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――瀬名さんご自身の創作熱とドラえもんとはどのへんでリンクするんですか?

瀬名 そもそも僕は小説家になるというよりも藤子先生のアシスタントになるのが夢だったわけですね。漫画家じゃないんですよ。
藤子先生のアシスタントになりたい(笑)。それが夢で、小学校のころから漫画も描いてましたし、ドラえもんのオリジナルストーリーみたいなやつだったんですけど、絵がそんなにうまく描けないからコミックスのあちこちの絵を模写して切り貼りしてつなげていた。それで小学校5年生くらいから小説を書き始めたんです。さっきアメリカに行ったって言いましたけど、そのときは学校に外国人クラスがあったんですよ。そこに日本人がいたので、彼らに見せようとして漫画や小説を書いていました。妹にお前はアシスタントだって言って消しゴムかけさせてましたね。

――アマだけどアシスタントはいる(笑)。

瀬名 そういう時期を経て中学生ぐらいから小説に行ったんです。眉村先生の影響を受けて学園SFものを書いたり。ミステリを書いたり。そんな感じで小説のほうに少しずつシフトしていったと。高校生のときは美術部だったんですけど、あまり絵はうまくないです。


――実際に藤子先生にお会いしたことはおありなんですか?

瀬名 F先生にはお会いしたことがないです。ただ、今回小説を書くにあたって初めて藤子プロに伺ったんです。藤子・F先生の机が保管されてるので、そこに座らせていただきました。一室がそのまま部屋として残ってるんです、仕事部屋のままに。あれは今度、川崎市の藤子・F・不二雄ミュージアムに展示されるらしいですね。

――そうなんですか。もう少し縁があって行かれてるものだと思ってました。

瀬名 会議室の奥にF先生の部屋が再現されているんです。机があって、よく使われていたオーディオと本棚があって、机の上にはペンやおもちゃがそのまま置かれている。それで後ろの本棚を見て、「あ、F先生もこの本を持ってるよ、僕も読んだこの恐竜の本読んでるよ」と感動していたら、「本棚を詳しく見たのは瀬名さんが初めてだ」って言われました。

――そうなんだ(笑)。あの、この企画自体がどういう経緯で瀬名さんのところに来たのかということをちょっとお伺いしてもいいですか?

瀬名 最初は、小学館にTさんという僕とほぼ同い年の男性編集者がいて、もう1人Sさんという方と、2人で僕の事務所に来て脚本の可能性について打診されたんです。
それはまだ、ドラえもんの声が大山のぶ代さんから水田わさびさんに変わるころだったと思うんですよ。

――それはテレビですか? 映画ですか?

瀬名 映画です。そのとき、『鉄人兵団』をやらせてくれって言った記憶があるんですよ。その後、少しずつノベライズの話に変わっていったのかな。ただ具体化には至りませんでした。それで今回、『鉄人兵団』の新作映画が公開されることになり、小学館が以前のことを憶えていてくださって、改めて編集部のKさんが藤子プロさんに打診してくださったんです。

――そのお話が来たのはいつごろでしたか?

瀬名 小学館からは2010年の初夏くらいですね。藤子プロに行く前に1回打ち合わせしたのかな?
Kさんと1時間くらい話をして、なんとなくのプロットというか、メモ書きを渡しました。ザンダクロスは合体ロボットにしようかとか書いてある(笑)。最初は、どういう年齢層にするのかが難しかったんです。

――読者の対象をですか?

瀬名 小学館さんにはジュニアシネマ文庫っていうのがあるんです。最初はその枠で、っていう話だったんです。
分量が原稿用紙で200~250枚ぐらい。でもそれだとなかなか書ききれないだろうから、400~450枚くらいで書かせてくれと。

――そこまで固まってから藤子プロとお話をなさったんですね。

瀬名 そうです。小説はこういうふうにやらせてくださいという話を3点しました。まず対象年齢をちょっと上げて14歳くらいで書かせてくださいと。あと、やはり先生のストーリーを大切にしたいという藤子プロさんのお気持ちを感じたので、「そこはご安心ください。ストーリーは藤子先生のそのままで行きます」とお伝えしました。ただ3つ目として、小説という別のメディアなので、そこは小説としてのリアリティを出させていただきますと。そこは作家なのでやらせてくださいということです。

――当然のことですよね。

瀬名 ということで、キャラクターの感情描写とかSF的な整合性の取り方とか、そういうことは任せてくださいという話をしたと思うんですね。
そのとき藤子プロが例として挙げられたのが、鴻上尚史さんがやられた舞台版の『のび太とアニマル惑星(プラネット)』でした。あれも、最初はどうなるか全然わからず不安だったけど、蓋を開けてみたらとてもいい舞台だったと。今回もそういうことで期待します。と仰っていただけました。この前DVD見たんですよ。あれはたしかに面白かった!
実は今回の小説が出たあとで、鴻上さんの舞台を思い出しましたという方が関係者の中にも何人かいたんですよ。

――へえ。

瀬名 舞台も、セリフもストーリーもアニメそのままで進むんです。全部同じなんですよ。だけど演劇として面白い。大きく表現を変えるときにはちゃんと守っておくべきところがあるっていうことなんでしょうね。セリフをそのままにしておくっていうのは1つの手なのかもしれません。


――小説版は、速度の制御がいいですね。序盤は基本設定についても字数を割いて説明されている。ドラえもんの読者ならみんな知ってるのに、というようなこともちゃんと書いてあって、たとえば骨川スネ夫はどんな子か、なんとことが細かく描かれている。で、後半になって、鉄人兵団との戦いに対する恐怖の感情がつっこんだ形で描かれるようになって、そこからは映画と、セリフや展開は同じなのに違うものになっていくという。

瀬名 『鉄人兵団』って2部構成になっているんですね。裏山でリルルとのび太が対決するシーンで1度話が終結するんです。そのあとザンダクロスの頭脳が目覚めて地球征服だって言い始めるのが第2部ですね。原稿も2回にわけて送ったんですけど、裏山の対決まではなるべく原作に忠実にやりました。今回のリメイク映画もそうなんですけど、第2部を変えていったわけですね。

――そうですね、映画にはオリジナルキャラクターのピッポが出てきます。

瀬名 そうそう、ザンダクロスの頭脳をどうするかというのが『鉄人兵団』の話の転換点なんです。今回僕は、ピッポじゃなくてあの頭脳をあくまでも機械として、最後まで扱っていくという選択肢をとったんです。


――そこが映画との大きな違いですね。ロボットといえばあとがきに、大阪大学工学研究科の運動知能研究室・杉原知道准教授と5時間にわたるミーティングをされたということを書かれていましたね。

瀬名 杉原さんは僕の『ロボット・オペラ』という本にも原稿書いてもらっています。最近は『あのスーパーロボットはどう動く』っていう本を書いていて、その中ではパトレイバーの話をしてるんです。いい意味でオタク気質の方だと思いますね。ヒト型ロボットの研究をしてるんですけど、昔からのドラえもんファンです。だから『鉄人兵団』を書くにあたり、仁義を切っておきたい、ということもあってですね(笑)、「いろいろロボットについて議論したい」とメールで伝えたんですね。

――どんなことを話されたんですか。

瀬名 主にロボットの設定と、鏡面世界の設定についてひたすら話していました。「ロボットが鏡面世界に入っても人間と同じように左右逆に見えるだろうか」って。何故左右逆に見えるんだろうかっていうことがわからないとそれは解けないわけですね。左右逆に見えることの理由で、目が横についてるからって答える人がいるんですよ。目が縦についてたら上下が逆に見えるはずだって。でも『鉄人兵団』の兵団は一つ目じゃないですか。一つ目でも左右逆に見えるのかと。そういう話を延々としていたんですね。

――なるほど。

瀬名 あと、鏡面世界の機械はちゃんと動くのか。例えばラジコンは動くのか。電子機械は動くかもしれないけど、食べ物は食べられないだろうとか。

――なぜですか?

瀬名 鏡像異性体というのになって、味や食品としての作用が変わっちゃう。アミノ酸の形が変わるから。

――なるほど(笑)。そんなことまで話されたんですか!

瀬名 彼と話しているうちにいろいろ刺激されて、僕自身の中でもアイディアが膨らんできて。ある時点でスパッと鏡面世界が出来たと。でも川は流れ、風は動いてるんだからカオス理論でこっちとあっちの世界では天気が変わってくるはずだと。これはやってみようと思いました。こっちは雨なんだけどあっちは雨降ってないとか。

――それはなんか本1冊分くらいに発展していきそうですね。ずっと話してると。

瀬名 結局ぶっ通しで5時間話して、駅で別れるときには、これで全体の科学描写のめどが立ったなと感じました。どう書けばいいか、イメージができた。ただ、彼はドラえもん原理主義者なのでね「藤子先生の原作通りにやってほしい」と力説するんですよ。「下手に内容を変えようとすると必ず失敗する!」と心配して。

――なるほど、原理主義者だ(笑)。

瀬名 本ができたので送ったんですけど、まだ感想は聞いていないんです。これならまあいいじゃないかといってくれるといいなあ(笑)。
(つづく)
(杉江松恋)

part3(最終回)はコチラ 。いよいよ映画版と小説版との違いにも話は展開していきます。週末に予習しておくと、更に楽しく読めますよ!
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