として1日40円程度も支給されるらしい)。つまり、刑務所内に囚人を留め置くためにやっていることであり、作業をさせて成果を得ることが目的ではないのだ。労役を実行するための経費は、もちろん税金で賄っている。罰金を払わずに労役を選ぶ人間が多くなっているという現状は、そうなると少し問題だ。制度が現状に合わなくなってきている。ちなみに2008年度に受刑者が罰金ではなくて労役を選択した件数は7227である。
労役と懲役の違いは、どんなに服役態度がよくても仮釈放など刑期の短縮が認められないことだ。当たり前か。その逆で、素直に金を払えば、残りの服役期間を短縮して外に出ることもできる。金と時間の交換が完全に遂行されているシステムなのだ。したがって服役態度が悪くても刑が延長されることは無い。そりゃそうだ、長くいられればいられるだけ、刑務所側としては迷惑なんだもの(作業を停止され、その分留置期間が長くなるという制度はあるものの、適用された例はあまり無いようだ)。

ご覧のとおり、かなりゆるい制度だと判明した労役場留置、本書を読んで「じゃあ、金がもったいないから俺も罰金を払うのはやめよう」と実行に移す人が増えそうな気がする。税金の無駄遣いだし、その後の人生にも影響が出ると思うので、本当にやむをえない事情がある人以外はやめておいたほうがいい。本書の著者も、50日間という長期の休暇が認められず、それまでの仕事ができなくなってしまったそうだ。それまでの人生を捨てて、完全にやり直したい、という人のみが労役場行きを選ぶべ……いや、まず法に触れるようなことをするな。

刑務所つながりでもう一冊。『明日、夫が逮捕されちゃう!?』というエッセイコミックも発売になっていた。タイトルから「極道の妻たち」みたいな話かと勝手に想像したのだが、そうではなかった(ごめん)。
著者のシバキヨの夫は行政書士、ある事案を扱ったことから大阪府の弁護士会に睨まれ、「弁護士資格がないとできない、示談交渉などの慰謝料請求を行った」と告発されてしまったのである。非弁活動と呼ばれ、2年以下の懲役又は300万円以下の罰金に当たる行為である。本書によれば、弁護士と行政書士の職域がかぶることを快く思わない弁護士会は存在するという。シバキヨの夫はスケープゴートにされたのだろうか。
最終的に夫が逮捕されることになるのかどうかという結末は、実際に本を読んで確かめてみてもらいたい。興味深いのは、夫が大阪弁護士会からの告発を受けて逮捕されるかもしれない、という記事が新聞に載った後、夫婦の日常が完全に破壊されてしまったことである。マスコミに追い回されるのはもちろん、顧客に迷惑がかかるため行政書士の仕事も続けられなくなる。当然のようにネットには実名が流され、2ちゃんねるには夫を犯罪者扱いして非難する人間が続出した。日本はおそろしい国ぢゃ。絶対に逮捕だけはされるまいと、深く深く心に銘じたのであった。

もう絶対悪いことしないよ、ママン! 飲酒運転とか絶対しない。免許持ってないけど!(杉江松恋)